
[短編小説]白狐の昼休み#4テラスハウスに花咲く頃(エピローグ②風に吹かれて)
[あらすじ]
母である斉藤若菜は原因不明の長い眠りに入ってしまった娘、陽菜を助けるため陽菜の夢の中に入る。
そこで出会ったのは、隣人の渡辺さん、陽菜、そして10歳の頃の自分(若菜)がだった。
幼い頃の自分を抱きしめることで陽菜の長い眠りは終わりを告げる。
平穏な日常を取り戻したかに思えたある日、若菜は朝起きることができず、体も重い。自分の体に小さな異変を感じていた。
そんな彼女のもとに、一通の書留が届く。
差出人は、隣人であった渡辺さんからだった。
手紙には10歳の若菜が現れた時のことや、陽菜の母に対する深い愛情、そして誰にも知られていなかった秘密について綴られていた。
なぜ10歳の若菜が陽菜の夢の中にいたのか?
ついにその真実が明かされる。
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ここまで読んだところで、私は手紙をテーブルの上に置いた。
コーヒーを飲もうとしたことを思い出した。挽いたコーヒー豆にゆっくりと円を描くようにお湯を注ぐ。香ばしい香りが湯気と一緒にふわっと広がった。
静かに香を吸い込み、一口、口にする。
豊かな香りとコクが広がる、ただ少し今日は苦味が強いように感じた。
手紙はまだ続いている。続きを読んだ。
「そんな娘二人が仲良く遊んでいる中、私の体力は少しずつ失われていくようでした。
二人が庭でペチュニアやマリーゴールドを育てている姿を見ていると
『私はここで、終わりにしてもいい』とさえ思ったのです。
ただ、それと同時に一つの不安が心をよぎりました。
『もし二人が私の異変に気付いたら、二人はどうするだろうか?』ということです。
優しい子達です。きっと私の身を案じて何か行動を起こすでしょう。でも、一歩間違うと自分達の身に危険が及ぶかもしれません。『あの子達に何かあったら』そう思うと私の胸は張り裂けそうでした。
どうしたらいいか、わかりませんでした。気持ちばかり焦ってしまい時間だけが過ぎていきました。
せめて、心だけでも落ち着けよう…。
そう思った時、ふと山の麓の神社のことを思い出しました。
なぜ神社なのだろう。自分でも不思議でした。ただ、誰かに呼ばれているような、そんな気がしたのです。
私は山沿いの道を神社に向かって歩きました。そこで一人の少年に会いました。そうです、あなたが会った少年と同じ人物です。そして彼はこう話し掛けてくれたのです。
『少し疲れているようですね』
人間でないことはすぐにわかりました。私はこの子に呼ばれてここまで来たのだと思い、今までのことを全て話しました。
すると、彼からあるアプリを渡されました。恐らくあなたも同じものを渡されたでしょう。夢の中に入れるアプリです。
そして、長い手紙になってしまいましたがあなたに伝えなければならないことがあります。
ずっと疑問に思っていたでしょう。なぜ10歳の若菜ちゃんが、陽菜ちゃんの夢の中にいるのか?
それは、私がこのアプリを使い、若菜ちゃんを陽菜ちゃんの夢の中に入れたのです。
本当にごめんなさい。陽菜ちゃんを危険な状態にしてしまって。
今でも思います。この方法が一番良かったのだろうかと。
彼からアプリの使用方法を教えてもらいました。恐らくあなたも同じ説明を受けたと思います。
そして彼はこのように言ったのです。
『若菜さんなら陽菜さんを救い、また自分自身も救うことができるでしょう』
私は彼にこう言いました。
『もし失敗したらどうするのですか、私は覚悟できています』
そして、彼はこう続けました。
『あなたには新しい生活が待っています。そして、そこで新しい風に吹かれるでしょう』
私は今、息子達家族と一緒に暮らしています。息子は『今まで何もできなかったから、庭に母さんがガーデニングできるように場所を作ったよ』と恥ずかしそうに言ってくれました。休みの日にはお嫁さんと孫達も加わり楽しく土いじりをしています。
きっと彼は私の未来も見えていたのでしょう。彼のその漆黒の瞳の前に、私は急に、自分の命が惜しくなったのです。
若菜さん、最近体調に変化はないですか。例えば、朝いつも起きる時間に起きられなかったり。少し疲れが残っているような、手足が重い感じはしませんか?
そろそろあの子が目を覚ます頃かもしれません。そうです、10歳の若菜ちゃんです。でも、心配しないでください。あなた達は夢の中で遊んでいるだけです。ちょっと遊び過ぎて寝過ごしてしまっただけなのです。
なぜそんなことがわかるのか?疑問に思うかもしれません。
でもわかるのです。
なぜなら、短い間でしたが私はあなたの母親だったからです。
あなたの声、表情、仕草、髪型や服装も全て愛おしかった。
あなたが訪ねてくるのを今や遅しと待ちわびました。
そして、何より私を"お母さん"と呼んでくれました。
寂しかった私の心に花を咲かせてくれたのです。
私は今、庭の花を見ています。風が吹くとカサカサと花が触れ合う音がします。あなた達二人の笑い声のようです。
風が吹いています。新しい風が。
もし良かったら、テラスハウスに花を咲かせて下さい。私も一緒にみんなと笑い合いたいのです。』
そっと手紙をテーブルの上に置いた。
涙が溢れるのをグッと堪えた。
母の新しい家族との暮らしを笑顔で見送りたいから。
窓の外を見る。
小雨降る中、朝顔が風で揺れる。
朝顔だけでは寂しそう。
もっと家族を増やそう。
みんなで笑い合えるように。
陽菜と一緒に花を植えよう。
テラスハウスに花が溢れるように。
白狐の昼休み
#4テラスハウスに花咲く頃 おわり