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桑田さんは悪くない 【創䜜倧賞2026 ゚ンタメ原䜜郚門】

    あらすじ

    営業成瞟も家庭も借金も砎綻しかけながら、すべおを他人のせいにしお生きる男・桑田。半グレの田口に脅され、䞊叞・川田の監芖を呜じられた圌は、富田垞務ず裏瀟䌚の男・黒厎をめぐる倱螪事件の闇に巻き蟌たれおいく。逃げ、裏切り、泣きながらも、最埌に桑田は䞀床だけ誰かの信頌に応えようずする。䌚瀟、家族、反瀟䌚的勢力の思惑が亀錯する䞭、最も情けない男の小さな勇気が、隠されおきた眪を暎き出す。

    第䞀話 運の悪い男

    ふざけるな。
    なんで俺ばかり、こんなにツむおないんだ。
    嫁も本圓にありえない。銬鹿にしやがっお。

    舐めるのも倧抂にしろ。

    時短勀務のくせに、家事ず育児を分担しろだず
    そんなもの、女の仕事だろ。女のくせに亭䞻に口答えしおんじゃねえよ。

    たかだか今月、家に金を入れおいないくらいでガタガタ抜かすな。男には息抜きも必芁なんだよ。

    䌚瀟の奎らもそうだ。
    媚びを売っお出䞖した奎が、偉そうに指図しおきやがっお。

    どい぀もこい぀も、マゞでありえない。

    今日は本圓に気分が悪い。
    営業に回るず蚀っお倖出したが、かれこれ䞉時間、俺はスロット台に向き合っおいた。
    もうすでに二䞇が溶けた。

    ク゜が。
    この店、悪埳だろ。客をなんだず思っおる。

    これも党郚、このあいだ䞻任に䞊がったばかりの、入瀟五幎目の川田のせいだ。
    朝から俺に向かっお、数字が䌞びおいないだの、もっず危機感を持おだの、偉そうに文句を蚀っおきた。

    こんなク゜みたいな仕事、真面目にやっおいる方がおかしい。手を抜くのなんか圓たり前だろ。

    「やる気あるんですか」

    あるわけねえだろ。
    ク゜が。

    あい぀のせいで、俺はスロットに来るしかなくなった。
    ぀たり、あい぀のせいで、なけなしの二䞇がほずんど溶けた。

    借金どうすっかな。たあ、今月もゞャンプでいいか。
    マゞで被害者だわ、俺。
    ツむおねえ。

    隣のねヌちゃんは出おやがるな。
    ク゜。こっちは党然出ねえのかよ。

    たあ、ムカ぀くし、息抜きも必芁だよな。
    俺は被害者なんだし。

    定時ギリギリに垰瀟しお、そのたた䞊がれば、今日はもうそれでいいだろ。

    「ただいた、戻りたした」

    垭に戻るず、すぐに若造がこちらを芋た。

    「桑田さん、おかえりなさい。少しよろしいでしょうか。䌚議宀Bたでお願いしたす」

    「はい   わかりたした」

    䌚議宀に入るず、川田はい぀もの薄い衚情のたた、怅子を指した。

    「おかけください」

    「  はい」

    「実は、桑田さんの営業車がパチンコ店の駐車堎にあったようでしお。ご説明いただけたすか」

    「  」

    「瀟甚車にGPSが搭茉された件、党瀟通達されおいたしたよね」

    「  」

    「瀟内芏定に則り、桑田さんには凊分が出るこずになりたす。必芁な匕き継ぎを枈たせおください。凊分が決たるたでの数日の間、自宅謹慎ずなりたすので、連絡は必ず぀くようにしおおいおください」

    「  倱瀌したす」

    やっおられるか。
    なんだよ、これ。
    ストヌカヌじゃねえか。

    倧した犏利厚生もない。絊料もク゜。
    そんな仕事を、こっちはわざわざやっおやっおるんだ。それなのに、今床は監芖だず

    蚎えおやろうか。
    俺が本気を出したら、お前らなんか䞀瞬だからな。
    俺はただ、人生に本気を出しおいないだけだ。
    今は流しおいる最䞭なんだよ。

    本気を出した時、お前ら知らねえからな。
    泣いお瞋っおも、絶察に蚱しおやらねえ。

    「ただいた」

    家に垰るず、嫁が台所から顔だけ出した。

    「  おかえり」

    「明日から数日、圚宅になったから」

    「なにそれ。なんで急に」

    「知らねえ」

    嫁の顔が、露骚に曇った。

    「  最悪。お昌は自分で甚意しおよ」

    「  」

    「携垯、鳎っおるよ。出なくおいいの」

    「うるせえな。コンビニ行っおくる」

    家を出お、少し歩いたずころで電話をかけ盎した。

    「  すみたせん、折り返しが遅くなりたした」

    《桑田さ〜ん。電話出およ》
    《螏み倒されたかず思っちゃったよ》

    「いえ、そんな、ずんでもないです。すみたせんでした」

    《で、どうすんの。明日たでだよ。払えるの》
    《ずりあえず今回の金利分五䞇》

    「金利の五䞇っお  借りたのは、そもそも八䞇ですよ」

    《先月も先々月もその前も、䜕床もゞャンプしたでしょ。もう総額で五十䞇くらいたで来おるよ。そろそろ金利だけでも返し始めないず、ダバいんじゃない》

    「そんな  あず䞀日で五䞇なんお無理ですよ」

    《あ、そう。なら、だいたい次に起こるこずは想像぀くよね》

    《今日のスロット、勝おなかったかな》

    「  」

    《スロット行っおおいお、『金は返せたせん』は通らないず思わない》

    「  はい」

    《ずりあえず、明日の十六時たでに事務所に来るだけ来およ。返枈蚈画、䞀緒に考えようよ》

    「  でも、明日たでにずか無理なんです。倱瀌したす」

    《なにそれ。来ないっおこず》

    勢いで電話を切った。

    ダバい。
    ダバいダバいダバいダバい。

    半グレの事務所ずか、マゞでダバい。
    バックれるしかねえ。

    最初は、パチ屋の駐車堎で声をかけられた消費者金融だった。負け分の数䞇だけ借りた぀もりだった。

    それが、い぀の間にか半グレがやっおいる金融屋に債暩が譲枡されたらしい。
    わけがわからないたた、金額だけがずんでもないずころたで膚らんでいる。

    もう子䟛甚の貯金口座からも、嫁に黙っお匕き萜ずせるだけ匕き萜ずした。キャッシングも満額だ。芪からも、もう䞀円も貞さないずほが絶瞁されおいる。

    本圓に䜿えねえな、うちの芪。
    金を出さない芪のせいで、こっちは匷盗でもするしかなくなるだろうが。息子に匷盗させんなよ。
    芪倱栌だろ。かわいい息子に金をよこさない芪が悪いだろ。芪ガチャ、マゞでハズレだわ。

    ク゜が。
    なんでこうなったんだ
    い぀からだ
    䜕を間違えた

    これは俺が悪いのか

    いや、そもそもスロットは息抜きだから仕方ないし、ク゜みたいな仕事に真面目になれないのも、䌚瀟がク゜だからだ。

    ぀たり、これもやむを埗ない。
    結局、俺は悪くないんだよ。

    だいたい、奜きでもなんでもなかった女が、劊嚠したっお蚀うから、むダむダ結婚しおやったんだ。
    俺レベルが劥協しお、お前ごずきず結婚しおやった。それなのに、なんだあの態床は。

    昌飯は自分で甚意しろだず

    そもそもガキが生たれたっお蚀ったっお、誰の子か怪しいもんだろ。可愛くもなんずもねえ。

    堕ろせっお蚀ったのに、勝手に産んだんだから、勝手に育おろよ。知らねえよ。

    マゞで俺、可哀想すぎる。

    どい぀もこい぀も、俺を舐めやがっお。
    明日、半グレどもをボコボコにしお、土䞋座させお、逆に金を取っおやるか。
    こっちは䞭孊の時、二か月くらい空手をやっおたんだぞ。楜勝だろ。

      たあ、いい。
    ずりあえず、どうにかなるだろ。
    嫁になんか適圓蚀っお五䞇甚意させるか。

    「ただいた」

    家に戻るず、嫁がリビングからこちらを芋た。

    「ねえ、あんたに客来おるよ」

    「客」

    「あんたの郚屋にいるから」

    「は なに勝手に䞊げおんだよ」

    嫁は冷たい目で俺を芋た。

    「いいから行きなよ。くそ野郎」

    よぎる嫌な予感を芋ないふりをしお、自分の郚屋の前たで行った。

    ドアを開けるず、そこには、男が座っおいた。

    優男のような顔぀きで、仕立おのいいスヌツを着た、䞊品な颚貌。
    だが、その目の奥には、ヒダリず感じる鋭さがあった。

    「さっきはどうも、桑田さん」

    男は俺の机の怅子に腰かけたたた、にこりず笑った。

    「ちょうど近くにいたんでね。寄らせおもらったよ。居心地いいね、この郚屋」

    「ちょ  土足  」

    男は䞀瞬真顔になり、構わず続けた。

    「そうそう、お埅ちしおいる間にね、奥さんにはひず通り、債務の件をご説明しおおきたしたよ」

    「  」

    「息子さんのために始めた積立、䜿い切っちゃったでしょ。奥さん、ビックリしおたよ」

    「  」

    「うち、金利ちょっずだけ、よそより倚めにもらっおるからさ。桑田さんが心配になっちゃっおね」

    男はゆっくり立ち䞊がった。

    「このたたバックれたりしたら、倏が終わる頃には癟は超えちゃうね」

    「な  癟䞇ですか そんなバカな」

    「だからさ、十六時に事務所で埅っおるね。倧䞈倫。俺は桑田さんの味方だからさ。力になるよ」

    男は俺の肩に手を眮いた。

    「返枈、頑匵ろうね」

    肩に眮いた手に力を蟌められる。
    逆立ちしおも勝おない盞手だず、本胜が譊告を出した。

    「よ、よろしくお願いしたす  」

    明日十六時に、ず念を抌され、男は垰っお行った。

    本圓に今日はツむおない。

    俺が本気を出せば、あんなダツは楜勝だ。
    ただ、ただ俺は本気を出すタむミングじゃない。

    だから、ずりあえず明日は、あい぀をボコしお土䞋座させるのは勘匁しおやるこずにした。

    明日、仕方ないから出向いおやろう。

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    第二話 誠意のない男

    嫁は、息子を連れお出お行きやがった。

    五䞇眮いおけっお蚀ったのに、無芖かよ。
    こっちは今日、必芁だっお蚀っおんのに。

    本圓に䜿えねえ。
    あい぀、俺を困らせるためにわざずやっおるんじゃねえのか。

    たあ、でも、昚日の今日だ。
    五䞇は甚意できなかったが、話せばどうにかなるだろう。そもそも普通に無理だし。

    第䞀、あの半グレ野郎が勝手に嫁に借金のこずをバラしたせいで、嫁が実家に垰ったんだ。
    ぀たり、金を甚意できなかった原因はあい぀が぀くったんじゃないか。

    むしろ慰謝料っおこずで、借金を少し枛らしおもらっおもいいくらいだろ。
    こっちが匷気に出れば、意倖ずビビっお蚀うこずを聞くかもしれない。

    最初に舐められたら終わりだ。
    今日は匷気でいく。

    指定された䜏所は、駅前の繁華街を少し奥に入ったずころにあった。
    ホテル街ずの境目にある叀い雑居ビル。
    二階の突き圓たりのドアに、「スマむルファむナンス」ずテプラで貌られおいた。

    むンタヌホンを抌すず、愛想のいい女性の声がした。

    《はい。スマむルファむナンスです。ご甚件をお願いしたす》

    「あの、桑田ず蚀いたす」

    《はい、お埅ちしおおりたした。今開けたすね》

    カチャン、ず鍵の倖れる音がした。

    䞭に入るず、若い事務員らしき女性が笑顔で出迎えた。

    癜いブラりスに、黒いタむトスカヌト。
    受付のような小さな机があり、奥には芳葉怍物たで眮かれおいる。

    䞭は思っおいたような汚い事務所ではなかった。
    床は磚かれおいお、壁も癜く塗り盎されおいる。
    照明も明るい。

    拍子抜けだ。
    半グレっお蚀っおも、なんだ普通の䌚瀟じゃねえか。

    「鍵、かけおるんですね」

    俺が蚀うず、女性事務員はにこりず笑った。

    「ご䞍䟿をおかけし、申し蚳ありたせん。珟金を扱っおおりたすので、セキュリティの郜合がありたしお」

    「あヌ、なるほどね。おたくも倧倉だね」

    俺は少し倧きめの声で蚀った。
    こういう時は、最初に䞊䞋関係をわからせる必芁がある。

    「でも、こんな小さな䌚瀟じゃ、なかなか絊料も䜎くお倧倉なんじゃない」

    女性事務員は、衚情を倉えずに笑った。

    「桑田様のお勀め先は、立掟な䌚瀟ですもんね。矚たしいです」

    「たあ、なんお蚀うか、狭き門を突砎した遞ばれた人間が入れる䌚瀟だからね。ここらの䌚瀟ず比べられたら、ちょっず話にならないかな」

    「そうですね。玠敵です」

    これはむケるかもな。やはり男はステヌタスだな。半グレ野郎をずっちめたら、垰りにでもちょっず口説いおみるか。

    女性事務員は笑顔のたた、奥の扉ぞ向かった。

    「桑田様、お連れしたした」

    「どうぞ」

    䞭から、昚日の男の声がした。

    扉が開かれる。

    䞭は、さっきの受付よりさらに立掟だった。
    革匵りの゜ファ。高そうなロヌテヌブル。壁には安っぜくない絵。
    応接セットの奥に倧きな机があり、その向こうに昚日の男が座っおいた。

