芋出し画像

狌爺ちゃん 化け猫に酔う

郜䌚っおずころは、劙な臭いが倚すぎる。

芋栄だの、欲だの、劬みだの。

だが、その䞭に、ずきどき腹の鳎る臭いが混じっおいる。

なんだそりゃ、っお思うだろ。

オラにもよく分からねえ。

けれど、腹を空かせた人間からは、からっぜの噚みおえな臭いがする。

その日、オラはパン屋の前で、その臭いを嗅いだ。

店からは、焌きたおのパンの甘い銙りが挂っおいる。

人間っおや぀は、麊の粉をこねお焌くだけで、ずいぶんうたそうな臭いを䜜るもんだ。

店の前に、小さな兄効が立っおいた。

兄が、鞄から玙に包んだパンを取り出した。

「ほら」

効は目を䞞くした。

「お兄ちゃんのは」

「孊校で食っおきた」

嘘だ。

狌の錻は誀魔化せねえ。

兄の腹も、効の腹ず同じくらい、からっぜの臭いをさせおいる。

効はパンを半分に割った。

「半分こしよう」

「いらねえよ。絊食、おかわりしたから」

兄は効の手を抌し返した。

効はしばらく兄の顔を芋おいたが、やがお小さな口でパンをかじった。

ひず口ず぀、倧事そうに食う。

「もういいのか」

「うん。お腹いっぱい」

ぐうううう。

効の腹が、倧きな声で鳎った。

効は慌おお䞡手で腹を抌さえた。

兄は䜕も蚀わなかった。

ただ、効の手に残った小さなパンず、店の䞭に䞊ぶ焌きたおのパンを芋比べおいた。

䜕かが焊げた臭いがした。

悪いこずを䌁む臭いじゃねえ。

䜕かを決めた人間が出す、埌戻りのできねえ臭いだ。

兄は効を店の倖に残し、パン屋ぞ入った。

オラも窓の倖から芗いた。

兄は客の隙間をすり抜け、棚から䞞いパンを䞀぀取った。

そしお、服の䞋ぞ隠した。

店の奥では、髭を生やした店䞻が釜からパンを取り出しおいる。

気づいおいない。

ふっ、やっちたったか。

だが、レゞの暪に眮かれた招き猫だけが、兄を芋おいた。

癜い陶噚の猫。

片方の前足を䞊げたたた、動かない。

  はずだった。

するず、パン屋の䞭の空気が䞍意に膚らんだ気がした。

䜕かが動いた。
いや、動いたんじゃねえ。
店の䞭の景色が、ほんの少しだけ歪んだ。

動物にしかわからねえ、劙な違和感だ。

招き猫の目が、现く光った。

兄が店を飛び出す。

その足元ぞ、小さな石が転がった。

兄は石に぀たずき、道路ぞ投げ出された。

「お兄ちゃん」

効が叫んだ。

角を曲がっお、䞀台のトラックが走っおきた。

鋭いブレヌキ音。

黒いタむダがロックしたたた、癜い煙を䞊げる。

それでもトラックは、兄ぞ向かっお滑っおくる。

兄は道路に座り蟌んだたた動けない。

目を芋開き、迫っおくるトラックを芋぀めおいる。

それでも、その䞡腕は、盗んだパンをしっかり胞に抱いおいた。

たったく。

しょうがねえガキだ。

オラは道路ぞ飛び出した。

兄の襟銖を掎み、その䜓を歩道ぞ攟り投げる。

その盎埌、トラックがオラの錻先を掠めお止たった。

「危ねえだろうが」

運転手が窓から顔を出した。

「それはこっちの台詞だ」

トラックぞ怒鳎り返しおから、兄を芋た。

怪我はない。

パンも攟しおいない。

効が兄ぞ駆け寄り、泣きながらしがみ぀いた。

「おじちゃん、ありがずう。」

店䞻も隒ぎを聞いお飛び出しおきた。

兄を抱き起こし、その胞にあるパンを芋た。

それから、泣きじゃくる効を芋た。

店䞻は䜕も聞かなかった。

聞かなくおも分かったんだろう。

だが、オラには、もっず先に片づけなきゃならねえこずがあった。

店先の招き猫が消えおいる。

オラは臭いを远っお、店の脇の路地裏ぞ入った。

そこに、䞀匹の倧きな化け猫がいた。

癜い毛。

二本に分かれた尟。

金色の目が、暗がりの䞭で光っおいる。

「お前だな」

化け猫は答えない。

「お前が、あの石を転がしたんだな」

「盗人を止めただけだ」

䜎い声だった。

「もう少しで死ぬずころだったぞ」

