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【第五話】押忍❗ワイの漫画家物語 ~創る喜びを知る🌀

    還暦を迎えた元漫画家

    ごめん❗🙇‍♂️
    前回、大学2年生で漫画賞に投稿した話を書いたけど、
    実は、それは4年生の時の話でした💦

    時系列が少しずれますが、
    実は、大学3年のワイ、“恥ずかしいほど青い同人誌”を創ってました😅

    これを書かずしてワイの漫画家物語は語れまへん✍️🤧
    今回は”ワイの同人誌創刊”の話です~

    💁【ワイの大学生時代はコミケ&同人誌の黎明期だった】

    ~同人誌ブームが爆発した時代~

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    アニメ雑誌が続々創刊された時代😆


    1976年頃

    『宇宙戦艦ヤマト』が再放送で爆発的ブームになります。

    それまでアニメは“作品”としては人気があっても、
    そこに“文化”はなかった。
    しかしヤマトの大ヒットをきっかけに
    アニメファン同士のつながり、アニメ雑誌の創刊、ファン文化の誕生──

    そこに “アニメファン文化” が生まれたんだ👶🌱

    そして❗
    1979年(ワイ、高3)『機動戦士ガンダム』が放送開始💥
    まさに火に油で、世間は“大アニメブーム”に突入した。

    ワイを含め、若者たちは『観るだけ』では飽き足らず、
    自分の想いを“絵”や“物語”にしたくなるようになる。
    さらにこの頃、コピー機が一般に普及し始め、
    誰でも気軽に冊子を作れるようになって、
    それまでSFファンの一部だけの文化だった “同人誌” が一気に広がる❗

    同じ頃、1975年にサークル数32で始まった『コミックマーケット』も、
    この波に乗って爆発的にサークル数が増えていった。
    狭い会場に、全国から手作りの本を抱えた若者が集まり、
    ホチキス留めの薄い冊子が次々と机に並ぶ──。
    そして時代は、より美しい製本の “オフセット印刷本” へ進化していく。

    この頃、誰が想像できた?
    将来、出店ブース2万9千、4日間75万人の“巨大コミケ”になるなんて…w

    こうしてアニメブームと同時に、
    “第一次同人誌ブーム” が訪れたんだ——。

    ——高校生のワイも、完全にその波にのまれた。
    まわりでは「同人誌作った!」「コピー本出した!」という声が飛び交い、
    ワイも同人誌サークルに入り、イラストやショート漫画を投稿してたんだ🙌

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    ホッチキス綴じからオフセット印刷になっていく時代😆


    🙋【ワイも同人誌を創刊したい❗】


    思えば、大学に入って、平和すぎて浮かれてて、
    一年位遊んだと思ってたら、2年遊んでたんですねぇ~😅
    まったく、『何しに、北海道に来たのやら...』😩

    さて、時は大学3年生。
    2年間、遊んでばかりで漫画も描かず過ごしていたので、
    『焦り』が少し出てきました💦

    『漫画を描かねば❗』🔥

    で、『何を描く?』と考えた時に、
    どうせ描くなら『発表したい❗』となって、
    ならば、『自分の同人誌を作ればいいじゃないか❗』という
    ロジックになって、
    当時、同人誌ブームもあって”同人誌”を作ろうと思い立った💪

    思いを掲げたのはいいんだけど、オフセット印刷本にするには
    最低印刷部数があって、ある程度のお金がいる😱

    学生のワイにそんなお金はあるはずもなく、
    『どうしたものか?』と考え、
    友達のT君(漫画に興味はない)に相談してみたら、

    『同人誌ってなに?』から始まってw

    同人誌とはな...と訥々と説明したら、

    『おもしれぇーじゃん!俺も、協力するよ』

    と賛同を得た🙌😀

    二人で作れば、何とか印刷代は払える!ってなって、

    『よし!同人誌売って大儲けしたるでー』🔥👊


    と、若さゆえの、いきりまくりでスタートしたのでありました🤣

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    T君とワイ😆

    📖【本を創るって大変なんです💦編集さんの気持ちを知った】


    先ずは、印刷屋探し...

    北海道函館市という地方で、同人誌を作ってくれる印刷屋さんを
    当時検索エンジンがあるわけもなく、人伝手に聞いて、あちこちバイクで走り回って数件、足を運んで話をしてみた。

    『すいません、同人誌を印刷して欲しいんですが?』

    『同人誌?そんなものうちはやらないよ』

    この繰り返しが何度かあって、
    やっとこ、話を聞いてくれるところを見つけた🙌

    最低部数とページ数などの打ち合わせをして、部数とページと印刷代を決めていく...

    これだけでも、ひと苦労やった…😅

    😩【さて次は、『42ページ前後のページをどう埋めるか?』】

    決まったのは、42ページ…
    ワイ
    のイラストや漫画では到底埋まらない...

