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旅:人生が変わるきっかけ

    2025年、私は6年ぶりに海外へ出ました。

    行き先はバンコク、台北、そしてイタリアです。

    長いあいだ止まっていた海外旅行が、ようやく私の生活の中に戻ってきたのです。

    そして、イタリア旅行から戻った後にしたことは、長年使っていたトランクを処分することでした。

    部屋の前に並べたトランクを眺めながら、不思議なくらい、迷いはありませんでした。

    以前の私なら、きっとできなかったことです。

    私が持っていたトランク

    私は、3個のトランクを持っていました。

    1個目は長期用の大型トランク。黒とグレーのチェック柄で、まだ20歳くらいの頃、とても魅力的に目に映ったトランクです。
    海外に持って行きたい。
    これからの海外旅行を彩ってくれる。
    そんな期待を形にしたようなデザインでした。

    2個目は3~5泊のトランク。
    カバンのようなデザインで、水色にクリーム色のベルトがアクセントになった、おしゃれなトランクです。
    社会人になったばかりの頃に買いました。
    パンデミック前、そしてバンコク・台北への旅行で使いました。

    3個目は機内持ち込みサイズのトランク。
    落ち着いた暗めのピンク色のデザイン。
    ドン・キホーテで安めに購入したトランクです。
    パンデミック前、「1つあると便利そう」と思って買っていたモノでした。
    しかし、その後しばらく使うことがないまま、収納の役割に転じていました。
    パンデミックが少し落ち着いたころ、国内旅行で何回か使いました。

    6年ぶりの海外旅行に行くことが決まり、久しぶりにトランクたちを確認しました。

    どのトランクも時間がそれなりに立っており、劣化が見えました。

    大型のチェック柄のトランクは、表面に無数の傷が付き、どこか古びたにおいがしました。

    水色のトランクは車輪の動きが悪くなり、歩いているときに転がしにくくなっていました。
    そして、ダイアル式の鍵は、金属の錆のせいなのか、ダイアルを合わせてもうまくかみ合わなく、開きづらくなっていました。

    ピンクのトランクは、この中では新しいもの。
    しかも、あまり使ってもいませんでした。正直、まだ使おうと思えば、使えるものでした。
    しかし、自分の旅行スタイルでは少し使いづらく、
    「このまま持っていても使わないかもしれない」
    そう思い始めていました。
    表面が傷み、汚れも目立っていたのも気になっていました。

    傷み方だけでも、処分する理由はいくらでもありました。

    それでも、以前の私なら捨てられなかったと思います。

    私という人間

    私は昔から、物を捨てるのが苦手でした。
    トランクはそこまで安いものでもありません。
    「まだ使えるかも」
    思い込んでいました。

    しかし、それ以上で気づいたのが、自分の部屋そのものでした。

    2025年、旅行への意欲が高まる中、トランクを久しぶりに開けてみて、中に詰まっていた本や雑誌、資料に気づきました。

    トランクは部屋の隅に置いていました。

    家具の配置上、家具やモノを動かさないとトランクを取り出せない部屋でした。そして気づいたのが、本や資料類の多さです。

    捨てるのが一番苦手だったのが、本や資料でした。勉強に使ったノートや参考書も同じです。
    「将来役に立つかもしれない」
    そんな思いで残し続けていました。

    今思えば、捨てるのが苦手だったのは、物だけではありませんでした。

    私は長い間、自分の理想や目標にも執着して生きていたのだと思います。

    学生時代、私は勉強が好きでした。
    努力した分だけ結果が返ってくることが心地よかったです。
    社会人になってからも、それは変わっていませんでした。
    仕事をしながら資格試験の勉強を続け、新しい知識を身につけることを目標にしてきました。

    目標を決めたら諦めてはいけないと思い込んでいました。
    苦しいのは当たり前で、楽しみや生活を後回しにしてでも努力しなければいけない。
    人生の核のようになっていたのでしょう。

    その背景には、人とのコミュニケーションへの苦手意識がありました。
    私はオーラルコミュニケーションが得意ではありません。
    特に雑談は苦手です。
    普段から何を話せばいいのかわからないと感じることが多いです。
    声をかけるのも苦手です。

    だからこそ、
    「話すことが苦手なら、何か別の強みを持たなければいけない」
    そう考えていたのかもしれません。
    それが結果的に、
    「理想を高く持ち、目標を達成しなければいけない」
    という思い込みにつながっていました。

