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やれやれ。死を覚悟することもある。


    僕は目覚めた時、CTを受ける直前だった。どこ?つーか、猛烈に脳が揺れてるんだが…

    その日、友人4人と新宿で酒を浴びるように呑んでいた。勿論、朝まで。案の定以上、泥酔。2軒目以降の記憶が全くない。唯一の記憶は、「あ、落ちる…」であった。

    僕は、早朝、新宿駅の階段から転落した…らしい。で、階段下で血だらけで気絶しているのを通行人が発見、救急車を呼んでくれた…らしい。

    病院へ運び込まれた時、額、眼窩底、鼻、頬、粉砕骨折、右手首、小指骨折、外傷性くも膜下出血だった。挙句にコロナまで感染していた。

    丸2日意識はぼんやり、起き上がること厳禁だったので、尿瓶、ベンはオムツ。水も1人で飲めない状況。起きあがろうとすると、脳がグラングラン揺れる。猛烈な目眩。メニエール病的な?鼻と口からは血しか出てこない(引)状況もよく理解出来ず、やや死を覚悟した。

    漫画「寄生獣」ミギーの「これが死か…」が頭をよぎる。カントは死ぬ間際、一杯の紅茶を飲んでこう言った。「これで良し」と。
    いやいやいや、全然、これで良しちゃうし。

    ここで死んでもうたら、語り草になってまう。「羊、泥酔からの階段転落事故で亡くなったらしいよ。まあ、ある意味、彼らしいかもね。もしかしたら幸せだったかも」
    幸せじゃねーし。

    LINEには、どこから知ったのか会社の先輩、後輩、友人から「大丈夫?」「どした?」「お大事に」「何してんねん」等、沢山のメールが届いている。なんだかそれが心強く死なないかもれしないと思えた。

    入院3日目、歩行してトイレに行けるようになる。ヨチヨチ歩きだが。LINEも無理したら返信できる。入院後、初めて鏡を見た。ボコボコに殴られたように両目が腫れあがり、額は歪み、髭も血で固まっていたが、想像してたよりマシに思えた。脳外の先生に「口か鼻から髄液出てきてないよね?」と聞かれる。髄液とは何ぞやと思ったが、依然、血しか出てこないと答える。3日ぶりに食べたご飯に涙が溢れる。復活出来るかもしれない。

    入院4日目、リハビリが始まる。このリハビリの先生がハイパーべっぴんさんで、リハビリが病院で唯一の楽しみとなる。

    入院5日目、飽きた。暇で死にそう。伊集院静のなぎさホテルを読んでテレビで阪神戦を観る。病院食も3食残さず食べれるようになる。コロナが完治し、明日右手首の手術をすることになる。

    入院6日目、部分麻酔で手術。意識があるので怖すぎる。右手首を切っている、骨を繋げているのがはっきりと分かる。後半麻酔が切れて激痛…「あの…猛烈に痛いのですが…」
    「あと少しなので我慢して下さい」
    嘘だろ?冷や汗ダラダラで10分ほど耐えた。泣いた。

    入院7〜9日目。読書、SNS、ネット、テレビ…兎に角、暇。脳外、整形の先生とは何度か話したが、形成の先生はまだ一度も話せていなかった。どゆこと?

    入院10日目、朝…

    ここで入院日記は途切れていた。
    その日に急遽退院が決まり、その足で新宿の寿司屋でトロタクとえんがわ、あおさ海苔の赤だし、ビール2杯をいただき帰宅した。

    まあ、一応今も生きている。
    感謝。

    つまりはそういうことだ。

     
     

    羊男

     
     
    僕のツレは、もれなく奇人である。彼らの心温まるドン引きエピソードを記憶を辿りながら紡ぎたい。

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