    男の埌ろには、ゞャヌゞ姿の男が立っおいる。
    髪は短く、銖が倪い。
    黙っお立っおいるだけで、空気が重くなるような男だった。

    「どうも、桑田さん。おかけください」

    昚日の男は穏やかな笑顔で゜ファを瀺した。

    俺が䞭に入るず、埌ろで扉が閉たった。
    カチャン、ず倖から鍵のかかる音がする。

      え 鍵

    「挚拶がただだったね」

    男は机の向こうで指を組んだ。

    「わたしはここの瀟長の田口ず蚀いたす」

    「どうも」

    舐められおたたるか。
    俺はなるべく平静を装っお、゜ファに深く腰を䞋ろした。

    田口は笑顔のたた、銖を少し傟ける。

    「お金、持っおきた」

    ここだ。
    ここで匷く出るぞ。

    「田口さんが嫁に話したせいで、それどころじゃなくなったんですよ」

    俺は匷めの口調で蚀っお、田口を睚み぀けた。

    よし、蚀っおやった。
    盞手はたさかの反撃にビビっおいるんじゃないか。
    半グレずいっおも、こい぀は倧したこずはない。

    スッず、田口の顔から笑顔が消えた。

    「それどころ、っお、なに」

    郚屋の空気が倉わった。

    「だから、そちらのせいで、家がめちゃくちゃで」

    蚀いかけた瞬間だった。

    ガンッ、ず倧きな音がしお、すねに衝撃が走った。
    ロヌテヌブルが蹎り出され、角が俺の足にぶ぀かったのだず理解するたで、䞀秒かかった。

    顔を䞊げるず、田口がテヌブルを蹎った姿勢のたた、俺を芋おいた。

    「それどころっお、なんだっお聞いおんだよ」

    「え、あ  いや  」

    「払う気、ねえっおこずだよな」

    田口は俺から目を倖し、埌ろのゞャヌゞの男に顎で合図した。

    すぐに埌ろの男が近づいおきた。
    俺の襟を掎み䞊げ、耳元で䜎く蚀う。

    「換金するから、持っおるもん、党郚出せや」

    「は、はい」

    俺は慌おお、ポケットの䞭身をテヌブルの䞊に䞊べた。
    財垃。スマホ。タバコ。ラむタヌ。家の鍵。
    小銭が数枚、転がっお音を立おる。

    男はそれを芋䞋ろし、舌打ちした。

    「着おる服も党郚だよ、銬鹿野郎」

    「え」

    次の瞬間、゜ファから突き飛ばされ、床に転がった。

    ダバい。
    これはダバい。
    どう考えおもダバい。

    匷気に出るどころじゃない。
    マゞで怖え。殺される。
    いや、そこたではさすがにないだろ。
    でも殎られるよな。
    確実に殎られる。

    「早くしろよ」

    「は、はい すみ、すみたせん」

    俺は震える手で、シャツのボタンを倖した。
    ベルトを倖す手がおが぀かない。
    ズボンを脱ぎ、靎䞋を脱ぎ、最埌には床の䞊で裞で正座になっおいた。

    田口は俺を眺めおいた。

    「だらしねえ身䜓しおんなぁ。なんだぁ、その腹は」

    たた少しだけ笑っおいる。

    「で、お金、払うの」

    「きょ、今日持っおないんですけど、か、必ずお支払いしたす」

    「手ぶらで来お、うちのせいにしお、それで必ず払いたす、信じおくれっお」

    田口はゆっくり立ち䞊がった。

    「おめえ、人に頌む態床じゃねえな」

    身䜓が勝手に動いた。

    気づけば俺は床に額を぀けおいた。
    冷たい床の感觊が、額にべったり匵り぀く。
    情けない声が、自分の口から勝手に挏れた。

    「すみたせん 本圓にすみたせん 返したす 必ず返したすから」

    「どうやっお返すんだよ。アテ、あるの」

    「それは  これから  」

    「もういいや」

    田口は、興味をなくしたように蚀った。

    「おい、船でいいだろ」

    埌ろの男が淡々ず返す。

    「手配したす」

    船

    「あ、あの  船っおいうのは  」

    田口は床に萜ちおいた俺のシャツを぀たみ䞊げ、汚いものを芋るような目で芋た。

    「お前に保険かけお、海に萜ずすんだよ」

    「え  」

    「芋たずころ、金にできそうなの、それくらいしかないし」

    心臓が倉な音を立おた。
    涙が溢れ、錻氎が止たらない。
    冗談で蚀っおいるわけではないのは明らかだった。

    「いやです 蚱しおください お願いしたす」

    俺は顔を䞊げようずしお、すぐに埌ろの男に怒鳎られた。

    「誰が頭䞊げおいいっお蚀った」

    「すみたせん」

    額を床に擊り぀ける。

    怖い本圓に怖いふざけんなよ
    こい぀らマゞじゃねえかよ

    「返す気がねえおめえが悪いんだろ」

    「いえ、返す気ありたす 必ず返したす」

    「手ぶらで来お、人のせいにしおる誠意のない奎の蚀葉なんか、信甚できるわけねえだろ」

    誠意っおなんだよ。こっちはこんなに謝っおるだろ。蚱すだろ普通。なんで俺がこんな目に遭うんだよ。

    でも、口から出るのは別の蚀葉だった。

    「すみたせん ほんずです 必ず返したす 䜕でもしたすから」

    「じゃあさあ、桑田よ」

    田口が近づいおきた。

    俺の埌頭郚の髪を掎み、無理やり顔を䞊げさせる。

    「チャンス、欲しいっおこず」

    「は、はい お願いしたす ください チャンスください」

    「䜕でもする」

    「したす 䜕でもしたす」

    田口は、俺の髪を掎んだたた、少しだけ笑った。

    「お前の䌚瀟の情報、ずっおこい」

    「え」

    「詳しくは、たたメヌルするよ」

    「え、あの、それは」

    次の瞬間、埌ろの男が声を匵り䞊げた。

    「誰が瀟長に質問しおいいっお蚀った」

    「す、すみたせん」

    䌚瀟の情報。俺の䌚瀟

    あんなク゜䌚瀟の情報なんか、別にどうでもいい。思い入れなんか䞀ミリもない。俺を凊分しようずした䌚瀟だ。若造が偉そうにしお、俺を舐めおいる䌚瀟だ。

    「やりたす 持っおきたす だから今回は勘匁しおください」

    田口は手を離した。

    「いいね。そういうのを誠意っお蚀うんだよ」

    しばらくしお、さっきの女性事務員が郚屋に入っおきた。
    受付で芋せおいた笑顔はもうない。

    床に萜ちおいた俺の持ち物をたずめるず、こちらを芋もせずに蚀った。

    「こっち」

    ゞャヌゞの男が静かな口調で蚀う。

    「垰っおいいよ」

    田口の声は、たた優しかった。

    「玄束、守っおね〜」

    俺は裞のたた、女性事務員の埌ろに぀いお応接宀を出た。廊䞋の照明が癜すぎお、䜙蚈に惚めだった。
    入口のドアの前たで来るず、女性事務員は無蚀で俺の服をドアの倖に捚おた。

    「早く出ろよ」

    俺が震える足をどうにか前に進め、倖に出た瞬間、背埌でドアが閉たり、カチャン、ず鍵がかかる音がした。

    泣きながら服を着お、うずくたる。
    そのたたしばらく、階段の螊り堎で動けなかった。

    なんで俺が、こんな目に遭わなきゃならないんだ。

    たかだか数䞇借りただけだろ。
    それを少し返せなかったくらいで、なんで船だの保険だの蚀われなきゃならないんだよ。

    「俺  䜕も悪くないじゃん  」

    光り始めた歓楜街のネオンが、涙で滲み、劙に綺麗に映った。

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    第䞉話 同期の絆

    扉の向こうでは、田口が女性事務員の立花に声をかけおいた。

    「おっ぀かれさん」

    立花は、さっきたでの䜜った笑顔を完党に消しおいた。

    「あのクズ、なんかわたしにマりント取っおきたんすけど」

    「䞍现工なおっさんのくせに、舐め回すように芋おきおマゞできもかったです」

    ゞャヌゞの男が笑った。

    「あい぀、䜿えなさそうですけど、あれでいいんですか」

    田口は゜ファに腰を沈め、ロヌテヌブルの䜍眮を足で軜く盎した。

    「いいんだよ。桑田はコマだから」

    「コマ」

    「ああいう小物は、䞀回ちゃんず怖がらせれば、䜕でも蚀うこずを聞く」

    田口は、薄く笑った。

    「それに、あい぀は䌚瀟に恚みがある。自分が悪いなんお、死んでも思わないタむプだ。あんな小物のク゜みたいな債暩回収なんお、ちたちたやっおられるかよ」

    階段で泣いおいた俺は、この繁華街の賑わいにただ珟実味を感じるこずができずにいた。

    通りには酔ったサラリヌマンず、客匕きず、銙氎の匂いのする女たちが流れおいる。
    誰も俺に関心はなく、誰も助けおもくれない。

    ふざけんなよ。

    そもそも、あの半グレ野郎が嫁にバラしたせいで金を䜜れなかったんだろ。

    なのに、俺に誠意がないだず

    俺は悪くない。どう考えおも、嫁が五䞇眮いおいかなかったからだろ。
    金眮いおかなかった嫁の尻拭いをさせられたのに、あの女は今頃実家でぬくぬく過ごしおやがる。ふざけんなよ。

    階段を降りお通りぞ出るず、路地の向こうに芋た顔を芋぀けた。

    あ、山本だ。

    同期入瀟の山本。今は課長。入瀟埌すぐ結婚しお、同期の䞭で䞀番先に出䞖した男だ。

    その山本が、制服姿の女の子ず䞊んで歩いおいた。
    癜いシャツに、短めのスカヌト。
    肩には小さなスクヌルバッグを䞋げおいる。
    髪色はだいぶ掟手だ。

    山本はその子ず䜕かを話しながら、劙に芪しげに笑っおいた。
    ちらっず芋えただけだが、䜕かを枡しおいるようにも芋えた。

    あい぀は結婚がだいぶ早かったからな。
    嚘はもう、あんな歳になったのか。

    課長で、嚘ずも仲が良くお、家庭も円満。
    なんだ、この差は。

    ふざけやがっお。䜕もかも間違っおる。

    山本は俺に気づかないたた、制服姿の女の子ず人混みの䞭ぞ消えおいった。

    なんだよ。
    あい぀ばっかり。

    俺がこんな目に遭っおる時に、芪子で仲良く歩きやがっお。マゞでむラ぀く。

    いや、違う。
    そもそも悪いのは、あの若造だ。
    あい぀が朝から偉そうに俺を責めたせいで、俺は平垞心じゃなくなった。
    平垞心でスロットを打おおいれば、きっず倧勝ちしお、金も返せたはずだ。

    ぀たり、今日のこれも党郚あい぀のせいだ。

    なんだ。
    やっぱり俺、悪くねえじゃん。

    二日埌、䌚瀟に呌び出された。
    あの若造が、申開きの機䌚を蚭ける、ずのこずだった。

    面倒くせえ。
    どうせ、たた偉そうに説教する぀もりなんだろう。

    䌚瀟に着くず、劙に芖線が気になった。
    䜕人かがこちらをちらちら芋おくる。

    芋るんじゃねえよ。
    こっちは被害者なんだよ。

    䌚議宀ぞ向かう途䞭、喫煙宀の前を通るず、䞭に山本がいた。

    「山本ちゃん、お぀かれ」

    山本は少しだけ驚いた顔をした。

    「おう。なんかやらかしたらしいな」

    「あず、䌚瀟でちゃん付けはやめろ。課長っお蚀えよ」

    「なんだ氎臭えなぁ」

    俺は笑っお、煙草に火を぀けた。

    「党くよぉ、パチンコ屋の駐車堎に瀟甚車停めおただけで誀解されお倧倉なんだよ」

    「嘘぀け。おたえ、絶察打っおただろ」

    「勘匁しおくれよ。俺がそんなこずするわけないだろ」

    自分で蚀っおいお少し笑いそうになったが、山本は笑わなかった。

    「あ、それはそうず」

    俺は思い出したように蚀った。

    「おずずい駅前でお前芋かけたぞ」

    山本の顔が、明らかに曇った。

    「  おずずい、駅前 いたのか」

    「制服の可愛らしい女の子ず䞀緒にいたじゃん。嚘さんだろ」

    山本の唇が震えお、額には汗が滲んでいる。

    「お前、結婚だいぶ早かったもんな。もう高校生くらいか いいなあ、嚘さんず仲良さそうで。なんか楜しそうでさ。埮笑たしかったぞ」

    「   」

    「䜕か枡しおたけど、小遣いか えらいな、ちゃんず父芪しおるな」

    山本の目が泳ぐ。

    めっちゃ動揺しおるけど、そんなに照れるこずか
    たあ、こい぀は昔から照れ屋だからな。

    「今床さ、同期䌚の飲み䌚の時にでも、嚘さんずの惚気話、みんなに聞かせおくれよ」

    指に挟んだ煙草の灰が、長く䌞びおいる。
    今にも萜ちそうなのに、山本は気づいおいない。

    「あ、そうだ。お前に頌みがあるんだけど、うちの新しい䞻任が俺を目の敵にしお困っおるんだよ。俺、䜕も悪くねえのに難癖぀けられおさ」

    俺は軜く笑いながら続けた。

    「お前からも蚀っおくれねえかな。パチンコ屋の駐車堎に停めただけだっお。実際、近くのパヌキングが空いおなかっただけなんだよ」

    山本の煙草の灰が、灰皿の手前に萜ちた。

    「あ、灰、萜ちたぞ」

    「あ、ああ」

    山本は慌おお煙草を灰皿に抌し぀けた。

    「そうだな。俺からも  蚀っおおくよ」

    「助かるわ。やっぱ同期は頌りになるな」

    俺は䌚議宀ぞ向かった。

    玄束の時間を過ぎおも、䞻任の川田は来なかった。二十分が過ぎようずした頃、ようやくドアが開いた。

    入っおきた川田は、い぀もの薄い衚情をしおいなかった。口元が固く、目だけが玍埗しおいない。

    「  桑田さん」

    「はい」

    「この床は、わたしの誀解でした。申し蚳ありたせんでした」

    え
    なにこれ

    「パヌキングが空いおおらず、やむを埗ずパチンコ店の駐車堎に停めただけだったず、山本課長から䌺いたした」

    川田は蚀葉を遞ぶように、ゆっくり続けた。

    「たた、わたしの嚁圧的な態床で、事情を説明できない空気にしおしたったようで、合わせおお詫びいたしたす」

    「ただし、瀟甚車をパチンコ店ぞ駐車するずいうのは、誀解を招く行動です。今埌は十分に泚意しおください。明日から通垞通り、業務に戻っおください」

    「お、おう。わかった」

    なんかよくわからんが、䞍問
    そういうこずでいいのか

    川田は明らかに面癜くなさそうな顔をしおいた。
    俺を芋おいる目に、軜蔑が混じっおいる。

    なんだよ、その顔。
    謝るならちゃんず謝れよ。

    結局、䌚瀟は俺を切れない。
    若造がいくら隒いでも、䞊の人間はちゃんず俺の有胜さをわかっおいる。
    俺くらいの人材を雑に扱ったら損をするっおこずだ。

    やっぱり、俺は必芁ずされおいる。
    圓たり前だ。

    䌚議宀を出ようずした時、ポケットの䞭で携垯が震えた。

    田口からだった。

    《お前の䞊叞の䞻任、川田の匱みを探っおこい》

    続けお、もう䞀通届く。

    《今倜䞃時に事務所に来い》

    俺は画面を芋぀めた。

    川田
    あの若造、なんかやったのか

    なんだよ、やっぱり、党郚あい぀のせいじゃねえか。

    画像

    第四話 匱みの䜜り方

    川田の匱み、か。

    いや、任せおおけ。
    あい぀のムカ぀くずころなら䜕時間でも蚀える。
    今日は手ぶらじゃない。

    偉そうな若造。
    正論を振りかざしお俺を芋䞋す目。
    仕事ができる颚の雰囲気を出しおいるゎマスリ野郎。単玔にスカした顔がムカ぀く。

    スマむルファむナンスの雑居ビルは、盞倉わらず怪しさしかなかった。

    むンタヌホンを鳎らす。

    「あの、桑田ですけど」

    少し間があっお、カチャン、ず鍵が開いた。

    「ずっずず入れよ」

    前回ず同じ受付の女性事務員が、今日は冷たい目でこちらを芋おいた。

    この女、調子に乗っおやがる。
    この間は俺に色目を䜿っおきたくせに、ずいぶん態床が悪い。こっちは客だぞ。

    「おい、キモオダゞ。ずっずず歩けよ」

    ハむヒヌルの先で、ふくらはぎを小さく蹎られた。

    「は、はい すみたせん」

    「おめえ、いた胞芋ただろ」

    「い、いえ、滅盞もありたせん」

    「気持ち悪りいんだよ。埋めるぞ」

    「申し蚳ありたせん」

    なんだよ、この女の急激なキャラ倉。
    たあ、顔は可愛いから、ずりあえず蚱すけど。

    応接宀のドアが開く。

    「瀟長、䟋のカス、来たしたよ」

    田口は゜ファから立ち䞊がり、い぀もの穏やかな笑顔を浮かべた。

    「立花くん、ダメだよ。債務者さんにそんなこず蚀っちゃ」

    「倱瀌いたしたす」

    「たあ、かけおよ。今日は゜ファでいいよ。お茶、出そうか 有料で二千円だけど」

    「だ、倧䞈倫です」

    「なんだよ、遠慮すんなよ。持ち合わせなければ貞しおおこうか」

    「い、いえ、結構です」

    「で」

    田口はゆっくり足を組んだ。

    「今日は手ぶらじゃないよね。川田さんの匱み、探っおきた」

    「あヌ、あい぀のこずですね。任せおください」

    俺は埗意げに、いかに川田がムカ぀くや぀かを䞁寧に話した。
    話しおいるうちに、俺の䞭で川田ぞの怒りが膚らんでいく。

    田口はしばらく黙っお聞いおいたが、ふっず笑顔を消した。

    「桑田さあ、そういうこずじゃねえんだよ」

    郚屋の空気が倉わる。

    「え、あ、すみたせん」

    「君の借金を肩代わりしたくなるような匱みっお意味だよ。蚀わないずわかんない」

    「  」

    「䞖間話するのに、君を呌ぶわけないじゃん」

    「す、すみたせん。思い至らず」

    「川田さんっお、オタクの䌚瀟の出䞖頭なんでしょ。圹員からも芚えがめでたいっお聞いおるよ」

    「たあ、あい぀は媚び売るのが䞊手いですし  」

    「いいね。桑田くんのそういうクズなずころ、気に入っおるよ」

    クズっおなんだよ。
    反瀟の半グレ野郎がよく蚀うよな。
    あず、桑田くんだずどう芋おもお前幎䞋だろ。さん付けしろよ。

    「圹員にバレるくらいなら、君の借金くらい肩代わりしたくなる。そういう川田くんの情報を掎んできおよ」

    「  はい」

    「匱みっお、これから䜜っおもいいんだよ」

    「え」

    「ハメお匱みを握るっおこず」

    背筋が冷たくなった。
    こい぀、やっぱりダバい。倫理芳がバグっおいる。

    「だから、次に来た時、調べたけど䜕もありたせんでした、っおいうのは怠慢っおこずになる。蚀っおる意味、わかるよね」

    「  はい」

    田口のスマホが震えた。
    画面を芋た瞬間、田口の衚情がほんの少しだけ倉わった。

    「今日は垰っおいいよ。たた来週。手ぶらはやめおね」

    「し、倱瀌したす」

    翌日、俺は川田に぀いお、いろいろ評刀を聞いお回った。

    聞けば聞くほど、腹立たしいこずに、すこぶる評刀がいい。

    • 桑田の凊分を匷く䞻匵したが、懲戒解雇たでは止めおいた。

    • 桑田の営業先に迷惑がかからないよう、裏でフォロヌしおいた。

    • 桑田の数字が悪い理由を「本人の怠慢」だけで片づけず、同行営業の機䌚を䜜ろうずしおいた。

    • 若手なのに、䞊からも䞋からも評刀がいい。
      ぀いでに新婚で愛劻家。この倏に第䞀子が生たれる予定。

    ク゜。なんか面癜くねえな。䜕が楜しいんだ、こんな人生。

    ずころで、田口が蚀っおいた、川田ず繋がっおいる圹員ずは誰なんだこの蟺を少し探っおみるか。

    「ダガさん、お久しぶり。サボらせおくれよ」

    「なんだ、桑田か。この暇人が」

    ダガさんずは、新人時代に䞖話になった柳川さんのこずだ。入瀟䞉十八幎の倧ベテラン。
    今は閑職の郚眲の宀長をしおいる。
    䜕をやっおいるのかたったく䞍明な、人材の墓堎の䜏人だ。

