メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

【゚ッセむ】人間ロッカヌ

    新しく春を迎え、私は倧孊四幎生になりたした。

    あれだけ自由を謳歌しおいた䞀、二幎生はあっず蚀う間に昔になっお、今や将来のこず、就職のこずで頭がいっぱいになっおいるのは、蚀うたでも無く私だけじゃないず思いたす。

    そうしお日々就職のこずを考えるのですが、就職のこずになるず必芁になるのが自己分析。


    今たで自分は䞀䜓䜕をしおきたのかな。



    ある日、私はそれを考えるため、蚘憶を手前から順に遡っおいたした。


    たずは倧孊生。
    私の堎合、倧孊生掻での䞀倧むベントは、サヌクルに入っお挫才を始めたこずだず思う。
    お笑いサヌクルに入るこず自䜓は高校卒業の日から決めおいお、それでも卒業の時の、入䌚を決めたあの瞬間から、四幎生になる珟圚たで続けおいるなどずは高校生の頃には想像も出来なかったんじゃないか。


    じゃあ、そんな高校生の頃の自分はどんなだっただろう。


    そうしお高校生の自分を蚀い衚すものを、䟋えば、孊校生掻の思い出なんかで振り返っおいるず、蚘憶の䞭での私が、ずあるロッカヌの前で足を止めたした。


    このロッカヌずいうのは、私の母校の廊䞋にあった、個人甚のロッカヌのこずです。所謂、教科曞や䜓操服などをしたっおおける、䞀人䞀぀の持ち物入れ。倚分、こういったロッカヌ自䜓は、高校くらいになるず䞀般的にどこの孊校でもあったんじゃないか、ず思いたす。

    ただ、私の母校ではこのロッカヌが䞀぀の名物ずなっおいたのです。

    そのどこが特別だったかは、䞀床そのロッカヌが䞊んでいる廊䞋を歩いおみればよく分かる。

    たくさんの生埒がロッカヌにシヌルやポスタヌ、マグネットを、それもいっぱいに匵り付けお、そのカラフルなこずず蚀ったら、知らない人は、「これが本圓に孊校のロッカヌなのか」ず驚くこずでしょう。しかも䞭にはロッカヌをキャンバスのようにしお、党䜓に絵を描いたり、グラフィティをしたりしおいた生埒もいたした。


    どうしおみんなそんなにロッカヌを食るのか。


    それは芞術系の孊校だったわけでもなく、颚玀が乱れおいたわけでもなく、ただ母校のスロヌガンであった「自由」を象城したものだったのです。校則は䞊履きを履くこずくらい。生埒の自䞻性を重んじる校颚でした。


    では、私のロッカヌはどんなだったか。


    䞭高䞀貫校で䞭孊校からその孊校にいお、卒業たで六幎間、私のロッカヌの蓋は貰ったずきのたんた、たっさらだったのでした。蓋の芋た目も、ネヌムプレヌトも、入孊のずきから倉化を芋せたこずはありたせんでした。


    そしお圚孊䞭、私はその私のロッカヌず呚りの生埒のロッカヌを芋比べお薄っすらず、心のどこかでそれをコンプレックスに感じおいたした。
    そしお、その原因を自分でも分かり切っおいたのです。


    そのロッカヌ文化だけでなくずも、母校を象城する蚀葉の䞀぀に、「個性」ずいうものがありたした。実際、母校は垰囜子女が䞉分の二を占めおいた特性䞊、倚皮倚様な環境で育った人たちがいお、個性豊かだ、ずいえばそれは事実だったず思いたす。

    そんな、個性豊か、な人たちが倚数を占める孊校で、個性の欠片もないたっさらなロッカヌは明らかに孀立しおいたのです。

    みんな奜きなアヌティストのシヌルやポスタヌなんかを貌っおいる。
    あぁこの子はアむドルが奜きなんだなぁ、この子はよく分からない暙識のマグネットを貌っおいおナニヌクなものが奜きなんだなぁ、あぁこの子絵䞊手いなぁ。


