
「このままでいいのか」という感覚について
新卒で入社してから、7年が経った。
メーカーで、商品開発の仕事をしている。
就活のとき、「ここに行きたい」と思って入った会社だった。
念願だったはずなのに、あの頃のわくわく感は、いつの間にか薄れていた。
今は、生活を支えるものとして、静かに働いている。
業務内容は好きだし、自分にも合っていると思う。
やりがいがないわけじゃない。
でも、何かがずっと引っかかっている。
「このままでいいのか」
この感覚に、名前をつけるのは難しい。
不満ではない。
不幸でもない。
ただ、朝、電車に乗るたびに、
うっすらと浮かんでくるのだ。
その感覚を振り払うように、転職活動を始めた。
もっとスキルを身につけたい、と思っていた。
ちゃんとした理由があった。
少なくとも、そのつもりだった。
でも、活動してみてわかったことがある。
今の会社が、どれだけ恵まれた環境なのかということだ。
福利厚生、人間関係、仕事の裁量。
外に出ようとして初めて、
自分がいる場所の輪郭が見えた。
気づけば、転職活動は自然と止まっていた。
その頃から、副業を始めた。
いつか働き方が変わっても、
自分の腕で立てるものを持っていたかった。
選んだのは、WEBデザインだった。
センスだけではなく、分析して、論理的に組み立てていく感覚が、自分には合っていた。
泥臭く続けてきたら、
少しずつ仕事として形になってきた。
会社に守られながら、
それでも、自分の力でも立てるようになりたかった。
その気持ちは、今も変わらない。
そして今、不妊治療をしている。
平日も頻繁にクリニックへ通っているが、
通勤に往復3時間かかる今の生活は、正直かなり体力的につらい。
まだ暗いうちに家を出る朝。
病院に行くため、急いで仕事を切り上げる日。
「なんで私だけ」と、
気持ちが追いつかなくなる日もある。
それでも、私はまだ会社員を辞めていない。
なぜだろう、とときどき考える。
心の安定のため、と言えば聞こえはいい。
勇気がないだけかもしれない、とも思う。
たぶん、どちらも本当なんだと思う。
安定を手放す怖さは、確かにある。
でも同時に、
この毎日に守られていることも感じている。
治療のために使える制度。
何も言わなくても、なんとなく伝わる配慮。
もし今フリーランスだったら、
もっと過酷だったかもしれない。
治療がうまくいかなくて落ち込んだ日も、
翌朝になれば、いつもと同じ場所に戻れる。
その当たり前が、
今は思っていた以上に支えになっている。
それでも、心のどこかで問いは続いている。
ただ最近、その問いの意味が、
少し変わってきた気がしている。
「このまま」が悪いことだとは、
前ほど思わなくなった。
転職を考えて、踏みとどまったこと。
副業を始めて、
少しずつ自分の世界を広げてきたこと。
妊活をしながら、
それでも会社員でいることを選んでいること。
全部、自分で選んできた。
もう、あの頃みたいなわくわく感はないのかもしれない。
でも、
ちゃんと自分で決めながら歩いてきた7年間だった、と今は思う。
答えは出ない。
きっとこれからも、
うっすらと問い続けるんだと思う。
それでいいのかもしれない、と
今日の帰り道、少しだけそう思った。

イスラエル博物館所蔵
印象派・光の系譜
あべのハルカス美術館にて