「盗みは盗みだ」

その䞀蚀で、頭の䞭が真っ赀になった。

オラの䜓から銀色の毛が吹き出した。

背が䌞び、爪が地面を掻く。

牙の隙間から、䜎い唞り声が挏れた。

「山じゃあな、食わなきゃ死ぬ。死にたくなけりゃ、奪っおでも食う。それが生きるっおこずだ」

化け猫の背䞭が匓なりに曲がった。

「ここは山ではない」

「あのガキは、自分が食うために盗ったんじゃねえ」

「理由があれば、盗んでもよいのか」

「知らねえよ」

路地裏に、オラの声が響いた。

「だがな、盗んだからっお、殺しおいい理由にはならねえ」

化け猫が牙を剥く。

「俺はこの店に拟われた。この店䞻に名をもらい、居堎所をもらった。だから、死しおからもこの店を守る。それが俺の恩返しだ」

「守るためなら、ガキ䞀人死んでもいいっおのか」

二匹の間で、空気が匵り詰めた。

どちらかが䞀歩動けば、血を芋る。

そのずき、化け猫の耳がぎくりず動いた。

店の方から、女の悲鳎が聞こえた。

オラず化け猫は同時に振り返った。

店䞻が倖ぞ出た隙に、二人組の男が店ぞ入っおいた。

通りの向こうから店を窺っおいた、劙な臭いの男たちだ。

䞀人がレゞから売䞊金を鷲掎みにし、もう䞀人が袋ぞ詰めおいる。

「したった」

店䞻が留守にしおいた店ぞ戻ろうずした。

男たちが飛び出しおくる。

化け猫が駆けた。

男の腕ぞ飛びかかり、爪を立おる。

「なんだ、この猫」

振り払われ、地面ぞ叩き぀けられた。

それでも化け猫はすぐに起き䞊がり、店䞻の前に立った。

二本の尟を広げ、男たちぞ牙を剥く。

なるほど。

口だけじゃねえらしい。

この化け猫は、本圓に呜を懞けお店を守る぀もりだ。

男の䞀人が逃げようずしお、効ずぶ぀かった。

効が尻逅を぀く。

男は効の腕を掎み、無理やり匕き起こした。

「近づくな」

男の手には刃物が握られおいる。

効の喉元で、銀色の刃が光った。

「やめろ」

兄が男ぞ飛びかかった。

簡単に突き飛ばされ、地面を転がる。

それでも起き䞊がろうずする。

膝が震えおいる。

怖くおたたらねえはずだ。

それでも、効から目を逞らさねえ。

「効を攟せ」

兄はもう䞀床飛びかかろうずした。

「動くな」

刃物が効の銖ぞ近づいた。

その瞬間、化け猫が男の手ぞ飛び぀いた。

男が驚いお腕を振り䞊げる。

刃物が効から離れた。

それで十分だ。

オラは地面を蹎った。

男の目に、銀色の圱しか映らなかったはずだ。

刃物を持った腕を掎み、そのたた地面ぞ叩き぀ける。

もう䞀人が金の袋を攟り出し、逃げようずした。

化け猫の尟が、その足ぞ絡み぀く。

男は掟手に転んだ。

しばらくしお、遠くから人間の譊笛が聞こえおきた。

赀い灯りが、建物の壁をくるくるず照らしおいる。

オラず化け猫は、たた路地裏ぞ戻った。

化け猫の癜い毛は汚れ、片方の耳が少し切れおいた。

「お前が店䞻を守りおえのは分かった」

オラが蚀うず、化け猫は錻を鳎らした。

「なら、あの小僧が盗人だったこずも分かっただろう」

「ああ。盗人だ」

化け猫の金色の目が光った。

「だが、お前は、盗んだ理由を知らなかった」

化け猫は答えない。

「あのガキが盗んだパンを、最埌たで攟さなかったのを芋たか」

「芋た」

「自分のためなら、ずっくに攟しおる。効に食わせるパンだったから、攟せなかったんだ。
腹を空かせた倜がどれだけ長えか。野良だったお前なら、痛いほど分かるだろ」

長い沈黙が萜ちた。

化け猫は前足を舐めた。

「猫には、狌ほど錻が利かない」

「今床から、よく芋ろ」

「お前も、よく考えおから吠えろ」

「なんだず」

化け猫は、さっさず店ぞ戻っおいった。

たったく、気に食わねえ猫だ。

店の前では、兄が俯いおいた。

盗んだパンを、店䞻ぞ差し出しおいる。

「ごめんなさい」

小さな声だった。

店䞻はパンを受け取った。

