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万物に神は宿る、中学生の祈りのルーティンを観察してみた

    すっかり当たり前のことになっているので、改めて人に話したことがないのだけど、うちの子(中学生男子)は、寝る前に「お祈り」をしている。

    一体なんの儀式なのか?詳しくあれこれ聞いてしまうと、恥ずかしがってやらなくなってしまいそうなので、いろいろ聞きたいことをぐっと我慢して、私はこっそり観察に徹している。

    毎晩、寝る時間が近づくと、それは少しずつ始まる。まずは、寝室に上がる階段に、祈るのだ。

    祈りを向ける対象は、神社のお札はもちろん、家の中のあらゆる「物」たち。
    ウルトラマンのフィギュアや、カーテンにつけたバッヂ、テレビに映った人にまでも、祈りを捧げる。
    「万物に神は宿る」という神道の考え方に近しいものを感じる。

    うちの子の「お祈り」は、手を合わせて、目をぎゅっと瞑って、何かを小さい声で唱えるスタイル。
    この姿が、とても純粋でかわいい。

    ちなみに彼は、ごはんを食べ終わった後にも必ず手を合わせて「ごちそうさまでした」と言うのだが、これもまた、ずっと続いてほしい姿である。

    お祈りには、小さいお祈りとデッカイお祈りがあるようで。小さいお祈りは、あちこちに向かって短く手を合わせ、デッカイお祈りには、じっくり5分ほど時間をかけている。
    途中でしゃべりかけたり、部屋の明かりを消そうとすると、「まだお祈り中なのに!」と怒られる。

    お祈りが終わると、「おやすみまたあした」を家族全員と言い交わして寝る。この「おやすみまたあした」も、「明日また無事に顔を合わせようね」という息子の願いが込められている。

    いよいよ寝るぞ!となった時は、お祭で買った風鈴にくくりつけた紐をゆらして風鈴を鳴らし、「就寝アンド消灯」と言って電気を消す。

    そして朝を迎え、学校に行く前には、必ずぎゅっと私とハグをして、「今日いいことある?いいことしかない?」とたずねてくる。
    「いいことあるよ。いいことしかないよ。」と応えると、ホッとしたように家を出発していく。

    子どものころ、私にも同じように願掛けのようにしていたことがある。
    横断歩道の白いところしか歩いてはいけないことにしていたり、当時一生懸命通っていたスイミングでは、毎日の練習がキツすぎて、その日の練習がうまくいくように、赤信号を見るとめちゃくちゃよいことがある、黄色はまあまあ良いことがある、けど、青信号はあまり見てはいけないというしばりを、送迎バスの中で設けていたりした。

    祈りってなんだろう。
    息子も、あの頃の私と同じように、毎日いろんなことがあって、その中で一生懸命なのだ。
    「大丈夫」と安心したくて、自分で自分の背中を押している。

    この祈りのルーティンが、息子の毎日を支えているのなら、何も言わずに見守ろう。

    大人になった私は、近所の道祖神さまと、お地蔵さまの前を通る時、決まって心の中で手を合わせ、お祈りしている。

    どうか、息子をお守りください。
    私も健康でいられますように。

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    働くおかあちゃん。 子どもからいろんなこと、教えてもらいながら生きています。日々感じたことをエッセイにしておきたい。

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