
50代、「完璧でいること」が自分を追い詰めていた
~「いい人」シリーズ番外編~です。
振り返ると、私はずっと
「揃っていないと気持ち悪い」人間でした。
棚の本が斜めになっていると
直さずにいられない。
順番を崩されると
なぜかイライラする。
食器の向きが揃っていないと
それだけで落ち着かない。
そんな細かいことが気になる性格でした。
それが職場に入ると、こう変わります。
「ミスがあってはいけない」
「できない、と言ってはいけない」
「他の人より劣っているところを見せてはいけない」
完璧主義が、職場でフル稼働し始めるんです。
頑張れば頑張るほど、
なぜか重くなる毎日がありました。
「職場のお荷物にはなりたくない」
その一心で、
できないことをできると言い、
疲れているのに疲れていないふりをして、
全部一人で抱えようとしていたのです。
でも、不思議なことが起きるんです。
完璧を目指すほど、
なぜか周りとの距離が広がっていく。
ミスを責められやすくなる。
なぜか攻撃を受けやすくなる。
「なんで?こんなに頑張っているのに?」
そう思っていました。
あるコメントをもらって、
ハッとしました。
「有能であろうとすればするほど、傷つきます」
そして別の方はこう言っていました。
「完璧感のある空気が漏れ出すと、攻撃を受ける」
その言葉が、腑に落ちたんです。
完璧を目指している人間は、
常に針を立てているんです。
ハリネズミのように。
針があると、近づけない。
近づけないから、助けてもらえない。
助けてもらえないから、
全部一人で抱えることになる。
完璧主義が、孤立を作っていた。
思えば若い頃、
完璧であることを
疑ったことがなかったんです。
きちんとやること、
ミスをしないこと、
頼られる人間でいること。
それが「正しい」とずっと信じていた。
でも50代になって、
ようやく気づいたことがあります。
完璧さは、自分を守っているようで、
実は自分を孤立させていたのです。
では、どうすればよかったのか?
答えは、拍子抜けするくらい簡単でした。
「私、これ苦手なんです」と言う。
それだけです。
白旗を振ること。
隙を見せること。
「完璧じゃない私」をあえて出すこと。
すると、どうなるかわかりますか?
周りが近づいてくる。
助けてもらえるようになる。
不思議と攻撃も減っていくのです。
隙は、弱さじゃなかった!
隙は、バリアだったんです!
自分で自分に「完璧じゃなくていいよ」
と許可を出す。
それだけで、ようやく
深く呼吸ができるようになる気がします。
有能な誰かを演じてすり減るより、
等身大の自分を大切にする選択肢があってもいい。
棚の本が少し斜めでも、
今日はいいことにしよう。
そんな小さなところから、
始めてみませんか?
完璧じゃない私が、
いちばん私らしい。
「いい意味で大雑把」くらいが
ちょうどいい。
そう思えた日から、
少しだけ呼吸が楽になりました。