    転機がやってくる、バンコクへ

    そんな私が、2025年になって急に海外旅行へ出かけるようになりました。
    きっかけは単純です。
    ずっと行けなかったからでした。

    パンデミックで海外旅行は遠いものになりました。
    再び行けるようになった頃には転職も重なり、休暇を取ることを遠慮していました。
    その間に積もっていた旅行への思いが、一気にあふれ出したのです。

    パンデミック後、まず向かったのはバンコクでした。

    6年ぶりの海外。
    空港に着いた瞬間から、わくわくしつつも、どこか緊張していました。
    電車に乗るだけでも、日本にいるときよりも慎重になります。案内板を何度も見返し、スマートフォンと地図を見比べながら歩きました。

    ある日、マハナコーン・スカイウォークに向かうために地下鉄を利用しました。
    ホテルからは1回乗り換えが必要。
    その地下鉄の駅の乗り換えで、乗り換え先の駅が見つけられませんでした。
    人通りの少ない構内で立ち止まり、しばらく案内板を見上げていました。

    「どうしよう」

    「駅員さんに聞いてみようか…」

    そんなことを考えながら数分が過ぎました。

    すると偶然駅を通りかかった女性を見かけます。思い切って声をかけました。

    "Excuse me…Do you speak English?"

    だいぶ緊張していました。
    持っていたガイドブックの地図を指さしながら、
    「ここに行きたいのですが…」
    と伝えてみます。

    その女性は、
    「文字が小さくてよく見えないわね」
    と言いながら、その方がバッグから眼鏡を取り出し、確認してくれました。

    「ああ、チョンノンシー駅に行きたいのですね」
    と笑顔で答えてくれました。

    そして、
    「一緒に行きましょう」
    一緒に改札の近くまで歩いて案内してくれるとのこと。

    驚きました。

    私なら道を説明するだけで終わるかもしれません。

    それなのに、その人は自分の時間を使って助けてくれたのです。

    私たちは歩き始めました。

    数分は歩いて、乗り換えの駅へと向かいました。

    そして、目的の駅に到着します。急にどっと安心しました。
    これで終わりだと思いました。

    お礼を言おうとします。

    すると、その女性は駅員さんのほう行って何か質問しています。女性が戻ってきました。

    「向かって左側の電車で、チョンノンシー駅に行けますよ」と教えてくれました。

    自分の時間を使って、見知らぬ旅行者をここまで案内できるだろうか。そんなことを考えながらホームへ向かいました。

    「わざわざここまでしてくれるんだ」

    心がとても温かくなりました。
    私は、その親切さが忘れられませんでした。

    台北で乗ったタクシー

    台北でも似たようなことがありました。

    1回だけタクシーを利用しました。故宮博物館から士林駅に向かうためです。

    日本にいるときも海外旅行でも、タクシーはほとんど使いません。
    極力、電車を使っていました。

    しかし、故宮博物館から士林駅に向かうには、バスかタクシーしか選択肢がありません。
    そして、バスが苦手な私には、タクシーのほうがよさそう…

    タクシー乗り場に待機し、タクシーが私を見つけてくれるのを待っていました。
    それほど時間が経たないうちに、タクシーが到着します。

    スマートフォンの画面を見せながら英語で目的地を伝えると、運転手さんは穏やかな笑顔で
    「駅に行きたいのですね」
    と英語で教えてくれました。

    「伝わらなかったらどうしよう。」
