【 小さな宿 】 198章 『残すほどでもない』
noteを始めて、まだ1年も経っていない。
その間に、200本を超える記事を書いた。
元来、日記など続いた試しがなかった。
それが何を意味するのかも、わかっていなかった。
そんな自分が、これだけ続けていることに、自分自身でも驚いている。
1日に2、3本アップしたこともあれば、1ヶ月に1本書いたかどうかという時期もあった。
もう、ペースなんてあったもんじゃない。
書きたい波が来たら書く。
その波に決まった周期はない。
春先、書くことに夢中になっていた頃は、毎日記事を書くために過ごしていたような時期もあった。
毎日の中に、書けるネタを探していた。
何か起きないかな、とまでは思わない。
それでも、これは使えるかもしれない、と考えながら一日を過ごしていた。
書いたはいいが、結局アップしないまま、下書きフォルダに残っているものもいくつかある。
でも、それも長くは続かなかった。
旅を書いていたときは、むしろ逆だった。
その日のことを、その日のうちか、2、3日後には書いていた。
旅をしながら、少し前の旅をもう一度やっているようなもので、だんだん苦しくなった。
1ヶ月の旅を書き終えたのは、帰ってから数週間後。
2ヶ月半の旅は、結局10ヶ月ほどかかった。
今は、そんなふうには書かない。
旅のことも、ピラティスのことも、出張先でのことも書いた。
毎日のことを書いたり、詩のようなものを書いたりもした。

それでも、書くべき大事なことを、そのままやり過ごしていたこともある。
本当に書くべきことなんて、1年のうちに何度あるのかもわからない。
たまに、数ヶ月前に書いた記事に「スキ」がつくことがある。
そんなときは、その記事を自分でも開いてみる。
「ああ、この記事か」
自分でも気に入っているものもある。
一方で、もう何を書いているのかわからないものも。
なぜ、こんなものをアップしたんだろう。
少しの後ろめたさと、気恥ずかしさに直面する。
でも、そうやって過去の記事を読み返していると、その頃の自分が何を考えていたのかが少し見えてくる。
身近で読んでいるのは、妻か、数少ない知り合いくらい。
ピラティスのインストラクターにも、何人か読んでもらっている。
あとは、会ったことも名前も知らない人たちだ。
最近では、妻もほとんど読まなくなった。
たまに、わざわざメッセージをくれる人もいる。
最近、ようやくヨーロッパの旅を書き終えたところだ。
当時の同行者であったS君にもnoteをやっていることを伝えた。
これまでの記事にも、何度も登場している。
あの旅を書き終えてから、ようやく言えた。
一方で、限られた人しか読んでいないからこそ、気軽に書ける。
何を書いても、大きな影響はない。
それくらいが、ちょうどいいのかもしれない。

昨日、真夜中の3時に空腹で目が覚めた。
トイレで起きることはあるが、空腹で目が覚めることは珍しい。
1階のキッチンへ行き、何かないかと冷蔵庫をあさる。
妻が買って取り置いていた魚肉ソーセージを見つけた。
マヨネーズをたっぷりつけて、1本食べた。
足りなかったので、もう1本食べた。
こんなこともnoteに書こうと思った。
でも、やめた。一旦は。
誰かのために何かをする。
その誰かが、自分であることもある。
いつか体が思うように動かなくなったとき、今の自分が何を考え、どんな一日を過ごしていたのかを読み返せる、かもしれない。
20代の頃の旅の記録もある。30代も40代も。
この年になって、日記というものが少しわかりかけてきた。
自分が何をしていたのか。どういう仕事をして、どこへ遊びに行き、何を食べて、どんな景色を見ていたのか。
他人にとっては、どうでもいいことだ。
自分にとっても、そうかもしれない。
でも、書かなければ、そういうことは流れていってしまう。
特別なことなんて、そう多くはない。
毎日の中で、泡のように生まれては消えていく出来事のほうがずっと多い。
それを少し形にしておく。
一つだけ心配なのは、自分より先にnoteがなくなってしまうことだ。
自分が死んだあとに記事が全部なくなっても、たぶん誰も困らない。
でも、自分が生きている間になくなると、少し困る。
そうじゃないと、数十年後の自分は暇でしょうがない。
できれば、自分が死んだあとも、しばらくは残っていたらいい。
妻が読むかもしれないから。
残ってもらえれば。彼女が死ぬまでは。
明日も、何か記事が書けるといい。
そんな思いは、明日の朝になったらすっかり忘れている。
今の自分は少し暇で、未来の自分はもっと暇だ。
noteを始めて、11ヶ月が経とうとしている。
朝。
妻が残っていた魚肉ソーセージの1本をかじっていた。
2本なくなっていることには、気づいていない様子だった。