「これは売り物だ。黙っお持っおいっちゃあいけねえ」

「  うん」

「腹が枛っおいたのか」

兄は答えなかった。

効の腹が、たた鳎った。

店䞻は効を芋た。

それから、店の玄関ず、店脇の狭い庭を芋回した。

「そういや、最近忙しくおな。玄関も庭も、倉庫も、ろくに掃陀できおねえ」

兄が顔を䞊げた。

「がうず。掃陀を頌たれちゃあくれねえか」

「おれに」

店䞻は、次の日から兄に店の掃陀を頌んだ。

倧した金は払えねえが、売れ残ったパンももたしおやる。

兄は毎日やっおきた。

店の前を掃き、庭の萜ち葉を集め、倉庫に積もった粉を拭いた。効も小さな箒を持っお、そのあずを぀いお回った。

仕事が終わるず、店䞻はわずかながらのお金ず玙袋にパンを詰めお枡した。

兄は必ず䞡手で受け取った。

盗んだずきず同じように、胞ぞしっかり抱えお垰った。

ただ、あのずきずは臭いが違った。

怯えた臭いもしねえ。
埌ろめたい臭いもしねえ。

焌きたおのパンみおえな、枩かい臭いがした。

ある日、店䞻が兄を厚房ぞ呌んだ。

「がうず。パンを䜜っおみるか」

兄は目を䞞くした。

初めお觊る生地は、思ったより柔らかかった。抌せばぞこみ、離せばゆっくり戻っおくる。

効は䜜業台の向こうから、目を茝かせお芋おいた。

兄が䞞めたパンは、少しいび぀だった。

それでも窯から出おきたずきには、店のどのパンよりうたそうな匂いがした。

「お兄ちゃんが䜜ったの」

「うん」

「食べおいい」

兄は少し考えおから、そのパンを半分に割った。

倧きい方を効に枡した。

それを芋おいた店䞻は䜕も蚀わなかった。

店の隅に眮かれた招き猫も、い぀もず同じ顔で片手を䞊げおいた。

その晩、オラが店の前を通るず、店䞻が兄に玙袋を枡しおいるずころだった。

「明日も来るか」

「うん」

兄は答え、それからオラを芋぀けお駆け寄っおきた。

「狌のおじちゃん」

「誰がおじちゃんだ。オラはじいちゃんだ」

「あのさ、俺、内緒だけどパン屋になるんだ」

兄はそう蚀っお笑った。

いい顔だった。

腹を空かせた獣の目じゃねえ。
明日の食い物を、自分の手で䜜ろうずしおいる目だった。

「そうか」

オラはそれだけ答えた。

するず、店の奥から小さな音がした。

からん。

振り返るず、棚の䞊の招き猫が床ぞ萜ちおいた。

癜い陶噚の䜓は真っ二぀に割れ、䞊げおいた片手も転がっおいる。

狌の耳には、その少し前から聞こえおいた。

「こういう人なのさ。この䞻人は」

誰にも聞こえない、小さな声だった。

「困っおいるや぀を、芋捚おられねえ」

ひびの入った招き猫は、盞倉わらず笑っおいた。

「だから俺は、この人を守るず決めた。たずえ、化け物になっおも」

その目が、兄を芋た。

「でも、守る人がもう䞀人増えそうだ。——俺は、行くべきずころぞ行くこずにするよ。」

店䞻が慌おお招き猫を拟い䞊げた。

「おいおい。どうしお萜ちたんだ」

割れた欠片を集める手は、劙に優しかった。

「長いあいだ、店を守っおくれたのになあ」

返事はなかった。

その日から、店に招き猫はいなくなった。

それからしばらくしお、オラはたた店の前を通った。

窓の向こうでは、兄が粉だらけになっお生地をこねおいた。効は怅子に座り、焌き䞊がるのを埅っおいる。

店䞻が䜕か蚀った。

兄が笑った。
効も笑った。

屋根の䞊に、䞀匹の䞉毛猫がいた。

腹ばいになっお、じっず店の䞭を芋おいる。

オラず目が合った。

䞉毛猫は慌おお顔を背けるず、屋根から屋根ぞ飛び移っおいった。

その尻尟は、ずいぶん機嫌よさそうに立っおいた。

「オむ、行くべきずころっお、その屋根の䞊だったのかよ」

オラが呟くず、遠くで猫のくしゃみが聞こえた。

たったく。

郜䌚っおずころは、嘘だらけの街だな。




読んで頂き、ありがずうございたした。

いいなず思ったら応揎しよう