    そう身構えていた心が、一気に軽くなりました。

    普段タクシーはほとんど使わないので、乗る前から妙に緊張していました。
    しかし、運転手さんの優しい対応で、どっと安心しました。

    旅先では、不思議なくらい、人の小さな親切に助けられています。

    そのたびに、私は少しだけ肩の力を抜けるようになっていました。

    5年越しの想い、イタリアへ

    そして5月、私はイタリアへ向かいました。

    ローマ、フィレンツェ、ナポリ。
    そしてヴァチカン。

    何年も前から行きたいと思っていた場所です。

    旅行前の数か月は、ガイドブックを読み込み、観光地の予約を取り、イタリア語も少し勉強しました。

    忙しい仕事の合間に旅行の準備をする時間は、不思議なくらい楽しいものでした。

    「もうすぐ行ける」

    そう思うだけで、気持ちが軽くなりました。

    イタリアでもまた、人の優しさに助けられました。

    イタリア旅行では、ローマを拠点に旅行を決めていました。
    テルミニ駅近くの宿泊施設を予約。
    そして、その宿泊施設では3種類の鍵がありました。

    そして急に不安に駆られました。

    もうかなり前になります。

    ドイツに滞在した際に鍵の使い方がわからず、部屋に入れなくなったことがあったのです。

    私は少しためらった後、
    「実際使ってみて、やり方を覚えたいです」
    とお願いしてみました。

    オーナーは嫌な顔一つせず、

    「もちろん。」

    それぞれのドアで、鍵を回しながら、実際に使い方を教えてくれました。

    私も練習し、そのたびに笑顔で見守ってくれました。

    以前の私なら、
    「聞くのは申し訳ない。」
    そう思っていたでしょう。

    分からないことは聞けばいい。
    その一言を口にするだけで、不安は驚くほど小さくなることを知りました。

    レストランでは「日本から来たの?」と話しかけられました。

    お土産店でも、店員さんが気軽に声をかけてくれました。

    英語は緊張します。

    イタリア語は挨拶程度です。

    それでも会話は成立しました。

    完璧でなくても、人は理解しようとしてくれる。

    旅を続けるほど、そのことが少しずつ当たり前になっていきました。

    自分の中の変化

    どれも特別な出来事ではありません。

    けれど、その何気ないやり取りがうれしかったのです。

    旅をしていて気づきました。

    私は海外で変わったのではありません。

    もともと変わりたかったのだと思います。

    ただ、そのきっかけがなかっただけでした。

    質問しても大丈夫。

    わからなければ聞けばいい。

    少しくらい失敗しても何とかなる。

    旅先で出会った人たちは、そんな当たり前のことを私に教えてくれました。

    トランクの断捨離へ

    イタリアから帰国した後、私は古いトランクたちを粗大ごみとして処分しました。

    大きいトランクを最後に使ったのはパンデミック前のニューヨーク旅行でした。
    今回のイタリア旅行では、この大きいチェックのトランクの代わりに、シルバーのColemanのトランクを購入しています。
    六年ぶりに長い滞在で海外へ連れて行くなら、新しい相棒がいい。そんな気持ちもありました。

    水色のトランクは、バンコクと台北で使いました。
    最後の使い納めになりました。

    ピンクのトランクは人に譲りました。
    「まだ使えそうだから譲ってほしい」
    と言ってくれました。
    傷や汚れはありましたが、
    次に使ってくれる人がいるなら。
    そのほうがいいと思えました。