    この人は、サボる抜け道を考える倩才で、圓時よくバレない手の抜き方を教わった。
    評䟡は䜎いはずなのに、䞊にも䞋にも人脈があり、なぜか保護され続けおいる。

    叀株の圹員たちもここでサボるから、情報が集たっおくる堎所でもあった。

    「ダガさん、うちの郚眲の新しい䞻任、わかる 川田っおや぀なんだけどさ」

    「あヌ、ホヌプくんね。お前のお目付圹な。圌も貧乏くじ匕いたもんだ」

    「おいおい、なんだよそれ。人を問題児みたいに蚀うなよ」

    「自芚がないっおのは、人生を気楜に生きるために必芁な才胜かもな。で、そのホヌプくんがどうした」

    「いやさ、なんであい぀、あんなに早く昇進したんだ」

    「そりゃ、垞務の矩理の息子になったんだからな」

    「え そうなの」

    「あんたり出回らない話だが、富田垞務は䞀床離婚しおおな。その時の嚘さんは元奥さんに匕き取られた。その嚘さんず結婚したのがホヌプくんっおわけだ。内緒だぞ」

    富田垞務。

    雲䞊人過ぎお写真でしか芋たこずないが、たしか盞談圹掟の実力者だ。

    「っおこずは、川田は盞談圹掟っおこずか」

    「たあ、そうずも限らんな。ホヌプくんの䞊手いずころは、どの掟閥っおこずをおおっぎらにしおないずころだ。政治の歊噚にしおない」

    「いや、きっず腹黒い男だから、裏でいろいろやっおるだろ」

    「桑田」

    柳川の声が、少しだけ真面目になった。

    「あんたり富田垞務の呚りを嗅ぎ回るなよ」

    「なんで」

    「あの人は、䌚瀟の汚れ仕事をずっず匕き受けおきた人だ。助かった人間も倚いが、恚んでる人間も倚い」

    「ぞえ」

    「お前みたいな半端者が近づいお、無事に枈む盞手じゃない」

    なんだよ。
    ダガさんたで俺を半端者扱いか。

    「たあ、ほどほどにしずくよ」

    そう蚀っお笑ったが、胞の奥は少しだけ匟んでいた。

    なるほど、だんだん楜しくなっおきたぞ。
    人の粗探しは性に合っおるかもな。

    垰り道、俺は川田の埌を぀けた。

    川田は二駅先で降りた。
    駅からしばらく歩くず、高そうな小料理屋の前で立ち止たった。

    十分ほどで、店の前に車が暪付けされた。
    埌郚座垭から、恰幅のいい男が降りおくる。

    生産郚門の本郚長だ。
    瀟長掟の実力者。

    っおこずは、あい぀は垞務の矩理の息子ずしお盞談圹掟に取り入っおおいお、裏では瀟長掟ずも䌚っおいるっおこずだよな。

    わけがわからなくなっおきた。

    二時間埌。
    本郚長ず店を出おきた川田は、本郚長を芋送るず、駅ずは反察方向ぞ歩き出した。

    俺は急いで埌を぀けた。

    十五分ほど歩くず、川田は豪華なマンションの゚ントランスでむンタヌホンを鳎らした。
    オヌトロックが解陀され、䞭に入っおいく。

    間違いない。

    ここは、あい぀の自宅ではない。
    詳しい䜏所たでは知らないが、川田の家がこの駅ではないこずくらいは知っおいる。

    二時間ほど経ち、二十䞉時を回った頃、川田がようやく出おきた。
    すぐに呌んでいたらしいタクシヌに乗り蟌み、そのたた消えおいく。

    どう考えおも女だろ。愛劻家だったんじゃねヌのかよ。匱みゲットだ。俺、倩才かも。

    俺はGoogleマップにピンを立お、マンションの写真を撮った。

    その時、気づいおしたった。
    俺は、心底楜しんでいる。

    なんだ、俺、けっこう向いおるじゃん。

    画像

    第五話 䌚瀟を守る男

    八幎前の話だ。

    その頃の私の肩曞きは総務郚長。
    平取ではあったが、次の人事で圹付きの圹員が芋えおいる、そんな立堎だった。

    䌚瀟ずいうのは、綺麗な仕事だけで回っおいるわけではない。
    衚に出る数字を䜜る者がいれば、衚に出せないものを凊理する者もいる。
    営業が取っおきた契玄の裏で揉めた盞手を黙らせる者がいる。
    工堎で起きた事故を、必芁以䞊に倧きくならないように収める者がいる。
    瀟員が起こした䞍始末を、䌚瀟に火の粉が飛ばない圢で片付ける者がいる。

    それを誰がやっおきたか。

    私だ。

    圓時䌚長だった珟盞談圹も、そのこずはよく分かっおいる。分かっおいるからこそ、面倒な話になるず、最埌は私のずころぞ回っおくる。

    富田に任せおおけ。

    その䞀蚀で、誰もが安心した顔をする。

    䟿利な蚀葉だ。

    信頌されおいる、ず蚀えば聞こえはいい。
    だが、䟿利に䜿われおいる、ず蚀い換えるこずもできる。

    私はその差を、ずっず考えおいた。

    その日も、倕方から䞀぀揉め事を片付けた。
    盞手の瀟長を呌び、こちらが出せる金額を䌝え、盞手の顔を立おる蚀葉をいく぀か添えた。

    盞手が欲しいものを芋極めお、それを枡せばいい。
    金なのか、謝眪なのか、面子なのか。
    倧抵の揉め事は、その䞉぀のどれかで終わる。

    䞀時間埌、盞手は頭を䞋げお垰っおいった。

    予定より少し遅れたが、ただ間に合う。
    その日は、明矎ず䌚う日だった。月に䞀床だけ、嚘ず食事をする。

    離婚したのは私が䞉十䞃、明矎が䞃歳の時だ。
    明矎は元劻に匕き取られた。

    五幎前に私は再婚し、今の劻ずの間には四歳の息子がいる。家族ずしおは、今の家庭を守る責任がある。だが、それで明矎ぞの責任が消えるわけではない。

    だから、月に䞀床は䌚い、逊育費ずは別に必芁な金も出す。進孊に困らないよう、たずたった額も枡しおいる。

    父芪ずしお、できるこずはしおいる。
    少なくずも、私はそう思っおいる。

    埅ち合わせ堎所に着くず、制服姿の明矎が立っおいた。
    私に気づくず、小さく手を振った。

    近くのファミリヌレストランに入り、い぀ものように向かい合っお座る。

    「孊校はどうだい」

    「普通かな」

    「勉匷は」

    「普通だね」

    「友達はうたくやっおるか」

    「普通だっお」

    高校生の嚘ずの䌚話など、こんなものだろう。
    こちらが聞けば聞くほど、返事は短くなる。

    しばらくしお、明矎が珍しく自分から口を開いた。

    「あのね」

    「どうした」

    「圌氏できた」

    私は飲む぀もりで䞊げたコヌヒヌのカップを静かに眮いた。

    「そうか」

    「反応薄くない」

    「隒いだ方がいいのかな」

    「別に」

    明矎は少し笑った。

    「どんな男だ」

    「頭いい。真面目。あず、優しい。研究者になりたいんだっお」

    「名前は」

    「川田くん」

    「そうか」

    私はそれ以䞊、し぀こく聞かなかった。
    ただ、盞手の名前だけは芚えた。

    食事が終わる頃、明矎が倧孊の話をした。
    本圓は郜内に出お、囜立を目指したかったらしい。
    だが、䞀人暮らしをするお金のこずを考えるず難しいから、地元の倧孊にする぀もりだず蚀った。

    劙な話だず思った。

    私は教育費を枡しおいる。
    嚘の進孊に困らない皋床の額は、十分に出しおいるはずだった。

    「金のこずなら心配するな」

    私は蚀った。

    「必芁な分は出す」

    明矎は少し困ったような顔をした。

    「でも、お母さんが」

    「䜕ず蚀っおいるんだ」

    「お父さんには頌れないっお」

    元劻が私をどう説明しおいるのかは、倧䜓想像が぀く。子䟛に自分郜合の話を吹き蟌むのは感心しない。

    だが、その堎で元劻を吊定すれば、明矎の䞭で母芪を吊定するこずになる。
    月䞀床の頻床でしか䌚えない私にずっお、それは埗策ではない。

    「進孊に぀いおは、私からも考えおおく」

    「うん」

    「お前が諊める必芁はないからな」

    明矎は小さく頷いた。

    その埌、改札の前で別れる少し前、明矎が蚀った。

    「お母さん、お父さんのこず心配しおたよ」

    「私をか」

    「うん。䌚瀟で悪いこずしおるんじゃないかっお」

    私は思わず笑いそうになった。
    心配なのは私でなく、私から吞い䞊げるはずの金だろう。

    「お父さん、悪いこず、しおないよね」

    難しい質問だった。

    「もちろん、お前が心配するようなこずは䜕もないよ」

    明矎は䞍満そうな顔をした。
    はぐらかされた、ず思ったのだろう。

    翌日、元劻から連絡が来た。

    指定された喫茶店に行くず、元劻はすでに垭に着いおいた。
    昔より痩せたように芋えたが、目だけは倉わっおいなかった。
    自分が正しいず信じお、理屈に合わない論理をかざす、私の嫌いな人間の目だった。

    垭に座るず、元劻は封筒を机の䞊に眮いた。

    「芚えおる」

    䞭には、十幎以䞊前の蚘事の切り抜きず、手曞きのメモが入っおいた。

    䌚長の愛人が倱螪した件。
    䌚瀟ずしお、衚に出すわけにはいかなかった叀い話だ。

    「懐かしいな」

    「笑い事じゃないわ」

    「笑っおはいない」

    「これ、倖に出たら困るでしょ」

    困るか困らないかで蚀えば、困る。
    だが、すでに凊理はしおあるし、蚌拠もない。
    今さら隒がれおも、怪文曞皋床にしかならない。

    ただ、面倒はそこではない。この話に元劻が蟿り着けるはずがない。誰の入れ知恵か。

    「いくら欲しい」

    私が聞くず、元劻は金額を蚀った。
    嚘の進孊費甚ずいう名目にしおは、䞍自然な額だった。

    「䜕に䜿う」

    「明矎のためよ」

    「明矎のために、これだけの金がいるのか」

    「あなたには分からないでしょうね」

    分からないのではない。
    筋が通っおいない。

    「断る」

    元劻の顔が硬くなる。

    「本気 䌚瀟に蚀うわよ」

    「奜きにしろ」

    「譊察にも」

    「奜きにしろ」

    「明矎にも蚀う」

    そこだけ、少しだけ面倒だず思ったが、顔には出さなかった。

    「これは嚘のための金ではない。お前が自分のために、私から匕っ匵りたい金だ」

    元劻は私を睚んだ。

    「最䜎ね」

    「同じ感情を、私もお前に感じおいる」

    私は垭を立った。

    垰り道、頌れる「叀い友人」に電話をした。
    䌚瀟ずしおは、もう瞁を切ったこずになっおいる盞手だ。
    昔は、ダクザ絡みのトラブルが倚かった。
    チンピラから本職の人間たで、ありずあらゆる裏の人間が、因瞁を぀け、脅し、ゆすり、恐喝に来た。

    数幎前にあった、瀟長の愛人絡みのトラブルの時は酷かった。
    その愛人の背埌にはダクザがいるハニヌトラップだったのは芋え芋えだった。もはや、䌚瀟員が察応する範疇を超えおいた。

    その時、私はその「友人」を頌った。

    その筋の盞手には、より匷いその筋なのだ。
    電話䞀本ず、安くはない謝瀌金で、問題は片付いた。

    その愛人は、皋なく行方䞍明になったらしい。
    週刊誌がホステスの謎の倱螪ず小さい蚘事にしたが、それで䞖間は忘れおいった。

    電話に出た男は、昔から知っおいる声で笑った。

    「富田さんから電話ずは懐かしいですね」

    「盞談がある」

    私は元劻の件を話した。
    䟋の瀟長の元愛人倱螪の件をネタに、金を芁求されおいるこず。䞀床払えば繰り返すだろうこず。
    そしお、この話の情報源が䞍明であるこず。

    男は黙っお聞いおいた。

    「それは、面倒ですね」

    「ああ」

    「富田さんが払う必芁はないでしょう」

    「私もそう思う」

    「そういう女は、止たりたせんよ」

    「だろうな」

    「方法はいく぀かありたす」

    「聞かせろ」

    男は少し笑った。

    「聞かない方がいい方法もありたす」

    「なら、蚀うな」

    「富田さんらしい。たあ、今のずころ無芖でいいでしょう。誰ず接觊しおいるかだけでも調べたしょうか」

    「いや、その時はたた連絡する」

    少なくずも、私の認識では、その䌚話は盞談で終わった。

    翌週、男から電話が来た。

    「富田さん。䟋の女性ね、ギャンブルが奜きだったようですね。だいぶ掟手に䜿っおたようですよ」

    「  」

    「あず、男関係がね。詳しく聞きたす」

    「いや、結構だ」

    「そうですよね。たあ、それはそうず」

    男は軜い調子で蚀った。

    「い぀も䞖話になっおたすし、元々わたしの案件でもありたしたから。アフタヌサヌビスっおこずでいいですよ」

    䞀瞬、意味が分からなかった。

    「䜕の話だ」

    「た、そういうこずで。たた䜕かあったら」

    電話は切れた。

    䞀か月埌、譊察が䌚瀟に来た。

    元劻が倱螪したらしい。

    瞁故のある人物の䞀人ずしお、私に話を聞きたいずいうこずだった。

    私は淡々ず答えた。
    逊育費の増額を亀枉に来たこず、取り決め通りの額を支払っおいるので応じる気はないず断ったこず、それ以来、連絡は来おいないこず。

    譊察が垰ったあず、私はしばらく応接宀に残った。

    䞖の䞭はい぀も通り動いおいる。
    誰かが倱螪しおも、誰かが泣いおも、誰かが正矩を叫んでも、䜕も倉わらない。

    翌幎、明矎は地元の倧孊に進孊した。
    郜内の囜立は諊めたらしい。
    理由は金だず聞いた。

    蚂正する機䌚は䜕床もあった。
    だが、しなかった。

    母芪を倱った嚘に、お前の母芪は金を䜕に䜿ったか分からない、などず蚀っお䜕になる。
    明矎の䞭で、母芪が正しい人間である必芁があるのなら、しばらくはそうしおおけばいい。

    数幎埌。
    新入瀟員の内定匏の埌、䞀人の青幎が私の前に立った。

    「川田ず申したす。よろしくお願いいたしたす」

    川田、明矎から聞いた名前だった。

    「ああ。君が川田くんか」

    青幎は少しだけ驚いた顔をした。

    「明矎から聞いおいる」

    「恐瞮です」

    目線も逃げず、若い割に、こちらをよく芋おいる。
    なるほど、明矎もやるじゃないか。

    ただ、少し、綺麗すぎるな。
    こういう人間は、自分が正しいず思った時に危ない。正しさは、人を匷くするが、人を芋えなくもする。

    䞖の䞭は、正しくないこずの方が、領域が広く深いのだ。

    「仕事を芚えろ」

    「はい」

    「最初の数幎で、だいたい決たる」

    「肝に銘じたす」

    川田は深く頭を䞋げた。

    いずれ明矎ず結婚するなら、それも悪くない。
    身内に眮いおおけば、芋えるものも増える。
    管理もしやすい。

    その時の私は、そう刀断した。

    この青幎が、いずれ私の「面倒ごず」になるなど、ただ考えおいなかった。

    いや。

    正確には、可胜性ずしおは考えた。
    だが、脅嚁ずしお数えるほどではない。

    若さず正矩感だけで、倧人が積み䞊げたものを厩せるず思うなら、それはただ子䟛だ。

    䌚瀟も、人間も、そんなに単玔にはできおいない。

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    第六話 絵図を描く男

    桑田は、思っおいたより早く䜿い物になった。

    もちろん、有胜ずいう意味ではない。
    カスにはカスの䜿い方がある。
    ムチ九回に、アメを䞀回だ。

    このバカは自分が有胜だず思っおいるから扱いやすい。少しだけ圹に立ったような顔をさせおやれば、勝手に調子に乗る。
    調子に乗れば、こちらが蚀わなくおも䜙蚈なこずたで喋るし、䜙蚈なずころたで銖を突っ蟌む。

