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​第9話:全国1位のMR、側(がわ)を作るクリエイティビティ

    ​美大の卒業生が、老舗の最大手製薬企業へ。

    入社式の会場で周囲を見渡すと、案の定、並んでいるのは全国の有名国公立や私立大学の、いわゆる「絵に描いたようなエリート就活生」ばかりだった。

    ​美術の専門教育しか受けてこなかった私が、彼らと同じ土俵で、それも医学や薬学という極めて専門性の高い知識を競い合う。当然、周囲の目は「美大生に何ができるんだ」という、好奇と少しの侮蔑が混ざったものだった。

    ​けれど、彼らは知らなかったのだ。

    私が、幼少期からどれほど過酷な「完璧主義の無菌室」で仕立てられてきたかを。

    ​言葉を美しく整え、佇まいを律し、相手の視線や空間の調和をミリ単位でコントロールする。それは、母の竹物差しと包丁の音のなかで、私の生存本能として身体に深く刻み込まれた技術だった。さらに、父の厳しいプロの世界から学んだ「何が何でも結果を勝ち取る精神」。

    ​私は、文系・理系の秀才たちが苦戦する最高難度の「MR(医薬情報担当者)認定試験」を、猛勉強の末に一発で合格してみせる。それは、私にとってはかつて4つの本棚の海をすべて記憶し、雪山でSAJ1級をもぎ取ったあの集中力の再現に過ぎなかった。

    ​現場に出てからの私は、周囲の予想を遥かに超えるスピードで、異次元の結果を叩き出し始める。

    ​MRの仕事の本質は、多忙を極める医師たちに信頼され、自社の薬を選んでもらうことだ。他のエリートMRたちが、パンフレットに書かれたロジックや数字を必死に説明するなか、私は全く違うアプローチをとった。

    ​私が発揮したのは、多摩美のプロダクトデザインで叩き込まれた「側(がわ)を作るクリエイティビティ」だった。

    ​プロダクトデザインとは、単にモノの形を美しくすることではない。それを使う人間の心理を観察し、行動を予測し、その不満を美しく解決する「仕組み」を作ることだ。

    私は医師たちの日常を徹底的に観察し、想像した。彼らが何を求め、どこにストレスを感じ、どんな言葉や佇まいに心を開くのか。
    医師とMRという「空間」そのものをデザインし、自分の佇まいや情報の渡し方という「側(がわ)」を、完璧な美しさで構築していった。

    ​母から授けられた、一分一厘の乱れもないお上品な佇まいと、洗練された言葉遣い。

    そして、父から受け継いだ、相手の心を一瞬で掴むプレゼンテーションの瞬発力。

    ​全国に何千人もいる、並み居るエリートMRたちを次々と追い抜き、私はついに、その頂点である「全国1位」の実績を叩き出したのだ。美大出身の異端児が、日本の硬派なビジネスの頂点に立った瞬間だった。

    ​しかし、全国1位の景色を見たとき、私のなかの「デザイナーの野生」が、再び静かに目を覚ました。

    ​時代が劇的に変わり始めていた。
    インターネットの普及、そしてデジタル化の足音。

    「このまま、人が病院を1軒ずつ回るだけの営業スタイルが、いつまでも続くわけがない」

    ​周囲のMRたちが「1位」の栄光に浸っているなか、私は美大時代に培った、時代の空気を嗅ぎ取る圧倒的なセンスとクリエイティビティで、次の巨大な波を瞬時に感じ取っていた。

    ​医療の世界に、デジタルとDX(デジタルトランスフォーメーション)の波がやってくる。
    それも、とてつもないスピードで。

    ​私は、せっかく築き上げた「全国1位のMR」という華やかな肩書きを、未練もなくあっさりと手放した。そして、誰もがまだその全貌を理解していなかった、医療業界特化のデジタル配信、DX領域という未開のフロンティアへと、自らの足で飛び込んでいく。

    ​それは、これからのAI時代に、決して機械に置き換わることのない「新しい仕組み」を自分の手で構築するための、命がけの転身だった。

    ​(第10話へ続く)

     
     
    バブル期の東京で母となり、我が子たちに施したのは、世間一般の優しさとは少し違う、情熱と規律を重んじる教育。 3人の子どもたちを幼稚園から成城学園へ、そして全員を多摩美術大学へと送り出した日々の記憶を、静かに紐解きます。

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