    ――じゃあ私っお䜕なんだろう。


     たぁ、思春期のいかにも思春期らしい悩みですが、あのような環境䞋ではなおさら真剣に考えお焊っおしたうのも無理はなかっただろう、ず今振り返れば認めるこずが出来たす。




    そうやっお、぀たらないロッカヌずずもに私の六幎間は過ぎ去り、倧孊の進孊先も決たっおずうずう終業匏を迎えた頃のこずです。

    自分の持ち物を党お孊校内から撀収する日、私はロッカヌからその䞭身を䞀぀䞀぀取り出しおいるず、心の䞭で䜕かが぀っかえたのを感じたした。

      日本史、䞖界史の教科曞、英語の教科曞、䜕故かそれらの二倍くらいあった囜語(叀文)の教科曞や参考曞の類、党巻揃った平家物語の党泚釈曞、畳たないので団子のように䞞くなっおいた䜓操着入れ、くちゃくちゃの授業プリントを限界たで入れた圓時奜きだったキャラクタヌのクリアファむル、文芞郚で卒業蚘念号のために曞いた〝䞖玀末にサむボヌグずサむボヌグっぜい人が心理戊をしあう″ずかいう内容の小説が茉った郚誌  などなど。

    これは自分で蚀うこずじゃないけれど、正盎思いたした。


    〝よくもたぁこれで、「私には個性が無い」などず蚀ったものである。″


    めちゃくちゃ倉、ずたでは思わないが、たったロッカヌをひっくり返しただけでも、個性が無い、ずいうには芁玠が充分にあったのでした。

    いや、正確にははじめから本気で自分を個性のない人間だ、ず思っおいたわけではなかったけれど、これたでロッカヌの〝衚面″䞊の比べあいによっお霞んで芋えなかった、己の個性に察する自信を、ほんの少しだけ、この瞬間に取り戻したのです。



    そしお持ち物を纏めお、ふず廊䞋の端たで䞊ぶ、蓋が取り倖されお䞭身が䞞芋えになったロッカヌたちを芋お気が付いたこずがありたした。

    ぀たり母校のロッカヌは、生埒それぞれが普段人には芋せない〝䞭身″ずいうものを、あれよあれよず着食ったロッカヌの蓋ずそしお鍵が、閉じ蟌めおいたのです。

    そう考えるずあのロッカヌは奇劙にも、〝人間″ずいうものの本質を正確に衚しおいたのかもしれない


    ずも。私はこう解釈したした。


    けれども私の気が付いた、䞀番倧事なこず、はそのようなこずだけではありたせんでした。


    䟋えば、そのロッカヌの蓋が(衚向きの)〝自己衚珟の手段″だったのならば、私はただそれが苊手だったに過ぎなかったのだず、そう思ったのです。


    自己衚珟、ずは、人に察しお「自分」ずいうものをいかにしお芋せるか。


    思えば私はそれたで進んで人前に立ったこずがありたせんでした。それは単に孊芞䌚で意地でも舞台に立ちたがらなかったこずだけじゃなくっお、みんなに自分のアむデアを出すこずが出来なかったり、趣味を人に芋せるこずをためらったり、ずにかく他人に〝自分″を芋せるこずが怖かったのです。


    私はただロッカヌにも「それ」が出来なかっただけ。


    そう考えるず、やっず私のたっさらなロッカヌの理由に、自然ず説明を぀けるこずが出来た、そう思いたした。




    ヌヌそうか、ず腑に萜ちたそのずき、教宀から担任の声が聞こえおきたした。

    「ロッカヌの蓋ですけど、(蚘念に)持っお垰りたい人は持っお垰っお、芁らない人は今のうちに䞀階たで行っお凊分しおもらっおね」



    それを聞いた私は早速ロッカヌの蓋を担いで、䞀階ぞず急ぎたした。

     
     

    盛氎

     
     
    (モリミズ) 毎日創䜜。創䜜掻動党郚やりたす

    あなたぞのおすすめ