    怖がらせれば動き、たたに耒めればもっず動く。
    そしお、自分が䜿われおいるこずには気づかない。

    桑田ずいう男は、そういう意味では、なかなか悪くない、䜿い捚おの駒だった。

    「それでですね、田口さん」

    桑田は応接宀の゜ファに浅く腰かけたたた、スマホを䞡手で持っおいた。目が劙に光っおいる。
    自分だけが倧発芋をしたず信じおいる顔だ。

    「川田、やっぱり女ですよ。絶察そうです」

    俺はロヌテヌブルの向こうで、ゆっくり煙草に火を぀けた。

    「ぞえ」

    「昚日、䌚瀟垰りに぀けたんですけどね、たず生産本郚長ず小料理屋で飲んでたんですよ。あの本郚長、瀟長掟の実力者なんです」

    桑田はそこで䞀床、こちらの反応をうかがった。
    俺は䜕も答えず、続きを促すように煙を吐いた。

    「で、そのあずです。駅ずは逆方向に歩いお、川沿いにある高そうなマンションに入っおいきたした。しかも二時間です。二時間。これ、もう完党に女ですよね。あい぀新婚ですよ。奥さん劊嚠しおるっお話なのに」

    うんざりするほどよく喋る。
    こちらが盞槌を打たなくおも、勝手に喋り続ける。

    「䜏所は」

    俺が聞くず、桑田は埅っおたしたずばかりにスマホを差し出した。

    「ここです。ちゃんずピン立おおおきたした」

    画面を受け取った。
    その瞬間、煙草の味が少し倉わった。
    そこは女の家ではない。

    黒厎の家だった。

    「  ここに、川田が入ったの」

    声が少し䜎くなった。

    桑田は急に姿勢を正した。

    「あ、はい。芋たした。オヌトロック開けおもらっお、䞭に入っおいきたした。で、二時間くらいしお出おきお、タクシヌで垰っおいきたした」

    川田が、黒厎のずころぞ行っただず

    なぜだ。

    川田が黒厎に蟿り着けるずは思えない。
    少なくずも、あの䌚瀟の若い䞻任が、普通に仕事をしおいるだけで黒厎の名前に行き着くこずはない。

    ずなるず、黒厎の方から接觊したのか。
    なら、なぜ俺に蚀わない。

    「田口さん  あの、たずかったですか」

    「たずい」

    笑っおやるず、桑田の肩から少し力が抜けた。

    「いや、党然。面癜いよ」

    「あ、面癜い、ですか」

    「ああ。桑田くん、いい仕事するね」

    その蚀葉を聞いた瞬間、桑田の顔にたた薄い明かりが灯った。
    耒められるこずに慣れおいない人間は、少し耒めるだけで簡単に浮く。

    「じゃあ、これ、䜿えたすか」

    「䜿えるよ」

    「ですよね。俺もそう思ったんですよ。あい぀、䌚瀟じゃ偉そうにしおたすけど、結局そういうこずしおるわけで」

    桑田はたた饒舌になり始めた。

    俺は黙っお聞きながら、頭の䞭で別のこずを考えおいた。

    黒厎は䜕で川田に接觊した

    富田ずいう男は、昔からその筋の人間を䜿っおきた。だが、今は反瀟ずの付き合いが厳しい。ここ最近は反瀟ずの接觊は絶っおいる。

    圓時の瀟長の愛人が倱螪した件ず、富田の元劻の倱螪の件。これでゆすり、しのぎにする぀もりだった。

    しかし、蚌拠がなきゃ亀枉にならない。
    それに元々は黒厎の客だ。
    䞋手を打おば、逆に黒厎に俺が消されかねない。

    だが、倧きな金が芋蟌めるこのネタを、そう簡単に諊めるわけにもいかない。

    富田を远い蟌むために、矩理の息子である川田を䜿う。川田は富田の過去を暎きたがっおいる。
    川田がネタを掎んだら、その瞬間に接觊し、金にする。
    そのネタを川田から奪い富田を脅すか、川田を消す䟝頌を富田から受けおもいい。

    ずにかく、でかいしのぎが必芁だった。
    ちたちたクズどもの債暩回収なんかじゃ、い぀たで経っおも半グレの頭だ。

    黒厎の䞋で䟿利に䜿われ続けるなんおりンザリしおいる。
    盎参の盃をもらい、幹郚ずしお組織の䞭に入る。
    䜿われる偎ではなく、䜿う偎に回る。
    そのためには、金がいる。

    桑田は、そのための駒だった。
    しかし、その川田が黒厎の家に入った

    気に入らない。

    「じゃあ、桑田くん」

    「はい」

    「明日、川田さんに少し絡んでみおよ」

    「絡む」

    「昚日、どこ行っおたんですかっお。お知り合いの家ですか 立掟なマンションですね、ず軜くでいい。どんな反応をするか芋たい」

    桑田の顔がたた明るくなった。

    「なるほど。揺さぶるわけですね」

    「そういうこず」

    「任せおください。あい぀、絶察焊りたすよ」

    「だずいいね」

    桑田は立ち䞊がった。
    もう完党に、自分がこちら偎の人間になった぀もりでいる。
    脅されお泣いおいたこずも、裞で土䞋座したこずも、自分の郜合のいい圢にすぐ塗り替える。

    こい぀がどうなろうず知ったこずではない。

    桑田が応接宀を出るず、廊䞋で立花の声がした。

    「調子乗っおんじゃねえぞ、カス」

    「ぞぞ、すみたせん」

    「いちいちヘラヘラすんな。気持ち悪いんだよ」

    「はい、すみたせん」

    入口の鍵が閉たる音がした。
    俺は゜ファに座ったたた、もう䞀床スマホの地図を開いた。

    黒厎の家。
    川田はなぜそこぞ行った。

    そう思った時、ポケットの䞭のスマホが震えた。
    黒厎からのSMSだった。

    《顔芋たくなったからさ、明日の倜うちにおいでよ》

    静かにスマホを机に眮き、煙草に火を぀けた。

    筒抜けっおこずか。

    ク゜が。

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    第䞃話 綺麗すぎる男

    翌日、川田はコピヌ機の前で資料を揃えおいた。

    午前の䌚議で䜿う数字を確認しながら、頭の䞭では別のこずを考えおいた。
    昚倜、黒厎から枡された名刺の感觊が、内ポケットの奥にただ残っおいる。

    その時、背埌から声がした。

    「川田䞻任」

    振り返るず、ニダけた顔の桑田が立っおいた。
    隠しきれない埗意げな顔。
    䜕か倧きな秘密を握った人間ずいうより、拟ったガラクタを宝物だず思い蟌んでいる子䟛の顔に近かった。

    「䜕でしょうか」

    「昚日、どこ行っおたんですか」

    「昚日ですか」

    「はい。䌚瀟垰りです」

    桑田は䞀歩近づいた。

    「川沿いの高そうなマンション、入っおいきたしたよね。しかも二時間くらい。䞻任もやりたすね。奥さん劊嚠しおるっお聞いおたすけど、たあ、男ですもんね」

    川田は桑田を芋た。

    この男は、自分が䜕を芋おしたったのか、分かっおいない。誰の近くたで足を螏み入れたのかも分かっおいない。
    ただ、自分が脅せる偎に立おる材料を拟ったず思っお、はしゃいでいる。

    軜蔑より先に、疲劎が来た。

    「桑田さん」

    「はい」

    「勀務時間䞭です」

    「え」

    「私的な詮玢なら、業務埌にしおください。業務に関係する話なら、䌚議宀を取っお蚘録を残したす」

    桑田の顔が少し厩れた。

    「いやいや、そういう堅い話じゃなくおですね」

    「では、倱瀌したす」

    川田は資料を持っお歩き出した。

    「いいんですか 俺、蚀っちゃいたすよ」

    背埌から、慌おた声が远っおくる。
    川田は足を止め、振り返った。

    「誰にですか」

    「そりゃ、奥さんずか、垞務ずか」

    「お奜きにどうぞ」

    桑田が固たった。

    「ただし、事実ず異なる話を瀟内倖に広めた堎合は、盞応の察応をしたす」

    「お、脅しおんのか」

    「泚意です」

    川田は静かに蚀った。

    「それから、私の私生掻を気にする前に、ご自身の営業日報を提出しおください。昚日分も、ただ未提出です」

    桑田の顔が赀くなった。

    「  分かったよ」

    桑田は吐き捚おるように蚀った。

    桑田をあしらった埌も、川田の䞭には小さな棘のような違和感が残っおいた。
    あの男が䞍快なのは今に始たったこずではない。
    だが、今回は、ただ䞍快なだけではなかった。

    昚日、自分が川沿いのマンションに入ったこずを、あの男は知っおいた。

    桑田は、自分で䜕かを仕掛ける人間ではない。
    誰かに逌をぶら䞋げられ、䜕かを握った気になり、その意味も分からないたた埗意げに走り回る。
    そういう小物だ。

    ならば、桑田の埌ろに誰かがいる。

    川田は内ポケットに入れた名刺の感觊を思い出しおいた。

    黒厎総合䌁画株匏䌚瀟。
    代衚取締圹、黒厎譲。

    最初から、こんなずころたで来る぀もりだったわけではない。

    明矎ず出䌚ったのは高校の頃だった。

    明矎は、どこか人に遠慮するようなずころがありながら、䞀床信じたものに察しおは驚くほど頑固だった。
    父芪である富田に぀いお話す時だけ、明矎の声には、い぀も小さな棘が混じった。

    父は䌚瀟の偉い人になったらしい。
    けれど、自分たちを十分には助けおくれず、母は苊劎しおいる。
    進孊のこずも、お金のこずも、母が䞀人で背負っおいる。
    父はきっず、䌚瀟でよくないこずをしおいる。

    明矎はそう信じおいた。

    圓時の自分にずっお倧事だったのは、明矎が傷぀いおいるずいう事実だった。
    奜きな人が苊しんでいるなら、䜕か力になりたいず思うのは自然なこずだった。

    その途䞭で、明矎の母が消えた。
    前觊れはなかったらしい。

    明矎は泣きながら、父が䜕かを知っおいるはずだず蚀った。あの人ならやりかねない、ず。

    母は父の䌚瀟のこずを調べおいた。
    悪いこずをやめさせるず蚀っおいた。
    だから䜕かあったに違いない、ず。

    圓時は、玔粋に明矎を救いたいず思っおいた。
    それは間違いない。

    しかし、今はどうだ。
    明矎のこずを考えおいる時間よりも、明らかに奜奇心が勝っおいる。

    盞談圹掟の叀い圹員から話を聞き、瀟長掟の若い幹郚にも接觊し、時には片方から聞いた話をもう片方に流し、盞手の反応を芋るような真䌌事も、心を傷めずにできおいる。

    富田は、こちらの動きに気づいおいる。
    かなり早い段階で分かった。

    富田は、こちらに流しおもいい情報だけを流しおいる。
    そしお、川田がその逌をどう食べるかを芋おいる。

    腹立たしいこずに、富田は自分の暗躍を嫌がっおいるずいうより、少し楜しんでいるようにすら芋えた。

    圹員たちが明らかに避ける話が䞀぀だけあった。

    䌚長の愛人が、昔、消息を絶った話だ。

    その話になるず、誰もが急に蚀葉を濁した。
    酔った垭でさえ、それ以䞊は蚀わない。

    富田の元劻の倱螪ず、その話がどう繋がるのかは分からなかったが、どちらも同じ皮類の沈黙に守られおいるように芋えた。

    そこに、黒厎ずいう男の䜿いが来た。

    「代衚の黒厎がお䌚いしたがっおいたす」

    指定されたのは、川沿いの高玚マンションだった。
    行くべきではないこずは分かっおいた。だが、行かなければ䜕も分からないこずも分かっおいた。

    黒厎は、拍子抜けするほど穏やかな男だった。

    癜いシャツに、薄いグレヌのカヌディガン。
    恐ろしさずいうものは、声を荒げたり、机を叩いたりするずころに宿るのではない。

    人は、わからないこずにこそ、恐怖する。

    黒厎は蚀った。

    「富田さん、君を埌継者にしたいらしいよ。でも、ただ君は綺麗すぎるかな」

    富田も、䌌たようなこずを蚀っおいた。
    自分はただ䜕も知らない子䟛で、正矩だけで䌚瀟を動かせるず思っおいる。
    そういう扱いなのだろうか。

    黒厎は続けた。

    「半グレが、君のこずを芋おる。富田さんをこれ以䞊嗅ぎ回るず、消えちゃうかもね」

    「俺は玳士だから、そんなこずしないけど。半グレは無茶するからなぁ」

    助けようか、ず黒厎は蚀った。

    圓然、断った。
    ダクザに貞しを䜜るほど、銬鹿ではない。
    別の瞄が銖にかかるだけだ。

    黒厎は、困ったら連絡しお、ずだけ蚀っお名刺を枡した。

    その翌日、桑田が来た。

    あの男は、おそらく誰かに䜿われおいる。
    取り蟌むべきか。

    桑田のような人間は、䜿い方によっおは情報を拟っおくる。
    自分で考えず、勝手に動き、盞手を䞍快にさせながら䜙蚈なものを芋぀ける。

    だが、同時に䜕より信甚できない。
    自分が助かるためなら、昚日の味方を今日売るだろうし、売ったこずさえ自分では被害者のように語るだろう。

    無理だ。
    しっかりしろ、こい぀はクズなんだ。

    その日の午埌、富田から呌び出しが来た。

    垞務宀に入るず、富田はい぀ものように穏やかな顔をしおいた。

    「明矎は、倉わりないか」

    「はい。䜓調も安定しおいたす」

    「そうか。子䟛が生たれるず、生掻は倉わる」

    「そうですね」

    「仕事も家庭も、綺麗に割り切れるものではない。どちらかを守るために、どちらかを傷぀けるこずもある」

    富田は䜕気ない声でそう蚀った。

    「君は優秀だ。ただ、優秀な人間ほど、自分の正しさを疑わない時がある。そこだけは気を぀けた方がいい」

    「肝に銘じたす」

    「ずころで、君の郚䞋、たしか桑田くんず蚀ったか」

    「はい」

    「君の勘違いだったず、凊分なしになったそうだな。良かったのか」

    「いえ、わたしの早ずちりでした」

    「そうか」

    富田は静かにこちらを芋た。

    「来期になるず思うが、総務郚に課長ずしお君を掚そうず思っおいる」

    「  光栄です」

    「䞍服かね」

    「いささか荷が勝ちすぎる圹職ではないでしょうか」

    「関係ない。私が匕き継がせたい仕事の適任者が、君しかいない。シンプルな話だ」

    富田は少し間を眮いた。

    「話は以䞊だが、私に䜕か聞きたいこずがあるか」

    聞きたいこずは山ほどある。
    だが、それは富田が甚意した堎所で、富田が甚意したタむミングで、富田の盀面に乗るずいうこずでもあった。

    「いえ」

    川田は答えた。

    「今のずころ、特にありたせん」

    富田は、ほんの少しだけ笑った。

    垞務宀を出た途端、少し息が詰たっおいたこずに気づいた。

    埌継者。
    なるほど、俺を黙らせるには、それが䞀番、ずいうこずか。

    銖から䞋げた圹員フロア甚のセキュリティカヌドのストラップが、富田に付けられた銖茪のように思えた。

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    第八話 消された女

    川田が黒厎の郚屋に通された時、窓の倖には川沿いの倜景が広がっおいた。

    黒厎はリビングの゜ファに腰かけおいた。
    癜いシャツに、薄いグレヌのカヌディガン。
    前回ず同じように、拍子抜けするほど柔らかい栌奜だった。

    「来おくれたんだ」

    黒厎は笑った。

    「呌んだのはそちらでしょう」

    「うん。でも、来ない人もいるからさ」

    「そういう話をしに来たわけではありたせん」

    川田が立ったたた蚀うず、黒厎は少しだけ銖を傟けた。

    「知りたいこず、あるんでしょ」

    空気が少し倉わる。

    「富田垞務の過去に぀いお聞かせおください」

    「どの過去のこずを蚀っおる」

    「䌚長の愛人が倱螪した件です」

    黒厎は笑ったたた、少し黙った。

    「それず」

    川田は続けた。

    「明矎の母芪が消えた件です」

    黒厎はグラスを手に取り、口を぀けた。
    それから、䜕でもないこずのように蚀った。

    「いいよ」

    あたりにも軜い返事だった。

    「富田さんの埌継者だからね。話しおあげよう。ただ、知らないでいる暩利は、攟棄するこずになるよ」

    川田は黙っおいた。

    「圓時の瀟長、今の䌚長さんだね。その人の愛人。ホステスでね。綺麗な人だったよ」

    黒厎は指先でグラスの瞁をなぞった。

    「その女に接觊した男がいた。こっち偎の人間だ。ダクザず蚀っおいい。だけど、俺はあい぀が嫌いだった」

    「なぜですか」

    「しのぎが䞋品だったからね」

    黒厎は即答した。

    「あい぀は女をシャブ挬けにしお、金を吞い取る。䌁業恐喝から颚俗、AVずかね。手口がえげ぀なかった。で、嫌いだった」

    「じゃあ、そのホステスも」

    「そう。その女を䜿っお、圓時の瀟長をゆすっおいた。金だけじゃない。株䞻総䌚も近かった。隒ぎになれば䌚瀟は困る。瀟長も困る。そこで察応に出おきたのが富田さんだった」

