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偽善じゃない優しさを、信じはじめる

    そのままの自分を出す。
    相手のために、思いやりをもつこと。
    そんな人になりたい。って思ったら、
    急にゴールのない迷路にいるみたいにずっと考え込んでしまった。
    どうしたらそうなれるかもわからない。
    そんなの不可能だって思った。

    理由はわかる。
    わたしは長い間、自分を抑えること、自分を出さないことで生きのびてきたから。
    空気を読んで合わせること、言われた通りにすることで、わたしはわたしの安全を守ってきた。
    自分を出すことは危険だと思っていた。
    だから思いやりを出すこともできなかった。
    いや、出し方を知らなかった。

    こんなこと言ったら嫌われてしまうかもしれない。
    書くことがこわい。そう思いながら書いてる。
    わたしにはずっと、優しさは偽善に見えていた。優しさを、信じることができない。
    だから自分が「相手のために」と思って渡す優しさも信じられない。そもそも渡す方法も知らない。
    これが正直なわたしなんです。

    自分を抑えることで生きのびてきたこと。それはそれでいい。よくがんばったと思ってる。でもやっぱり、安心できて信じたいと思う人へ自分を出してみたい。その人のためにと思って、思いやりを渡せるようになりたい。つまり、わたしは変わりたいんだ。
    でも、自分を抑えて生きてきたわたしのこともわたしは好き。人の優しさが偽善に見えてしまうわたしも好き。
    だってそれこそがわたしがわたしを守りながら生きてきた証だから。

    でも、noteを書き始めたことで、このnoteという世界にいる人たちと出逢わせてもらえたことで、もしかしたら、偽善じゃない優しさもあるのかもしれないって信じはじめてるわたしがいる。

    自分を抑えて生きてきたわたし。
    変わりたいと思うわたし。
    両方のわたしが、ようやく手を取り合おうとしてる感覚がある。

    そうは言っても、まだやり方はわたしにはわからない。
    でも過去の抑えてきた自分のことも否定しないで、生きてきた証を握りしめながら、少しずつ焦らずに、ゆっくり変わっていきたい。

    そして、いつかちゃんと優しさを信じられるようになって、この場所にことばを灯せるわたしになりたい。



    最後までお読みいただきありがとうございました。
    読んでくださることがわたしの力になってます。



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