
『母親から下された無情な宣告「相続0」の審判』
コロナ禍前の2019年、父が突然他界した。
その前の年まで、孫とかなりガチの見ているこっちが心配になるくらいの勢いの追いかけっこを路上でしていたのに…
1998年に、此の島に引っ越してきてからは、大体年に一回のペースで、顔を見せるために一時帰国をする様にはしていた。
我が子が、1歳にもなっていない時に一時帰国した際は帰りの空港に向かう車の中で
『こんな小さい子を連れて来て、なんか貰おうと期待してるのか?』
と言われ耳を疑った、義父が病床にあった事もあって産まれてすぐの我が子を連れて、うちの奥様が前のりで帰国しそれに合わせて僕が後半の何日かを一緒に過ごす日程での帰国だった。
その頃は、そんな事が多々あったこの時期の子供の成長は速く気がつけば昨日出来なかった事が、今日出来るみたいな成長がある時期だ
それは、重々承知だったが義父に残された時間と僕と我が子がこの先一緒に過ごせる時間…きっとどちらが大事とは一概に言えない時間だと思いわしたが、僕は前者を優先した。ちなみに僕は、我が子が歩き始めた瞬間をこの目にしていない、空港に送って行った時は、自力で歩けなかった我が子が迎えに行った時に、しっかり歩いていたのを覚えている。
こういった状況の中でのBabyな我が子との一時帰国だった。
親父が、言いたかったのは相続の話だった…
『兄ちゃんに、あげるつもりだからこんな赤ん坊を連れてきて何かを期待させても困るからな』
何を言われているのか音では理解したが、感情が追いつかなかったのを覚えている…その傍で母親が何事もなかったかの様に微笑んでいた。
それから時が経ち2018年 真夜中に親父と2人きりで話す機会があった。
『兄ちゃんだけじゃなくて、アイツにも何か遺してやらないとな…お前には無いけどな… 』
冗談だったのか、何んだったのか…後にこの一言が僕の行動の指針になるとは、この時はまだ知る由もなかった。
そして親父の亡き後、うちの一族にも相続問題が発生する…葬儀出席の為の帰国、その約半年後一時帰国の際は一切何も決まってないからと伝えられその事で、家族で話し合う機会は設けられることはなかった。
ハワイに戻って間も無くして
『とりあえず10か月以内の納税の義務があるから、悪い様にはしないから送った書類にサインだけしてもらって良いかな?』
サイン証明のため領事館へ、内容の記載の無い書類へのサイン証明依頼に違和感を感じたのか係の方が
『このままサイン証明つけてしまって良いのですか?』
サイン証明とは、印鑑証明の代わりの様なもので住民票のない海外在住者は印鑑が必要な重要な書類の時はその代わりになる。
『悪い様にはしないから、とりあえずサインだけして送って』
と僕が幼少の時、常日頃から怪しい書類とかにはサインしちゃダメよ!と聞かせてくれた、母親からの頼みだった。
しばらくして、遺産分割協議書なるものが国際郵便で届いた。

ペラペラとページをめくっていった、物件、現金、有価証券…項目毎に、受取人の兄や妹母の名前が….うん? 見落としたのか?さぁ〜もう一度…
最終ページに自分が書いた名前とサインが...
僕の先に孫をみても…Zero査定…
確かに言われていた『お前には無い…』
でも、遺言書があったわけでもない。
母親からのZero宣告…いまだに何故って疑問は消えていない。
色々な人から、色々なアドバイスを頂いたおかしい、こんな方法があるよ! 本人はもういない状態でその人の財布に手を突っ込んで
何かを取ろうという気にはなれなかった。
世の中は、お金じゃない!もっと大事なことが沢山ある!分かってはいるし、そうありたい…そう思いたい。
でも、なんで 0 ??と思うとなんとも言えない気分になる。
親からの評価や思いはお金の金額ではないきっと…Maybe!
2020年、その数ヶ月後母は後帰らぬ人となった…僕の心の中に大きな疑問を遺して...
そして今、僕は米国永住権保持者が、米国以外の国で何か収入や資産を持つ事の厳しさと難しさを知る事となった...
~Keep Never Give Up Mind~
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