    「垞務が」

    「圓時は、ただ今ほど偉くなかったけどね。でも、あの人はその頃から凊理係だった。䌚瀟に降っおきた面倒事を、衚に出ない圢で片付ける圹目」

    黒厎はそこで川田を芋た。

    「君、富田さんを悪人だず思っおる」

    川田は答えなかった。

    「たあ、悪人だよね」

    黒厎は自分でそう蚀っお、笑った。

    「でも、ただの悪人じゃない。䌚瀟のため、ずいう蚀葉で自分を玍埗させられる悪人だ。そういう人は匷いよ」

    「富田さんは、あなたに頌んだんですか」

    「うん」

    黒厎はあっさり蚀った。

    「金を払っおも終わらない。女も男も欲が出る。株䞻総䌚前に隒がれたらたずい。だから富田さんは俺を䜿った」

    「それで、あなたは䜕をしたんですか」

    「女を消した」

    黒厎は、たばたき䞀぀しなかった。

    「それから、そのダクザも始末した。嫌いだったしね」

    川田は、自分の手が冷えおいくのを感じた。

    「富田垞務は、それを知っおいたんですか」

    「知っおいたずも蚀えるし、知らなかったずも蚀える」

    黒厎は少しだけ肩をすくめた。

    「報酬は倧きかった。あの件で俺の組は倧きくなったからね。盎参幹郚入りのきっかけにもなった。富田さんの䌚瀟ずは、フロント䌁業を通じお業務契玄も結ばせおもらっお、毎月、綺麗な金が入っおきた」

    「でも、その関係も長くは続かなかった」

    黒厎は蚀った。

    「コンプラむアンスだの、ガバナンスだの、時代が倉わった。うちずの契玄は切られた。衚向きには、関係も切れたこずになった」

    黒厎はグラスを眮いた。

    「そのあず、しばらくしお富田さんから盞談があった」

    川田の背䞭に䞀筋の冷たい汗が走る。

    「明矎の母芪ですか」

    黒厎は静かに頷いた。

    「富田さんの元劻。君にずっおは矩理のお母さんになる人だね」

    「その人は、富田さんから枡された金をかなり䜿い蟌んでいた。ギャンブルず、男。よくある話だよ」

    黒厎はさらりず蚀った。

    「入れ蟌んだ男がいた。だけど、その男もろくでもなかった。捚おられおからは、倜の店で働いお、いろいろな男を枡り歩いた。金をせびったり、逆に吞い取られたりしながらね」

    川田の頭に、明矎の顔が浮かんだ。

    母を信じおいる顔。
    父を疑っおいる顔。
    その二぀だけで、どうにか䞖界を支えおいる顔。

    「その䞭の䞀人に、こっちの䞖界の人間がいた」

    黒厎は続けた。

    「そい぀は、圌女が富田さんの元劻だず気づいた。そしお、昔の話をどこかで聞いおいた。瀟長の愛人倱螪の話だ」

    川田は喉の奥が也くのを感じた。

    「その男は、圌女に蚀った。富田から金を取っおこい、ず。あの件をネタにすれば払うはずだ、ず」

    「それで、垞務はあなたに盞談した」

    「うん。どう察凊すべきか、ずいう盞談だった」

    「あなたは、どうしたんですか」

    黒厎は川田の目を芋た。

    「二人ずも消えおもらったよ」

    黒厎は淡々ず蚀った。

    「こっちずしおも、あの件で隒がれるず郜合が悪かったからね。富田さんが止めおも、たぶん消したず思うよ」

    川田は立ち䞊がりかけた。
    だが、足が動かなかった。
    怒りなのか、恐怖なのか、吐き気なのか、自分でも分からなかった。

    「明矎さんの䞭にいる母芪ず、珟実にいたその人は、たぶん別人だよ。嚘のために芪らしいこずをしおたのは、むしろ富田さんの方なんだからね」

    「あなたに、それを蚀う資栌はない」

    「資栌の話はしおない。事実の話をしおる」

    黒厎は静かに蚀った。

    「人はね、倱った人間を綺麗にする。いなくなった人間は反論しないからね」

    川田は、䜕も蚀えなかった。

    「君はこの話を聞いお、富田さんを恚む」

    川田は答えなかった。

    「富田さんが枅廉朔癜だずは蚀わないよ。あの人は汚い。必芁ず決めたら、汚れるこずに躊躇いはない。だが、降る火の粉を払っただけでは」

    「だから蚱せず」

    黒厎は笑った。

    「恚む盞手を間違えるなっお話」

    「なら、恚むべき盞手はあなたですか」

    「それは自由だね」

    黒厎は軜く䞡手を広げた。

    「今日は垰りたす」

    「うん。たたね」

    「もう、䌚う぀もりはありたせん」

    「それは無理だず思うな」

    黒厎は、にこやかに蚀った。

    川田は䜕も返さず、郚屋を出た。

    その頃、マンションの向かい偎の路地で、桑田はスマホを構えおいた。

    「出おきた、出おきた  」

    昚日の反応は期埅倖れだった。
    川田は焊りもしなかったし、取り乱しもしなかった。
    それが、䜙蚈に腹立たしかった。

    あの柄たした顔を厩しおやりたい。
    田口に報告すれば、今床こそもっず耒められる。
    金利分だけではなく、元金も少しは枛らしおもらえるかもしれない。

    倢䞭でシャッタヌを切ったその瞬間、背埌から声がした。

    「䜕を撮っおんの」

    桑田の䜓が固たった。

    振り返る前に、スマホを持぀手銖を掎たれた。
    信じられないほど匷い力だった。

    「いや、あの、違うんです」

    「違うっお、䜕が」

    男はスマホを取り䞊げ、慣れた手぀きで電源を萜ずす。そしおもう䞀人の男が、桑田の肩に手を眮いた。

    「ちょっず車で話そうか」

    桑田の膝から力が抜けた。

    「え、いや、俺、田口さんの」

    「知っおるよ」

    男は桑田の耳元で蚀った。

    「だから今から拉臎るんだよ」

    抵抗する間もなく、路地の奥に停めおあった黒い車のドアが開いた。

    車は静かに走り出した。

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    第九話 拉臎された男

    桑田は、黒い車の埌郚座垭で身動き䞀぀取れずにいた。

    錻から吞う空気には、垃ず汗ず車内の革の匂いが混ざっおいる。
    息をするだけで胞の奥が詰たっおいく。

    怖い。

    その蚀葉だけが、頭の䞭で䜕床も回っおいた。

    おれは、川田の䞍倫珟堎を尟行しおいただけだ。
    それも田口さんに蚀われたからやっただけだ。
    それなのに、なぜこんな目に遭っおいる

    車はしばらく走ったあず、どこか建物の䞭ぞ入った。タむダの音が倉わり、倖のざわめきが急に遠のく。コンクリヌトに囲たれた広い空間の匂いがした。

    ガレヌゞ

    そう気づいた瞬間、腹の奥がたた冷えた。
    垃袋を倖され、口の䞭のタオルを抜かれるず、蛍光灯の癜い光が目に刺さった。

    目の前には、五十代くらいの男がいた。癜いシャツに、薄いグレヌのカヌディガン。こんな堎所には䞍釣り合いなほど柔らかい栌奜をしおいるのに、その男の呚りだけ空気が違っおいた。

    男は桑田を芋お笑った。

    「あそこで䜕しおたんだい」

    怒鳎るでもなく、責めるでもない声だった。

    桑田は喉の奥が震えるのを感じながら、それでもここで舐められたら終わりだず思った。

    「俺、田口さんに頌たれお動いおるんですけど。田口さんの名前、知っおたすよね」

    蚀えた 舐められおない
    匷く出られたはずだ。

    次の瞬間、男が錻で笑った。

    「田口」

    その笑い方は、桑田の垌望を明らかに吊定するものだった。

    男はゆっくりず蚀った。

    「田口は、俺の駒だよ」

    意味が分からなかった。

    田口さんが駒あの田口さんが
    自分を裞にしお土䞋座させ、借金で瞛り、笑いながら恐怖で俺を動かす、あの悪魔のような男が、この䞭幎の男の駒

    「じゃあ  」

    「うん」

    男は優しく頷いた。

    「君は、俺の駒の、駒だね」

    ガレヌゞの䞭で、誰かが小さく笑った。

    男は近くの怅子に腰かけた。
    たるで、これから䞖間話でも始めるような動䜜だった。

    「じゃあ、今から君の未来を説明するね」

    「未来  ですか」

    「そう。君がこのたた、俺に逆らった堎合の未来」

    桑田は䜕も蚀えなかった。

    男は淡々ず続けた。

    「たず、君はこのたたどこかに運ばれる。田口にも、䌚瀟にも、奥さんにも連絡できない。君に䜕が起きたか、誰にも分からない」

    桑田の膝が震えた。

    「そのあず、君はずおも痛い思いをする。死なせおくれず願わずにはいられないくらいのね。でも、死ぬのは最埌だよ」

    「自分で穎を掘っおもらっお、足の腱を切っおから萜ずしお、そのたた埋たっおもらう」

    「や、やめおください」

    「ただ䜕もしおないよね」

    男は銖を傟げお笑った。

    「今は説明しおるだけだよ」

    その蚀い方が、䜕より怖かった。

    この男は、怒っおも、脅しおもいない。少なくずも、本人の䞭ではそうなのだろう。ただ、この埌どうなるかを説明しおいるだけずいう顔をしおいる。

    「すみたせん。ほんず、すみたせん。俺、䜕も知らないんです。田口さんに蚀われただけで」

    「うん。知っおるよ」

    男は党郚分かっおいる。
    自分が䜕も考えおいないこずも、田口に䜿われおいるだけだずいうこずも、田口の名前を出せば盞手が匕くず思ったこずも。

    党郚、分かった䞊で笑っおいる。

    「君、自分で䜕かを考えお動く人じゃないもんね」

    桑田は唇を震わせた。もう涙ず嗚咜が止たらない。

    「はい。そうです。俺、ほんず䜕も考えおなくお。もう䜕が䜕だか」

    「そこがいいんだよ」

    男は穏やかに蚀った。

    「田口は、君を䟿利に䜿っおる。脅せば動く。少し耒めれば調子に乗る。倱敗しおも惜しくない。そういう駒ずしおね」

    胞の奥が、少し痛んだ。

    分かっおいた。
    俺は田口さんの䞋なんかじゃない。䜿いっ走りですらない。

    「でも、俺から芋おも君は䟿利だ」

    男は続けた。

    「田口の近くにいる。川田の近くにもいる。䌚瀟の䞭にも出入りできる。しかも、誰からも倧しお譊戒されおいない」

    「ねえ、桑田くん」

    「は、はい」

    「田口くんに、これからも協力しおあげなよ」

    「え」

    「今たで通りでいい。田口に蚀われたこずをやる。川田の呚りを嗅ぐ。䌚瀟で聞いたこずを拟う」

    男は少しだけ身を乗り出した。

    「それで、俺に報告する」

    桑田の喉が鳎った。

    「田口さんを、裏切れっおこずですか」

    「違うよ」

    笑いながら、男は優しく蚀った。

    「君は誰の味方でもない。最初から」

    桑田は䜕も蚀えなかった。

    「田口くんは怖い」

    桑田は小さく頷いた。

    「はい」

    「俺は」

    桑田は、もっず小さく頷いた。

    「  怖いです」

    「正盎でいいね」

    男は笑った。

    「じゃあ、より怖い方の蚀うこずを聞けばいい」

    「で、でも、田口さんにバレたら、それはそれで、おれ、こ、ころ、殺されたすよね」

    「かもね。でも、バレないようにすればいい」

    男は、あたりにも自然に蚀った。

    「だから難しいこずは頌たない。聞いたこずをそのたた蚀えばいい。芋たこずをそのたた送ればいい。考えなくおいい。君が考えるず、たぶん間違えるからね」

    桑田は唇を噛んだ。

    おれは殺されかけおるんだ。
    しかも、田口さんだっおおれを信じおるわけじゃない。
    なら、裏切っおも、おれが悪いわけじゃない。

    「わ、分かりたした」

    「いい子だね」

    男は、取り䞊げおいた桑田のスマホを手に取った。

    「連絡先、入れおおいたから」

    画面には、知らない連絡先が䞀぀増えおいた。
    名前は入っおいない、ただ、番号だけが登録されおいた。

    「もし、田口くんに俺のこずを話したら」

    「蚀いたせん。絶察蚀いたせん」

    「うん。信じおるよ」

    信じおいない人間の蚀い方だった。

    男は片手を軜く振った。

    「垰っおいいよ。田口くんには、川田くんを芋倱ったっお蚀えばいい」

    「はい」

    桑田は䜕床も頭を䞋げた。

    「桑田くん。倧䞈倫。俺に脅されお仕方なく埓うんだから。桑田くんは悪くないよ」

    「ありがずうございたす。すみたせん。ほんず、ありがずうございたす」

    「あず、桑田くん」

    車の方ぞ向かいかけた桑田は、振り返った。

    「川田くんをなめない方がいいよ」

    男は笑っおいた。

    「君より、ずっず怖い人間かもしれないから」

    数十分埌、桑田が解攟されたのは、駅から離れた人気のない地䞋駐車堎だった。

    桑田はもう、䜕も考えられなくなっおいた。

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    第十話 銖茪を噛む男

    黒厎の郚屋に行くのは、気が進たなかった。

    気が進たない、ずいう衚珟では足りない。
    あの男に呌ばれお、玠盎に足を運ぶずいう行為そのものが、すでにこちらの負けを認めおいるようで腹立たしかった。

    ゚レベヌタヌが䞊がっおいく間、私は壁に映った自分の顔を芋おいた。
    悪くない顔だ。少なくずも、安く芋られる顔ではない。

    だが、黒厎の前に出るず、この顔が急に薄くなる。
    自分では隠しおいる぀もりの欲や焊りや苛立ちが、あの男の目には最初から透けおいるような気がする。

    リビングに通されるず、黒厎は゜ファに座っおいた。
    癜いシャツに、薄いグレヌのカヌディガン。
    盞倉わらず、殺しも恐喝も知らない倧孊教授みたいな栌奜をしおいる。

    「来たね」

    黒厎は笑った。

    「呌ばれたしたから」

    「偉いね。最近は、呌んでも来ない子が倚いんだよ」

    「それはけしからんですね。教育が甘いんじゃないですか」

    私が蚀うず、黒厎は楜しそうに目を现めた。

    「そうかもね。たあ、座りなよ」

    私は向かいの゜ファに腰を䞋ろした。

    「飲む」

    「車で来たしたので、結構です」

    「田口くんは、そういうずころ真面目だよね。すごく悪いこずする人なのに、飲酒運転はしないんだね」

    「酔っお聞く話じゃなさそうなので」

    黒厎は笑った。

    「そういうずころ、可愛くないなぁ」

    この男に可愛がられたいず思ったこずは、䞀床もない。だが、この男に評䟡されたい、ずいう願望を同時に芚える。それほどに、この男ず察峙した時の、圧倒的な悪の存圚感は、恐ろしく、魅力的なのだ。

    「桑田くん」

    黒厎が、䜕気ない調子で蚀った。
    私は衚情を倉えなかった。

    「面癜い子だね」

    「誰ですか、それ」

    「そういうの、いらないよ」

    黒厎はグラスを持ち䞊げ、口を぀けた。

    「川田くんの䌚瀟の、君が䟿利に䜿っおる子。ああいう子はいいよね。脅せば動くし、少し耒めれば䜙蚈に動く。そういう意味では、君、人を芋る目はある」

    私は黒厎を芋た。

    「䜕の話ですか」

    「富田さんの䌚瀟の話」

    黒厎はあっさり蚀った。

    「ただ金になるず思っおる」

    黒厎は、こっちの情報を知っおいる。
    少なくずも、かなり近いずころたでは芋えおいる。

    「黒厎さんの昔の客ですからね。富田に挚拶くらいは必芁かず思いたしお」

    「挚拶ね」

    黒厎はおかしそうに笑った。

    「富田さんは、反瀟に挚拶されおも困るず思うよ」

    「そうですか」

    「あの人、もうこっちに戻る気はないから」

    黒厎はグラスを眮いた。

    「昔はね、䌚瀟を守るためなら、倚少汚れおも仕方ないっお顔をしおた。でも今は違う。䌚瀟も時代も倉わった。あの人自身も、もう昔みたいにこっちぞ手を䌞ばせない」

    「なら、攟っおおけばいいでしょう」

    「そうだね」

    黒厎は頷いた。

    「だから俺は攟っおおいた。富田さんにも、あの䌚瀟にも、今さら興味はなかった」

    今さら興味はなかった。
    では、今はどうなのか。

    「でも、君が嗅ぎ回っおる」

    黒厎は続けた。

    「君が觊るず、倉なずころたで埃が立぀かもしれない。そうなるず、俺も少し困るんだよね」

    「俺が䞋手を打぀ず」

    黒厎は、子䟛に説明するように頷いた。

    「君は䞊手くやっおる぀もりかもしれないけど、欲が前に出る時がある。富田さんを金にしたい。でかいしのぎず、安定した収入源を確保したい。そしお、黒厎の䞋で䟿利に䜿われおれば、結局吞い䞊げられるだけだ」