    どのトランクにも思い出が詰まっていました。

    大学生の頃の旅。

    社会人になってからの海外旅行。

    そして、パンデミックを挟んだ六年間。

    思い返せば、それぞれのトランクは、その時々の私と一緒に旅をしてきました。

    だから、以前ならきっと捨てられなかったと思います。

    「まだ使える。」

    「また海外へ行くかもしれない。」

    そんな理由を並べて、クローゼットの奥へ戻していたはずです。

    それなのに今回は、不思議なくらい迷いませんでした。

    役目を終えた。

    ただ、それだけのことだと思えたのです。

    連鎖する断捨離

    すると不思議なことが起こりました。

    トランクの断捨離を進めると同時に、部屋の中にあるものが気になり始めていました。

    私の部屋は四畳半のワンルームです。

    決して広くはありません。

    それでも長年暮らしているうちに、本や書類、使わなくなったものが少しずつ増えていました。

    本棚には専門書や資格試験の参考書が並び、ロフトベッドの下にはプリント類が積み上がっていました。

    すでにパスした資格、おそらくそこまで求められていないような高度な資格など関連本などが大量に残っていました。

    「いつか使うかもしれない」
    そう思って残したものばかりです。

    けれど、その「いつか」はなかなかやってきませんでした。

    イタリア旅行後、私は休日になるたびに少しずつ片付けを始めました。

    読み返していない本。

    何年も開いていない資料。

    保存していたノート。

    最初はためらいながらでしたが、次第に手が止まらなくなりました。
    ページをめくるたびに、その頃の自分を思い出します。

    試験に向けて必死に勉強していたこと。

    夜遅くまで机に向かっていたこと。

    合格したときのうれしさ。

    だからこそ、今まで捨てられなかったのだと思います。

    けれど、その役目はもう終わっていました。

    必要だった知識は、自分の中に残っています。

    本そのものを持ち続けなくても、その時間までなくなるわけではありません。

    そう思えた瞬間、少しずつ手放せるようになりました。

    本を一冊処分するたびに、本棚に隙間ができます。

    書類をまとめるたびに、床が見えてきます。

    部屋が広くなったというより、空気が軽くなったような気がしました。

    そして気づきました。

    私が手放していたのは、物だけではなかったのだと。

    本当に変わったのは…

    本を処分しながら、私は学生時代、社会人になったばかりの頃を思い出していました。

    人と話すことが苦手だった私は、その苦手意識を埋めるように勉強を続けてきました。

    努力した分だけ結果が返ってくる勉強は、自分にとって安心できる場所でした。

    社会人になってからも、その考え方は変わりませんでした。

    資格試験に挑戦し、仕事でも新しい知識を身につけることを目標にしてきました。

    もちろん、その時間を後悔しているわけではありません。

    あの頃の努力があったからこそ、今の自分があります。

    けれど、いつの間にか

    「もっと頑張らなければいけない」

    「何かを成し遂げなければならない」

    そんな思いが、自分を追い立てるようになっていました。

    そんな毎日とは対照的だったのが、2025年の旅でした。

    バンコクでは暑い日差しの中を歩き、寺院を巡りました。

    台北では歴史ある街並みと、新しく発展した街並みの両方を眺めました。

    ローマでは二千年前の遺跡を歩き、フィレンツェでは何時間も美術館で絵を見続けました。

    ナポリでは、朝の青空を眺めながらゆっくりと一日が始まる時間を楽しみました。

    そこには試験もありません。

    評価もありません。

    誰かと比べられることもありません。

    ただ、「今、この場所にいる」ということだけで満たされる時間でした。

    そして旅先では、たくさんの人に助けてもらいました。

    バンコクで乗り換えを案内してくれた女性。

    台北で安心させてくれたタクシーの運転手さん。

    ローマで鍵の使い方を丁寧に教えてくれた宿のオーナー。

    流暢な言葉ではなくても、相手は私の言葉を理解しようとしてくれました。

    分からなければ聞けばいい。

    困ったら助けを求めてもいい。

    そんな当たり前のことを、旅先で出会った人たちが自然に教えてくれたのです。

    世界は思っていたより優しい。

    人は思っていたより親切だ。

    六年前の私は、きっとそんなふうには思えなかったでしょう。

    もちろん、旅から帰って別人になったわけではありません。

    今でも人に話しかけるときは緊張します。

    質問する前にためらうこともあります。

    それでも以前より、

    「聞いてみよう」

    そう思える場面が増えました。

    失敗しても、きっと何とかなる。

    そう思えるようになったことは、私にとって大きな変化でした。

    旅の終わりに捨てたもの

    2025年、私は三つの古いトランクを手放しました。

    そして、新しいトランクを迎えました。

    部屋の中には少しずつ空いた場所が増え、本棚には隙間ができました。

    以前なら、その空いた場所を埋めるように何かを置いていたかもしれません。

    けれど今は、その余白が心地よく感じられます。

    トランクを処分したから人生が変わったわけではありません。

    海外旅行へ行ったから急に前向きになれたわけでもありません。

    けれど、旅を重ね、人の優しさに触れ、役目を終えた物を手放していくうちに、少しずつ自分の考え方が変わっていったのだと思います。

    振り返れば、私が手放していたのは、古いトランクだけではありませんでした。

    「いつか使うかもしれない」という思い。

    「もっと頑張らなければならない」という思い込み。

    「一人で何とかしなければならない」という不安。

    そんな、長い間抱え続けてきたものも、一緒に少しずつ手放していたのです。

    今、部屋の隅には新しいトランクがあります。

    次の旅を待つように、静かに置かれています。

    以前の私は、「いつかまた海外へ行けたらいい」と思っていました。

    でも今は違います。

    「次はどこへ行こう。」

    そう考えている自分がいます。

    旅が人生を変える。

    そう言うと、大げさに聞こえるかもしれません。

    けれど私は、人生が少しずつ動き始める瞬間に、旅がそっと寄り添ってくれることはあるのだと思います。

    古いトランクを手放した日の軽さと、旅先で受け取った人の優しさは、きっとこれから先も忘れることはありません。

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
    大都会をめぐる旅行が好き。 旅の途中で考えたことや、心に残った風景を残すために書いています。 個人的な視点が中心ですが、どなたかの旅のヒントになれば嬉しいです。 更新は不定期ですが、マイペースに続けています。

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