    そこで、片っ端から、先輩や後輩に声かけて、
    協賛金や投稿記事をお願いした🙇

    先輩や後輩と言っても、『漫画描こう!』なんて思ってるひとは
    北海道函館には誰もいなくてw

    『同人誌ってなに?』って人ばかり…

    繰り返し、『同人誌とはね...』と、そこから説得です😅

    『自分の思っている事、好きな事、後イラスト!』を書いてみて!って
    説明しながら原稿を書いてもらった。
    『載っけるんだから買ってね!』という販売戦略もあった😆

    でも、そこはやっぱ『素人』なわけで、好きな事を好きなように書いてくると、『これ、何が言いたいねん?』という
    『読者』を意識してない記事になる訳ですw

    売る気満々のワイからしたら『そんなもん売れるかぁー』
    みたいな感じになって(ワイも素人なのにw)

    それで、
    『ここはこうした方がいいんじゃない?』とか、『ここに,このカットを入れようよ』とか…
    編集目線で『原稿』が見られたのが、のちに役に立ちましたねー。

    『見てくれる人を意識しないとこうなっちゃうんだな』というのが
    人に記事を創らせてみて、めっちゃ勉強になりました🔥

    で、ワイはというと、イラスト描いたり、漫画論を熱く語ったり(今読むと恥ずかしくて読めない💦😅)

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    ワイのイラストコーナー💦😅


    そして、本来の目的である『漫画』を描くことになったんだが...

    いざ、描くとなって、『何を描こうか?』という段階で...

    既に大難航🤣


    若い漫画家志望者あるあるw
    やる気はあっても、なに描いていいかわからない状態w

    続々と友達たちの原稿があがってくる中、
    思えば、この時から締め切りに追われてたかもしれない💦😭

    うんうん💦めちゃくちゃ悩んだ挙句、
    『よっしゃー!読者を抱腹絶倒の渦に巻き込んでやる!』と描いたのは

    内輪向け💦の『8ページのギャグ漫画』⤵️


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    一番やってはいけない、内輪うけギャグ😅やってもうたー💦


    今見ると…

    『おまえが一番、素人やんけぇーーーッ💢』と突っ込みたい🤣


    この時の漫画は後程、『ワイの漫画家物語 外伝』でお見せしますね。
    ワイが、商業誌デビューする、たった3年前。
    こんな、稚拙なレベルだったんですw

    漫画家志望の皆さん、こんなもんなんですよ。
    漫画家になんて『俺でもなれる!』と勇気を与えられると思う😆

    そんなこんなで、締め切りと闘い、人に頭を下げまわったり、友達とも喧々諤々、険悪な関係になったり、色んな問題をクリアして...

    同人誌はできた🌈


    印刷屋さんから連絡を貰い、
    バイクをかっ飛ばして(スピード違反間違いなしw)同人誌を取りに行く。

    茶色の紙に綺麗に梱包されている。

    T君と二人で、その紙包みをガサガサと開くと

    一瞬、光が見えた❗

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    『野獣死すべし』の松田優作を描きましたー😆


    オレンジ色の表紙が神々しい🌟


    ワイらの初めての同人誌…

    ちょっとウルッときましたねぇ...
    T君の手前、涙はぐっとこらえたけどw

    『ワイらによる、ワイらのための、ワイらの本』📖


    無から有🌱


    『作ったじゃない!創ったんだ❗』



    『創る喜び』って言うのを初めて体現したかもしれない。

    なんか、こういう時って頭ン中で、走馬灯のように、作ってる時の出来事や気持ちが、グルグル回るんですよねぇ...ウルッ💦

    クリエイター脳だからかなぁー?😆


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    裏表紙、責任者はT君になってもらいました😆


    だがしかし...

    喜びはここまで🤣

    同人誌初心者が初めて作った本など、売れるわけもなく、
    投稿してくれた数人に売れただけで、

    在庫の山がドーーーーン♪😭


    T君
    と二人で分け合いましたとさw

    ——昨年そのT君と再会した時にこの同人誌の話が出て、
    まだ、彼も持ってるらしい...😉

    あの時の出費は痛かったけど、

    40年、手元における『物』を創った事は

    『いい買い物をしたんじゃない?』

    と、話をした😊

    【創る喜び】🌱🌟

    無から有を生み出す。
    これね、大げさに言ったら神様が人間を創った時に感じた
    気持ちかも知れない?😆

    だから、われわれ人間も何かを創った時は
    神様と同じ喜びを感じられるのかも…

    これは、創った人にしかわからない、

    ”神の喜び”なんだ。


    これが、大学3年の時の収穫です🌟


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    今回も最後まで読んでいただいてありがとうございます🙏

    次回——いよいよ物語は大学4年へ。
    崖っぷちの状況で描いた、あの“本格ストーリー漫画”が、
    ワイの漫画家としての転機になります🔥
    それは、【第4話】に戻って読み返してみてね💦😅

    そして【第6話・持ち込み編】
    ここから“プロへの扉”を開ける——‼️

    どうぞお楽しみに~😆✨

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    こんなん読んで勉強してました😆 

    次回、【第六話】ワイの漫画家物語はこちら👇

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    シリーズ累計発行部数2100万部突破❗️『押忍‼︎空手部』👊元『ヤングジャンプ』連載作家、高橋幸慈(たかはしこうじ)と申します。昭和生まれ、現在64歳。このnoteでは、漫画の裏話・創作エッセイ・漫画ネーム・ソロキャンプ・ゴルフなど、趣味と人生を語っていきますよー🙌 押忍!🔥

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