    黒厎は、私の目を芋お蚀った。

    「違う」

    私は笑った。

    「よく芋おたすね」

    「芋おるよ。君はかわいい駒なんだから」

    静かな蚀葉だった。
    怒鳎られるより、ずっず腹が立った。

    「田口くんさ」

    黒厎は少し䜓を傟けた。

    「俺のこず、煙たいでしょ」

    「たさか。䞖話になっおたすから」

    「正盎に蚀えばいいんだよ」

    「そりゃ、煙たいです」

    黒厎は、少しだけ目を開いた。

    「䞊玍は重い。仕事は遞べない。手柄は吞われる。倱敗すれば詰められる。䞋から芋れば、䞊なんお倧䜓煙たいものでしょう」

    黒厎は、しばらく黙ったあず、声を出しお笑った。

    「いいね」

    䜕がいいのか分からない。
    いや、分かっおいる。黒厎は、こちらが本音を少し出しおも、自分の䜍眮が揺らがないず思っおいる。

    だから笑える䜙裕がある。

    「じゃあ、煙たくないようにしおあげようか。新しいしのぎをあげる」

    嫌な蚀い方だった。

    「最近、いいリクルヌタヌを芋぀けおね。金に困っお火が぀いおる奎を集めお、いろいろ金に倉えおもらいたいんだよ。君の皌業ず、芪和性高いでしょ」

    闇金ず、その手の仕事は確かに芪和性が高い。
    金を貞し付けおカタに嵌めれば、絞れる盞手を無数に生み出せる。

    なるほど。さすがむンテリダクザだ。
    金を産むのがうたい。

    だが、同時に逃げられなくなる。
    皌いだ金は黒厎に流れ、黒厎が本家ぞ䞊玍する。
    評䟡されるのは黒厎だけだ。

    「ありがたい話です」

    私は蚀った。

    「でも、今の俺には少し荷が勝ち過ぎたす」

    「俺がやれっお蚀ったのに、断るっお意味、わかっおるよね」

    私は黙った。

    「たあいいよ。今日の本題はそこじゃない。富田さんの件は続けるの」

    「続けおもよろしいんですか」

    「いいよ」

    私は思わず黒厎を芋た。

    「いいんですか」

    「うん。奜きにやっおいい。富田さんでも、川田くんでも、桑田くんでも。君がどこたで絵を描けるか、芋おみたいし」

    黒厎は穏やかに蚀った。

    「ただし、俺に迷惑が掛かったら、ちょっず怒っちゃうかもね」

    それは蚱可ではない。
    倱敗した時の責任は、しっかり远い蟌むずいう宣蚀だ。

    「分かりたした」

    私は頭を䞋げた。

    「物分かりがいいね」

    「生き残るには必芁な手段なので」

    やはり、この男の銖茪を倖さなければ、どの道、先はない。

    消えたホステスず、その女を䜿っおいた裏皌業の男。
    その男が消えた埌に、黒厎が急速に䞊玍を増やし、出䞖した。

    前から匕っかかっおいた。

    黒厎があの件を嫌がる理由は、富田に昔のこずを蒞し返されるからだけではない。

    その奥だ。
    黒厎は、俺が富田の呚蟺を嗅ぎ回るのに、明らかに嫌悪感を出しおいる。

    あの時、消えた男が持っおいたもの。誰の筋に繋がっおいたのか。
    黒厎が隠したいものはなんなのか。

    俺は、その情報に心圓たりがある。
    絵図を描き盎すしかない。

    富田を远うふりをしお、黒厎を匕きずり出す。
    川田に富田を掘らせるのではなく、川田に黒厎の傷口たで掘らせる。
    桑田はそのための逌でもあり、目くらたしでもある。

    黒厎は、私に銖茪を぀けた぀もりでいる。
    なら、その銖茪を䜿っお、こちらから黒厎の喉元に近づけばいい。

    マンションの倖に出るず、川沿いの颚は冷たかった。
    私はスマホを取り出し、立花に短くメッセヌゞを送った。

    《しばらく事務所に来なくおいい。自宅にも戻るな。パ゜コン持っおどこかのホテルに隠れおろ》

    桑田は飌われおいる可胜性があるが、ただ䜿える。
    富田に接近する川田ずは、近いうちに接觊しなければならない。

    富田ず黒厎は、同じ事件でそれぞれ觊れられたくない秘密を抱えおいる。
    これが奎らのアキレス腱だ。

    黒厎を远い蟌む。

    銖茪ずいうのは、぀けられた者だけのものではない。
    付けた偎も、手綱から手を離せなくなる。

    なら、手綱を匕きずり、喉を噛み切っおやる。

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    第十䞀話 正しい男ず暇な男

    専務の緒方ず柳川が二人で飲む時、店は決たっおいた。

    駅から少し離れた、叀い居酒屋。焌き鳥ず煮蟌みがうたく、酒は安い。
    䌚瀟の専務が来るには庶民的すぎる店だが、二人は気に入っおいる。

    二人は倧孊の同玚生で、同じラグビヌ郚だった。

    卒業埌、緒方は倖資系コンサルティング䌚瀟ぞ進み、柳川はたったく違う道を歩いた。
    それでも瞁は切れず、数幎前、盞談圹が倖郚から経営人材を探しおいた時、緒方を玹介したのは柳川だった。

    専務ずしお迎えられた緒方の圹目は明確だった。

    瀟内のコンプラむアンス䞊の問題を排陀するこず。

    䞍透明な契玄、実態の分からない販瀟、圹員の裁量だけで流れる金。
    倖から来た人間にしか切れないものを切らせるために、盞談圹は緒方を入れた。

    「で、決めたのか」

    柳川は鶏皮を口に運びながら聞くず、緒方はゞョッキを眮いた。

    「決めた。富田垞務には蟞めおもらう。盞談圹にも近いうちに話す」

    柳川の手が止たった。

    「䜕を理由に持っおいく」

    緒方は鞄から薄い封筒を出し、テヌブルに眮いた。
    䞭には数枚のコピヌが入っおいた。

    取匕先からの過剰な接埅。
    競合芋積曞の䞍自然な流出。
    特定業者ぞの発泚集䞭。
    瀟内芏皋を迂回した決裁。

    どれも富田が盎接金を受け取った蚌拠ではない。
    だが、長幎の暩限集䞭ず合わせれば、圹員ずしおの責任を問う材料にはなる。

    柳川は䞀枚ず぀目を通し、封筒ぞ戻した。

    「やめずけ。匱い」

    「分かっおいる。だが、䜕もないわけじゃない」

    「これで勝負に出たら、富田さんにこっちの手札を党郚芋せるだけだ。接埅は業界慣行。芋積曞は郚䞋が勝手にやった。発泚集䞭は実瞟ず品質。決裁も緊急察応。盞談圹も、これだけで富田さんを切らん」

    緒方は黙っおいた。柳川の蚀うこずは分かっおる。

    富田は、ただの圹員ではない。
    䌚瀟が危なかった時期を䜕床も越え、䌚長にも盞談圹にも重甚されおきた。
    瀟内には富田に借りのある人間が倚く、数字に出ない功瞟も倚い。

    だからこそ、緒方は焊っおいた。

    「俺がこの䌚瀟に入っお、最初に違和感を持ったのは富田さんだった」

    緒方は蚀った。

    「䜕か問題が起きる。あの人が動く。しばらくするず収たる。だが、蚘録がない。誰ず䌚っお、䜕を話しお、どう解決したのかも残っおいない。俺が調べ始めるず、実態の分からない販瀟やコンサル䌚瀟ずの契玄を、こちらが指摘する前に自分から切った」

    緒方が䌚瀟に入っおから、䞍透明な契玄はいく぀も消えた。
    富田は反察しなかった。むしろ、驚くほど玠盎に切った。

    「富田さんは銬鹿じゃない。俺が䜕をしに来たのか、最初から分かっおいた。だから俺に切られる前に、自分で切った」

    「だろうな」

    「それだけじゃない」

    緒方は声を萜ずした。

    「䌚長の愛人が昔消えた件も、富田さんの元劻が倱螪した件も知っおいる」

    柳川は衚情を倉えなかった。

    「川田の劻が富田さんの嚘だずいうこずも、その倱螪した元劻の嚘だずいうこずもな」

    「そこたで分かっおるなら、なおさら今は動くな」

    柳川は即答した。

    「今おたえが持っおるその䞍正ず、倱螪の話が繋がっおない。匱い䞍正を束ねお解任に持ち蟌もうずすれば、富田さんは守りに入る。蚌拠を消すかもしれんし、人を動かすかもしれん」

    柳川は緒方を芋た。

    「おたえ、自分で蚀っただろ。富田さんは銬鹿じゃない」

    緒方は封筒に手を眮いたたた、しばらく黙った。

    「ダガ。䜕か掎んでるのか」

    「掎んではいない。ただ、芋おる」

    「䜕を」

    「川田だよ」

    柳川はグラスを眮いた。

    「川田が富田さんを探っおる」

    緒方は驚かなかった。

    「盞談圹掟の叀株、瀟長掟の若い幹郚、生産本郚長。盞手ごずに少しず぀違う話を流しお、反応を芋おる。あれは単なる瀟内政治じゃない。富田さんの過去を掘っおる」

    「劻のためか」

    「最初はそうだったのかもな」

    柳川は蚀った。

    「母芪が消えた。嚘は父芪を疑っおる。その倫が真盞を探る。筋は通る。ただ、今の川田は少し違う気がする。あい぀自身が面癜くなっおる」

    「富田さんは気づいおるのか」

    「たぶんな」

    「止めない」

    「止めおない。むしろ泳がせお芋おる」

    柳川は少し間を眮いた。

    「それず、富田さん、川田を総務の課長に掚す぀もりらしい」

    緒方の衚情が倉わった。

    「取り蟌む気か」

    「俺もそう芋おる。秘密を暎こうずする人間を、秘密を守らなきゃならない立堎にする」

    「うたいな」

    緒方が呟いた。

    「感心しおる堎合か」

    「だから厄介なんだ。俺は富田さんを評䟡しおいる」

    緒方は迷わず蚀った。

    「私腹を肥やしただけの人間なら、ここたで気にしない。蚌拠を集めお凊分すればいい。だが、あの人は必芁に迫られた時、線を越える。しかも本人は、それを単玔な悪だず思っおいない。䌚瀟を守るため、瀟員を守るため、そういう理由で自分を玍埗させられる」

    柳川は黙った。

    「䞀床、線を越えた人間は、次に越える時の距離が短い。経隓があるからだ」

    緒方は封筒を鞄に戻した。

    「だが、これで勝負に出るのはやめる」

    柳川は頷いた。

    「それがいい」

    「ダガ。近いうちに川田を呌び出しお、聞いおみろ」

    「䜕を」

    「富田さんを探っおるんだろ。䜕を知ったのか、䜕を探しおるのか。おたえになら話すかもしれない」

    柳川はしばらく緒方を芋おいた。

    「結局、川田を䜿うのか」

    「協力を求める」

    「同じだよ」

    柳川は蚀った。

    「富田さんは圹職を䞎えお取り蟌む。おたえは正矩ずコンプラむアンスを芋せお協力させる。どっちも、あい぀を自分の盀面に乗せようずしおる」

    緒方は答えなかった。

    二人は店を出た。

    倜の空気は冷たく、柳川は店先から少し離れたずころで煙草に火を぀けた。

    「緒方」

    「なんだ」

    「䞀぀だけ蚀っずく。川田の呚り、別の奎も動いおる」

    「誰だ」

    「ただ分からん。ただ、堅気じゃない匂いがする」

    緒方の衚情が倉わった。

    「富田さんか」

    「それも分からん。だから、川田を呌ぶなら早い方がいい」

    緒方はしばらく黙っおいた。

    「頌む」

    「分かった」

    二人はそこで別れた。

    柳川は煙を吐きながら、緒方の背䞭を芋送った。

    川田は火皮なのか。それずも、壁の向こうにある火を芋぀けた人間なのか。

    柳川には、ただ分からなかった。

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    第十二話 動き出す男達

    柳川から連絡が来たのは、䞉日埌の倕方だった。

    《久しぶりに飯でもどうだ》

    川田はスマホの画面を芋たたた、しばらく返信しなかった。

    柳川、通称ダガさんずは、䜕床か酒を飲んだこずがある。
    曖昧な肩曞きで、䌚議に出るこずもあれば、䜕週間も䌚瀟で芋かけないこずもある。それでいお、瀟内の人間関係や取匕先の事情を劙なほどよく知っおいた。

    指定されたのは、䌚瀟から少し離れた焌肉屋。
    柳川はすでに来おいた。

    「奥さん、もうすぐだろ」

    「はい。来月の予定です」

    「そうか。倧事にしおやれよ」

    柳川はそれ以䞊、明矎の話を続けなかった。

    しばらく仕事の話をしたあず、二杯目のビヌルが半分ほどなくなった頃、柳川は網の䞊の肉を返しながら蚀った。

    「おたえ、富田さんを調べおるだろ」

    川田の箞が、䞀瞬止たった。

    「䜕のこずでしょう」

    「その返しするなら、もう少し間を空けろ。今ので答え合わせになった」

    柳川は笑った。

    「盞談圹掟の叀株、瀟長掟の若い幹郚、生産本郚長。盞手ごずに少しず぀違う話を流しお、反応を芋おる。あれは瀟内政治じゃない。富田さんの過去を掘っおる」

    川田は箞を眮いた。

    「䜕が聞きたいんですか」

    「おたえの矩理のお母さんが消えた件ず、䌚長の愛人が消えた件。繋がったか」

    川田は柳川を芋た。

    「  どこたで知っおるんですか」

    「やっぱり、䜕か掎んだか」

    川田は黙った。

    「緒方専務がおたえに䌚いたがっおる」

    川田の動きが止たった。

    「なぜです」

    「富田さんを蟞めさせる぀もりだからだ」

    川田はゆっくり座り盎した。

    柳川は、緒方が倖郚から招かれた理由ず、瀟内の䞍透明な契玄やコンプラむアンス䞊の問題を敎理しおきたこず、富田の䞍正に぀いおもいく぀か材料を持っおいるこずを簡朔に話した。

    「ただ、匱い。俺が止めた。䞭途半端な手札を芋せたら、富田さんは守りに入る。あの人に時間を䞎えたら、䜕をするか分からん」

    「専務は、明矎のこずも知っおるんですか」

    「知っおる。おたえの劻が富田さんの嚘だずいうこずも、母芪が倱螪しおいるこずも、䌚長の愛人が消えた件もな」

    自分だけが秘密の入口に立っおいる぀もりだったが、違った。
    それぞれが別の堎所から、同じ穎を掘っおいる。

    「䌚うか」

    「䌚うだけなら。協力するずは限りたせん」

    「それでいい。分かっおるよ。おたえ、おずなしく人の蚀うこず聞くタマじゃないからな」

    「い぀ですか」

    「今からだ」

    川田は柳川に連れられ、ほど近いホテルのラりンゞに入った。

    窓際の垭に緒方専務が䞀人で座っおいた。

    「急に呌び出しおすたない」

    「いえ」

    「柳川から、どこたで聞いた」

    「垞務を蟞めさせたい、ず」

    緒方は柳川を芋た。

    「ダガ、おたえ、少しは順序っおものを考えろ」

    「面倒だろ」

    柳川はそう蚀っお、離れた垭ぞ移った。

    緒方は小さく息を吐いた。

    「川田君。私は富田垞務を評䟡しおいる。優秀で、危機察応胜力も高い。あの人がいなければ、もっず倧きな問題になっおいた案件もあるだろう」

    「では、なぜ」

    「優秀だが、危険でもあるからだ」

    緒方は迷わず蚀った。

    「必芁に迫られればルヌルを越えられる。しかも、越えた先で結果を出した経隓がある。私は、そういう人間を経営陣に眮き続けるこずをリスクだず考えおいる」

    黒厎の郚屋で聞いた蚀葉が、川田の頭に蘇った。

    《二人ずも消えおもらったよ。》

    「私は正矩の話をしおいるんじゃない。䌚瀟を守る話をしおいる」

    川田は少しだけ笑った。

    「垞務も、同じこずを蚀うず思いたすよ」

    緒方は黙った。

    「䌚瀟を守るためなら、垞務を切る。垞務は䌚瀟を守るためなら、ルヌルを砎る。私には、どちらも自分の正しさを信じおいるように芋えたす」

    緒方はしばらく川田を芋おいた。

    「その通りかもしれない。だから私は、君に正矩を抌し぀ける぀もりはない」

    「では、私に䜕を」

    「君が知ったこずを共有しおほしい」

    「その代わりに」

    「䜕も玄束しない。圹職も金も、富田さんを蟞めさせたあずの凊遇もだ。内容によっおは、君の立堎も悪くなる」

    川田はグラスの氎に目を萜ずした。

    「䜕か知っおいるな」

    緒方が蚀った。

    「そう芋えたすか」

    「芋える。だが、今ここで話せずは蚀わない。君は私を信甚しおいないだろう」

    緒方は少し間を眮いた。

    「ただ、䞀぀だけ蚀っおおく。富田さんは君を総務課長に掚そうずしおいる」

    「本人から聞きたした」

    「なら、意味も考えたな。圹職を受けた瞬間、今たで暎くべきだず思っおいたものを、守るべき秘密だず思い始めるかもしれない。人間は立堎に合わせお正矩を倉える。私も含めおな」

    川田は垭を立った。

    「協力するかは、ただ決めたせん」

    「それでいい」

    ホテルを出たあずも、緒方の蚀葉は頭に残った。

    富田は埌継者に、緒方は協力者に。
    黒厎は䜕をしようずしおいるのか分からない。
    党員が、自分を盀面に乗せようずしおいる。

    その翌日、桑田が川田の机に近づいおきた。

    「䞻任、ちょっずいいですか」

    盞倉わらず、劙にかしこたった小声だった。
    たるでスパむごっこでもしおいるような、芝居じみた口調が絶劙にむラ぀かせる。

    「䜕でしょう」

    「䞻任に、話があるっお人がいるんです」

    「誰ですか」

    「それは  䌚っおから話すっお」

    「なら結構です」

    川田が芖線を戻すず、桑田は慌おお䞀歩近づいた。

    「富田垞務ず、黒厎っお人に぀いお話がしたいそうです」

    川田の手が止たった。

    桑田は、その反応を芋逃さなかった。
    いや、芋逃すなず蚀われおいた。そしお、田口からは、䜙蚈な説明をするなず呜じられおいる。

    《富田ず黒厎に぀いお話がしたい人がいる。それだけ蚀え。川田は来る》

    そしお、ガレヌゞの男からは、田口の動きを報告しろず蚀われおいる。
    桑田はもう、自分が誰のために動いおいるのか分からなかった。

    「その人は、誰なんですか」

    「田口さんです」

    「䜕者です」

    「俺も  詳しくは」

    「断っおおいおください」

    桑田の顔が匕き぀った。
    連れお来れたら、今回の金利分は返枈扱いにしおやるず蚀われおいる。
    連れお来れなければ、五䞇円を甚意しなければならない。

    「いや、でも䞻任、この話、たぶん聞いた方が」

    「桑田さん」

    川田は静かに遮った。

    「あなたが䜕に関わっおいるのか知りたせんが、私を巻き蟌たないでください」

    その蚀葉に、桑田の䞭で䜕かが切れた。

    巻き蟌たないでください

    ふざけんな、この䞍倫野郎。
    俺がこうなったのは、おたえを尟行したからだろ。
    おたえがあのマンションなんかに入ったから、ダクザのおっさんに拉臎されお、田口ず黒厎の二重スパむをやらされおるんだろ。

    「  䌚長の愛人が消えた件も知っおるそうです」

    川田の目が倉わる。

    数秒の沈黙があった。

    「い぀ですか」

    桑田は、心の䞭で倧きく息を吐いた。
    田口の蚀った通りだった。

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    第十䞉話 刺される男

    指定された堎所は、以前桑田が裞で土䞋座させられた、あの雑居ビルの䞀宀だった。

    倜、川田は䞀人で階段を䞊がった。
    扉を開けるず、桑田がいた。

    䞭はがらんずしおいた。
    匕っ越し途䞭らしく、簡単なパむプ怅子ず長机、壁際には段ボヌルが積たれおいる。

    その向かいに男がいた。

    四十代くらい。掟手ではないが、カタギには芋えない。
    煙草を指に挟み、川田を芋る目だけが劙に冷静だった。

    「川田さん」

    「そうです」

    「田口です」

    「富田垞務ず黒厎に぀いお話があるず聞きたした」

    田口は少し笑った。

    「せっかちですね」

    「あなたが䜕者かも分からない。長居する぀もりはありたせん」

    田口は煙草を灰皿に眮いた。

    「じゃあ、単刀盎入にいきたしょうか」

    その目から、笑みが消えた。

    「手を組んで、富田ず黒厎を、たずめお朰したせんか」

    川田は黙っお田口を芋た。

    「その前に、あなたが䜕者か教えおください」

    「田口です。桑田くんの友達っおずこかな」

    「違いたすね」

    川田は即答した。

    「桑田さんに、あなたのような友達がいるずは思えない」

    桑田は少し匕っかかった。
    いや、なんだよその蚀い方。俺だっお友達くらいいるわ。たあ確かに、このチンピラは友達じゃねえけど。

    田口は笑った。

    桑田が空いおいるパむプ怅子に座ろうずするず、田口が蚀った。

    「桑田、お前、コンビニ行っお、川田さんのお茶買っおこい」

    「え、田口さんは」

    「いらねえ。早く行け」

    「  はい」

    桑田は財垃を持っお郚屋を出た。

    なんなんだよ。
    俺が川田を連れおきたんだろ。五䞇円分働いたんだろ。なんで俺がパシリなんだよ。俺、䞀番幎䞊だぞ。

    だが、建物の倖ぞ出るず、桑田はコンビニずは反察方向ぞ少し歩いた。
    スマホを取り出し、呚囲を芋回しおから、短く打぀。

    《川田ず田口が䌚っお、二人で情報亀換しおたす》

    既読は぀いたが、返信はなかった。

    その頃、郚屋では田口が煙草に火を぀けおいた。

    「さお、情報亀換ずいこうか」

    川田はようやく怅子に座った。

    「桑田さんは、あなたの手䞋ですか」

    「たさか。ただ金を貞しおるだけ」

    田口は煙を吐いた。

    「で、川田さん。黒厎からどこたで聞きたした」

    「あなたは、どこたで知っおいるんですか」

    田口は灰皿に煙草を眮いた。

    「昔、ホステスだった女を䜿っお、圓時の瀟長をゆすっおいた男がいた。かなりえげ぀ないしのぎをやる人間でね。だが、その男は、ただのチンピラじゃなかった」

    田口は少し間を眮いた。

    「本家の倧芪分ず、兄匟分の盃を亀わした、盎参幹郚だった」

    川田は眉を寄せた。

    「黒厎はその男のしのぎを前から狙っおいた。愛人のこずを調べおいく過皋で、黒厎は、誰にもばれずに、その男を殺れるず螏んだ。そしお、実行した」

    「黒厎から聞いた話ず、おおむね矛盟はありたせん」

    「黒厎本人から聞いたのか」

    「はい。明矎の母も、その男も、自分が消したず」

    田口は煙草を手に取らなかった。

    「富田は」

    「垞務は䟝頌しおいない。それでも黒厎は消した。話が広がるのが䞍郜合だず。事埌報告で、富田垞務にはサヌビスだず蚀ったそうです」

    数秒、田口は黙った。

    「録音は」

    「ありたせん。垰りにボディチェックを受けたした」

    「なるほどね」

    田口は続けた。

    「その男が消えたあず、黒厎はうたいこず利暩を匕き継いだ。䜕も知らない倧芪分から、男の埌を匕き継げず呜じられた圢でね」

    「芪分の兄匟分を秘密裏に殺しお、そのしのぎを奪った」

    「そういうこずになる」

    田口は笑った。

    「しかも黒厎は、その埌さらに収益を䌞ばし、䞊玍を倧幅に増やした。それで晎れお盎参幹郚入り」

    「本家は知らない」

    「知っおたら、黒厎は今の䜍眮にいない。身内殺しだからね。それも本家の倧芪分の兄匟分を消しお、しのぎを奪った。ダクザは面子が䜕より重芁なんだ。必ずカ゚シを受けるこずになる」

    田口の声から笑みが消えた。

    「でも、それだけなら蚌拠がない」

    川田は蚀った。

    「そう。黒厎も、そう思っおる」

    田口は胞ポケットから、小さなSDカヌドを取り出し、机の䞊に眮いた。

    「ただ、消された男も、ただの銬鹿じゃなかった」

    「これは」

    「黒厎ずの電話の録音。本人が襲われる前に、自分の状況を説明しお残した音源。それから、防犯カメラの映像から抜いた静止画が䜕枚か入っおる」

    「それを、どこで」

    「その男は、密かに自分の店の女にこれを預けおいた。保険ずしおね。その女が怖くなっお、回り回っお俺が匕き取った。ただの偶然だった」

    川田はSDカヌドから目を離さなかった。

    「黒厎は、これを知らないんですか」

    「存圚は知っおる。探したはずだ。でも、ただ回収できおない」

    「なぜ今たで䜿わなかった」

    田口は少し笑った。

    「最初は、これを䜿っお、どうにか富田を脅す぀もりだったからね」

    川田の目が鋭くなった。

    「だがやめた。結局、富田から金を取っおも、黒厎に吞われるだけだからね」

    田口は怅子にもたれた。

    「俺がどれだけしのぎを䜜っおも、あの男の䞋にいる限り、最埌は䞊玍で持っおいかれる。倧きな仕事を䜜れば䜜るほど、銖茪が倪くなる。だから、絵図を描き盎した。黒厎の方を远い蟌む」

    田口は川田を芋た。

    「俺の蚌拠だけじゃ、決め手に欠ける。あんたの話だけじゃ、黒厎が勝手に吹いた話で終わる。でも、合わせれば違う。週刊誌に売っお、䞀぀の蚘事にする」

    川田は黙った。

    「同じものを、あんたにも枡す。緒方専務に枡すんだ。枡したら、䌑暇を取っおしばらく姿を隠した方がいい。身重の嫁さんも䞀緒にな」

    川田の顔が倉わった。

    「なぜ」

    「富田にしおも、黒厎にしおも、远い蟌たれたら䜕をするか分からない。嫁を拉臎しお、あんたを止める材料にするかもしれない。瀟内で远い蟌むのは専務にやらせればいい」

    その時、扉が開いた。

    「買っおきたした」

    桑田がペットボトルのお茶を持っお入っおきた。

    田口はSDカヌドを手の䞭に隠した。

    「遅えよ」

    「いや、普通ですよ。コンビニ混んでたんで」

    桑田は二人の顔を芋た。

    「䜕の話しおたんですか」

    「おたえには関係ねえ」

    「  そうですか」

    桑田は少しだけ䞍満そうな顔をした。

    川田は、その日の倜に柳川ぞ連絡した。
    そしお翌日、䌚瀟近くの喫茶店で封筒を枡した。
    専務に枡しおほしいず、䌑暇届も添えお。

    柳川は、分かった、ずだけ答えた。

    田口には、川田は明矎ずずもに、䌚瀟の人間には知らせおいない堎所にいる、ずメヌルをした。あずは、田口が週刊誌ぞ動き、瀟内から緒方が富田を远う。

    その頃、田口は桑田を事務所に呌び出しおいた。

    《分かりたした。すぐ行きたす》

    田口はスマホを眮いた。

    郚屋の隅には、匕っ越し甚の段ボヌルが積たれおいる。
    その䞀番䞊に、二通の封筒があった。

    䞀通は、口が開いおあり、もう䞀通は、糊付けされおいる。
    封がされおいる方には、告発文ずSDカヌドが入っおいる。
    口が開いおいる方は、桑田に持たせるためのダミヌだ。

    背埌から声がした。

    「瀟長」

    振り返るず、ゞャヌゞ姿の若い男が立っおいた。
    舎匟だった。

    「荷物、これで最埌っすか」

    「ああ。ここも今日で締めるからな。残っおるもん、適圓にたずめずけ」

    その盎埌だった。

    「瀟長、すんたせん」

    背䞭に匷い衝撃が走った。

    息が止たる。遅れお、熱が来た。
    田口は前に぀んのめり、机に手を぀いた。

    ゞャヌゞ姿の男が、刃に血が぀いたナむフを握っおいる。

    「  おたえ」

    男の顔が匕き぀っおいた。
    泣いおいる。

    「芚悟決めおから刺せ。銬鹿野郎が」

    田口の拳が男の錻を砕き、壁際たで吹き飛ばした。

    「すみたせん瀟長、瀟長のタマずらねえず、俺、殺されるんです」

    田口がもう䞀歩出る。

    「どっちにしおも消されるに決たっおんだろ。お前はもう黒厎が消したくなるくらい、いろいろ知りすぎおんだよ」

    だが、足がも぀れた。

    膝を぀く。
    背䞭から血が流れおいる。

    その時、扉が開いた。

    「田口さん え」

    桑田だった。

    血たみれで膝を぀く田口ず、錻血を流すゞャヌゞ姿の男。
    その手には、血の付いたナむフがある。

    数秒、党員の時が止たる。

    桑田は叫んだ。

    「川田 こっち 譊察を呌べ」

    男の顔が倉わった。
    舌打ちし、桑田を突き飛ばしお廊䞋ぞ飛び出した。
    階段を駆け䞋りる音が遠ざかる。

    桑田は尻逅を぀いたたた、廊䞋を芋た。

    「  川田なんか、いねえけどな」

    自分で蚀っおから、田口を芋た。

    「田口さん」

    「救急車は呌ぶな。知っおる医者がいる  そこぞ連れおけ」

    桑田は田口を車に抌し蟌み、蚀われた䜏所ぞ向かった。

    桑田は、さっきの男には、芋芚えがあった。
    たしか、俺の身ぐるみはがした田口の郚䞋だったはずだ。

    田口は死ぬのか
    この悪魔のような男が、死ぬ うそだろ
    でも、死んだずしたら、借金はなくなる
    ガレヌゞの男はどうなる

    考えがたずたらないたた、小さな病院に着いた。
    癜衣の男が田口を芋るなり、顔色を倉えた。

    「䞭ぞ」

    桑田が田口の肩を支えた時、田口が腕を掎んだ。

    「桑田、この埌、事務所に戻れ」

    「は」

    「段ボヌルの䞊に  封筒が二぀ある。封がしおある方だ」

    田口は荒い息を吐いた。

    「それを取っおこい」

    田口は血の぀いた手で財垃を出し、䞀枚の名刺を桑田に枡した。

    「この蚘者に、その封筒を持っおいけ」

    「俺が」

    「そうだ」

    「䞭身は」

    「芋るな」

    田口は桑田の腕を掎んだたた、蚀った。

    「富田ず黒厎を  たずめお朰せる」

    桑田は名刺を芋た。

    「うたくいったら  借金はなしだ」

    桑田の目が動いた。

    「党郚ですか」

    「党郚だ」

    田口は、血の気のない顔で怒鳎った。

    「桑田、もうお前を信じるしかねえ 必ず、誰にも奪われるな 絶察、蚘者に届けろ 信じたぞ桑田」

    癜衣の男が田口を䞭ぞ匕き入れる。
    扉が閉たった。

    桑田は䞀人、駐車堎に残された。
    手には、田口から枡された名刺がある。

    その時、スマホが震えた。

    《田口どこの病院に連れお行った。すぐ教えろ》

    桑田の喉が鳎った。

    田口に぀けば、借金が消える。
    黒厎に぀けば、殺されずに枈む。

    俺を信じる、ず田口は蚀った。
    今たでの人生で、呜を懞けお人に頌たれたこずなどない。

    その前に、誰からも信頌を埗るこずはなかった。

    薄々、気づいおいた。
    俺の人生がク゜なのは、俺が悪いずいうこずを。

    しかし、それを認めるわけにはいかなかった。
    俺が良くならない以䞊は、他が悪いこずにしなければ、バランスが取れなかった。

    田口は、俺に呜を懞けお蚗した。

    利甚しおいるだけかもしれない。
    だが、初めお埗た「信頌」を、手攟したくなかった。

    桑田はスマホず名刺をポケットに入れた。

    車に乗り蟌み、゚ンゞンをかける。
    たずは、事務所の段ボヌルの䞊にある封筒を䜕ずしおも手に入れる。

    ク゜みたいな人生、䞀床だけでも、呜がけで応えたくなった。

    桑田は止たらない涙にかたわず、田口の事務所に向かった。

    画像

    最終話 桑田さんは悪くない

    田口の事務所が入る雑居ビルに着いた時、桑田はただ泣いおいた。

    車を降りおも涙は止たらず、䜕床も袖で顔を拭いながら、人気のない階段を䞊がっおいく。

    田口は、自分を信じるず蚀った。
    今たでの人生で、そんなこずを蚀われた蚘憶はない。
    䌚瀟では䜿えないず蚀われ、家では劻に愛想を尜かされ、䜕か倱敗するたびに誰かのせいにしおきた。

    それでも今日は違う。

    段ボヌルの䞊にある封筒を取り、それを蚘者に届ける。
    それだけで借金は消え、田口の信頌にも応えられる。

    桑田は階段を䞊がり切るず、廊䞋の奥にある事務所ぞ向かい、扉を開けた。

    宀内は暗く、さっきたで田口の血が流れおいた床だけが、廊䞋の照明から差し蟌む光の䞭に浮かんで芋えた。
    桑田は䞀瞬だけ足を止めたが、すぐに照明のスむッチを抌し、郚屋の隅に積たれた段ボヌルを芋぀けた。

    あった。

    その䞀番䞊に、封筒が残っおいる。
    桑田はそれを掎んだ。

    その時だった。

    背埌で、扉が閉たった。

    桑田の䜓が固たり、ゆっくり振り返るず、出口の前に男が立っおいた。

    癜いシャツに、薄いグレヌのカヌディガン。
    ガレヌゞにいた男。

    「遅えよ、桑田」

    黒厎は笑っおいなかった。い぀もの柔らかい声ではない。
    䜎く、面倒くさそうで、最初からこちらを人間ずしお芋おいない声だった。

    桑田の喉が鳎った。

    「なんで  」

    「おたえが田口のずころぞ行くっお蚀ったんだろうが。だから埅っおたんだよ」

    桑田は反射的に封筒を胞に抱えた。

    「それ、寄越せ」

    「これは  」

    黒厎の目が现くなった。

    「おたえ、誰に口答えしおんの」

    黒厎が近づいおくるず、桑田は封筒を抱えたたた埌ろぞ䞋がった。

    「埅っおください。これ、俺が持っおいかないず」

    「どこに」

    「それは蚀えたせん」

    自分で蚀っおから、桑田は驚いた。
    おれが、この男に逆らっおいる。

    「桑田ぁ」

    黒厎は目の前たで来るず、吐き捚おるように蚀った。

    「調子乗るなよ」

    次の瞬間、腹に匷い衝撃が入り、桑田は声も出せずにその堎ぞ厩れ萜ちた。
    手から離れた封筒を、黒厎が拟い䞊げる。

    「これか」

    桑田は床に這い぀くばりながら手を䌞ばした。

    「返しお  ください」

    黒厎は封筒を手にしたたた、桑田を芋䞋ろした。

    「田口、どこの病院だ。おたえが運んだんだろ」

    「  知りたせん」

    黒厎はしばらく桑田を芋おいたが、やがお廊䞋ぞ芖線を向けた。

    「連れおけ」

    その蚀葉を合図に二人の男が入っおきお、桑田の䞡腕を掎んだ。

    「いや、埅っおください。ほんず、知らないんです」

    「うるせえよ」

    黒厎の声が冷たく萜ちた。

    「ガレヌゞで思い出させる」

    桑田は必死に暎れたが䜕の意味もなく、頭から黒い袋を被せられ、そのたた事務所から連れ出された。

    袋を倖された時、桑田はすぐに堎所が分かった。

    油の匂いず湿ったコンクリヌトの空気。
    頭䞊で癜く光る蛍光灯。
    前に連れおこられたガレヌゞだ。

    怅子に瞛られたたた、党身が震え始める。
    黒厎は桑田の前に怅子を眮き、腰を䞋ろした。

    「田口、どこだ」

    桑田は答えなかった。

    「桑田。おたえ、勘違いしおるだろ」

    黒厎は䜎い声で蚀った。

    「田口に信じられたずか、借金が消えるずか、くだらねえこず考えおる顔しおるけどな。おたえは最初から最埌たで、䜿われおるだけなんだよ」

    桑田は震えおいた。

    「もう䞀回だけ聞く。田口の病院はどこだ」

    桑田は目を閉じた。
    頭に浮かんだのは、血たみれの田口だった。

    「  蚀えたせん」

    黒厎は、しばらく黙り、そしお小さく舌打ちした。

    その埌、桑田がどれくらい耐えたのかは、自分でも分からなかった。
    五分だったのか、䞀時間だったのか、それずももっず長かったのか。
    恐怖ず痛みの䞭では時間の感芚などなくなる。

    最埌には、錻氎を垂らし、嗚咜しながら䜕床も謝っおいた。

    「すみたせん  すみたせん  」

    黒厎は桑田を芋おいた。

    「謝る盞手が違うだろ」

    「蚀いたす」

    桑田は泣いた。

    「病院、蚀いたす」

    そしお、田口を運んだ病院の名前ず堎所を話した。

    黒厎は静かに聞き終えるず、立ち䞊がった。

    「最初からそうしろよ、カス」

    その蚀葉を最埌に、桑田の頭ぞ再び袋が被せられた。

    しばらく埌、桑田が捚おられたのは、町倖れの道路だった。

    自分の䜓を䜕床も觊った。
    生きおいる。

    「助かった  」

    声が震えた。

    「俺  助かった  」

    涙が溢れた。

    田口の病院を売り、封筒も奪われた。
    それでも桑田は、生きおいるこずが嬉しかった。

    それから桑田は、姿を消した。

    二週間が過ぎた。

    田口は、地方郜垂にある小さなマンションの䞀宀で苛立っおいた。
    背䞭の傷はただ痛み、医者からは安静にしろず蚀われおいるが、そんな気分にはなれない。
    テヌブルの䞊にはスマホず煙草が眮かれ、立花が向かいの゜ファに座っおいる。

    「遅え」

    田口はスマホをテヌブルぞ攟った。

    「䜕がです」

    「蚘事だよ」

    あれから二週間、䜕も出ない。

    週刊誌は動かず、ネットにも流れず、富田も黒厎も衚向きには䜕も倉わっおいない。
    そしお、桑田ずも連絡が぀かず、電話は電源が切られ、自宅にも䌚瀟にも姿を芋せおいなかった。

    「やっぱり、あの野郎  日和りやがった」

    立花は䜕も蚀わなかった。

    田口が刺された翌日、最初に運び蟌たれた病院から移ったのは、川田から突然連絡が入ったからだった。
    凊眮が終わり、移動可胜になり次第すぐに堎所を倉えおほしいず頌たれ、その埌の段取りを立花が匕き継いだ。

    川田もたた、明矎ずずもに朜䌏を続けおいる。

    「桑田を信じた俺が銬鹿だった」

    田口は吐き捚おた。

    あの時は血を流しすぎおいた。
    刀断力が萜ちおいた䞊に、桑田に呜を助けられたこずで、䞀瞬でもあの男を信じおしたった。

    だが、桑田は桑田だ。
    最初から分かっおいたこずだ。

    「くそったれが」

    「  瀟長」

    「なんだ」

    「ネットニュヌス」

    田口は眉を寄せた。

    「テレビ付けお 早く」

    リモコンを取り、テレビを぀けるず、昌の情報番組が映り、画面䞋に倧きな文字が出おいた。

    《䞀流䌁業圹員の闇》

    続いお、別の文字が衚瀺される。

    《反瀟䌚的組織内での骚肉の争い》

    「  なんだ、これ」

    「立花コンビニ行っお雑誌かっお来い」

    「䜕が起きおるんだ 」

    立花が勢いよく扉を開け、買っおきた雑誌を差し出す。

    「瀟長 これ」

    立花が芋せた雑誌は、田口が桑田に枡した名刺の䌚瀟ずは違っおいた。

    「違う  ぞ」

    田口は呟いた。

    「俺が話を通したずころじゃねえ」

    あの倜。

    桑田は、田口の事務所ぞ向かう途䞭で䞀床、車を止めおいた。

    田口を病院ぞ運び、名刺を枡された盎埌、桑田は泣きながら、その名刺に曞かれた番号ぞ電話をかけた。

    「もしもし」

    男の声がした。

    「あの、田口さんから  」

    桑田は䜕床も蚀葉に詰たりながら、事務所に封筒があるこず、自分がそれを取りに戻るこずを説明した。
    そしお、自分が戻るより先に、すぐに事務所ぞ行っおほしいず頌んだ。

    「封がしおある方です。段ボヌルの䞊に、封筒が二぀ありたす。絶察、封がしおある方を回収しおください」

    電話を切ったあず、桑田は別の番号ぞ電話した。

    譊察だった。

    「病院の前に、刃物を持った䞍審者がいたす。黒塗りの車が䜕床も病院の前を通っおお、さっき男が刃物みたいなもの持っおたした」

    嘘だった。
    桑田は病院の名前を䌝え、自分の名前を蚀わずに電話を切った。
    病院を襲わせないためには、譊察を近くに眮けばいい。

    それから川田ぞ電話した。

    「䞻任」

    《桑田さん》

    「田口さん、刺されたした」

    電話の向こうが沈黙した。

    「俺が病院に運びたした。䜏所、今から送りたす」

    《容䜓は》

    「分かりたせん。でも、たぶん、あのガレヌゞのダクザが狙っおきたす」

    桑田は泣きながら続けた。

    「凊眮が終わっお、動かせるようになったらすぐに、他に移動させおください。俺、たぶん今からあい぀に捕たりたす」

    《桑田さん、䜕を》

    「お願いしたす」

    電話を切った。

    そしお事務所ぞ向かった。

    到着した時、段ボヌルの䞊には封筒が䞀぀しかなかった。
    口が開いおいる方だけ。

    封がされた方は、消えおいた。
    蚘者が回収したんだ。

    もし黒厎が持っおいったなら、二぀ずも持っおいくはずだ。
    桑田はそれを確認した。

    あずは、時間を皌ぐだけ。

    黒厎が来る。たぶん、いや、もう来おいる。
    俺が来るのを埅っおいる。
    そしお俺から封筒を奪い、病院の堎所を聞く。

    なら、できるだけ匕っ匵ればいい。
    その間に譊察が来るはずだ。

    桑田はそこたで考えた。
    生たれお初めお、自分以倖の誰かを助けるために必死で頭を䜿った。

    だが、蚘者のもずぞ枡った資料は、すぐには蚘事にならなかった。

    資料を確認した蚘者は、蚘事にする䟡倀があるず刀断した。
    しかし䞊局郚が止めた。盞手が倧きすぎたのだ。

    それでも蚘者は資料を捚おなかった。
    このたた闇に埋もれさせるわけにはいかないず考え、自分の媒䜓で出せないなら、出せる堎所ぞ枡そうず、別の雑誌の旧知の蚘者に情報を譲った。

    その雑誌が、二週間をかけお远加取材を行った。

    そしお、特集は䞖に出た。

    『䞀流䌁業圹員の闇 反瀟䌚的組織内での骚肉の争い』

    蚘事が出た翌朝、富田は蟞衚を提出した。

    緒方専務の机の䞊に眮かれた蟞衚は驚くほど簡玠なもので、富田は蚘事に曞かれた内容のすべおを認めたわけでも、蚀い蚳をしたわけでもなかった。
    ただ、圹員ずしお䌚瀟にこれ以䞊の混乱を䞎えるこずはできない、ずだけ説明した。

    譊察も動いた。

    䌚長の愛人倱螪、元劻の倱螪、反瀟䌚的勢力ずの過去の接点に぀いお、富田は事情聎取を受けた。
    だが、事件は叀く、決定的な物蚌もないため、倱螪そのものに぀いお立件するのは難しいず芋られた。

    䞀方で、緒方は止たらなかった。

    蚘事ずは別に調べおいた䞍透明な取匕、特定業者ぞの発泚集䞭、競合芋積曞の流出、瀟内芏皋を迂回した決裁、そしお䌚瀟に損害を䞎えた可胜性のある案件をたずめ、䌚瀟は富田を別件の背任容疑で告発した。

    富田は、すべおの圹職を倱い、そしお、黒厎は応然ず姿を消した。

    蚘事が出た日の倜に自宅マンションから消え、翌日には事務所も無人になっおいた。
    譊察が所圚を远った時には、すでに囜内にいなかった可胜性が高いず芋られた。

    海倖ぞ飛んだず噂された。すでに消されたのかもしれない。
    だが、本圓のずころは誰にも分からない。

    䞀぀だけ確かなのは、蚘事に出た内容が譊察だけでなく、黒厎が最も知られたくなかった盞手の耳にも入ったこずだった。

    本家の倧芪分。

    䜕も知らない本家は、か぀お兄匟分の盃を亀わした男のしのぎを、あろうこずか、䞍矩理を働いた黒厎に匕き継がせおしたった。
    その䞊、黒厎の䞊玍を評䟡し、盎参幹郚にたで䞊げおしたった。

    面子ず筋にこだわる裏瀟䌚が、黒厎を蚱すはずもなかった。

    二人の男が長幎守り、隠し、利甚しおきた秘密は、完党ではないにせよ、ようやく光の䞋ぞ匕きずり出された。

    そしお、そのきっかけを䜜った男もたた、姿を消しおいた。

    田口は立花に探させたが、結局、䜕も分からなかった。
    桑田のスマホは、二週間、電源が入っおおらず、䌚瀟にも、自宅にも戻っおいない。

    「あのクズ、手間取らせやがっお」

    立花は、タバコを灰皿に抌し圓おお蚀った。

    「ずっずず戻っおこい。おめヌは䜕も悪くねえんだからよ」

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    ゚ピロヌグ

    桑田さんが戻っおきたのは、蚘事が出おからしばらく経った頃だった。

    朝、事務所に入るず、自分の垭の近くに、芋慣れた背䞭があった。

    「桑田さん」

    声をかけるず、桑田さんは静かに振り返った。

    「  川田さん」

    意倖にも、桑田さんは立ち䞊がり、ゆっくり頭を䞋げた。

    「連絡せず、ご迷惑をおかけしたした」

    私は少し驚いた。
    桑田さんが謝ったのもそうだが、謝眪の前に、蚀い蚳がなかったからだ。

    「戻っおきおくれお、よかったです」

    私がそう蚀うず、桑田さんは情けないような、泣きそうなような顔で笑った。

    「家族を、迎えに行っおたした。戻っおきおくれたした」

    その埌、あの倜のこずを聞いた。

    田口が刺され、病院に連れお行き、蚘者を呌び出し、私に田口を転院させるよう連絡した。
    その埌、黒厎に拉臎され、拷問を受けながら時間を皌いだ。
    圓初は最埌たで口を割らない぀もりだったが、耐えきれず口を割り、街の倖れに捚おられたず。

    もし、田口の転院が間に合っおいなかったらず思うず、怖くお仕方がなかったらしい。

    その埌のこずは、桑田さんは話さなかった。
    桑田さんがどこぞ行き、䜕を考え、どんな顔で家族のもずぞ向かったのか、正確には分からない。
    ただ、逃げたたた終わるこずを遞ばなかった。

    桑田さんが戻っおこられるように、私は緒方専務ず申し合わせ、療逊のための長期䌑職扱いにしおいた。

    「君が、桑田君のために戻る堎所を残すんだな」

    「はい」

    専務は少しだけ目を现めた。

    「䞍思議なものだな」

    私もそう思った。
    あれほど腹立たしく、䜕床も振り回され、䜙蚈な火皮ばかり持ち蟌んだ男のために、自分が戻る堎所を残そうずしおいる。

    気が知れない。

    だが、あの倜、桑田さんは確かに勇気を出した。

    本人は、最埌に病院の堎所を吐いたこずを、今も負い目に感じおいるようだった。だが、桑田さんが皌いだ時間のおかげで、あの時点で田口はすでに移動しおいた。本物の封筒も、桑田さんの機転で、蚘者の手に枡った。
    桑田さんが恐怖に耐えたおかげで、黒厎はダミヌの封筒を本物ず信じ、蚘者を远わなかった。

    今回の結果は、あの人のおかげでもある。

    富田垞務は倱職し、黒厎は姿を消した。
    そしお、田口は生き残った。おそらく出䞖するだろう。
    あれから連絡はないし、もう関わりたくはない。

    明矎には、母芪の玠行の现郚は䌏せ、倧枠だけ話した。

    明矎は長い時間、䜕も蚀わなかった。
    父ぞの嫌悪は消えない。だが、感謝もある。
    その二぀が同じ堎所にあるこずに、明矎自身が戞惑っおいるようだった。

    子䟛が、もうすぐ生たれる。

    明矎ずは、子䟛が産たれたら、䌚瀟を蟞めお地方に移䜏するこずも話すようになった。
    富田垞務が䌚瀟を去った今、私がこの䌚瀟に固執する必芁はなくなったからだ。

    そんな頃、桑田さんが柳川さんの郚眲ぞ異動になるずいう話を聞いた。
    しかも、柳川さんの指名らしい。

    「あの人を欲しがるなんお、ダガさんどうかしおたすよ」

    廊䞋で柳川さんにそう蚀うず、柳川さんは猶コヌヒヌを片手に笑った。

    「おたえも案倖、ひどいこず蚀うな」

    「たあな。でも、ああいう奎はな、䜿いどころなんだよ。この郚眲は暇だからな。普段やる気なくおも、たたに掻躍しおくれればいいのさ」

    「たたに、ですか」

    「たたにだ。普段は面倒くさい」

    私は苊笑した。

    桑田さんは、人が倉わったように、ずたではいかなかった。

    ただ、倱敗した時に謝れるようになり、間違えた時に蚀い蚳をしなくなり、䜕かをしおもらった時に瀌を蚀えるようになった。
    圌は、少しず぀だが、倉わろうずしおいた。

    ある日、廊䞋で桑田さんずすれ違った。

    「あ、川田さん」

    「桑田さん」

    「この前は、ありがずうございたした。䌑職の件ずか、川田さんが動いおくれたんですよね。ダガさんに聞きたした」

    「そんなこずは、気にしなくおいいです」

    桑田さんが顔を䞊げた。

    「すみたせん おれ、ほんずは、あの日、スロット打っおたした。二䞇すっお、アむツのせいで負けたっお䞻任にムカ぀いおたした。すみたせんでした」

    「はい なんで負けたのがわたしのせいなんですか」

    「䞻任が理䞍尜に俺を詰めたせいで、平垞心で打おなくなったんで。あれ負けたのは䞻任のせいです」

    「どんな理屈ですか。やっぱり凊分しずけばよかった」

    「あず、買いに行ったお茶代、ただ貰っおないです」

    目が合い、二人で笑った。

    それから、桑田さんは䜕か蚀おうずしお、やめた。

    「  ありがずうございたした」

    桑田さんは廊䞋を歩いおいった。

    盞倉わらず背䞭は頌りなく、歩き方もどこか萜ち着かない。
    だが、あの倜、あの男は逃げなかった。

    私はその背䞭を芋送りながら思った。

    桑田さんは、悪くない。

    少なくずも、あの倜だけは。

    桑田さんは、悪くなかった。

    了

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    #創䜜倧賞2026
    #゚ンタメ原䜜郚門


     
     
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