
退職する人の薄っぺらい話
歓送迎会の席で、私はずっとモヤモヤしていた。
理由ははっきりしている。
退職する人が、未来の話ばかりしていたからだ。
「週4で働いて、他にも収入源を増やしたくて」
「今、友達にモニターやってもらってて」
「他にも、◯◯を考えてて」
言っていることは正しい。
リスク分散は今っぽいし、合理的だし、悪くない。
でも、どこか現実から浮いて聞こえた。
というのも、その人は普段から協調性があるタイプでは、なかった。
自分の担当以外のことは「それ、私の仕事じゃないんで」と線を引き、
やる気があるのかないのかも分からず、
後回しにしていた仕事を、退職が決まった“今さら”になって片付けている。
裏ではずっと言われていた。
「あの人、辞めそうだよね」
誰も引き止めないし、理由も聞かない。
その静けさが、その人の3年間を物語っていた。
一方で、私は配置換えで担当が変わることになった。
その話をしたとき、いろんな人が声をかけてくれた。
「寂しい」
「戻ってきてほしい」
ツンデレの人には「さようなら」と言われ、
別の人には「自分で希望したの?」と本気で詰められた。
それが社交辞令でも、照れ隠しでも、冗談でも、
言葉が返ってくるという事実が、
私の3年間の積み重ねを肯定してくれた。
人は、言いたくない相手には社交辞令すら言わない。
ましてや、ツンデレの「さようなら」なんて、
距離が近い相手にしか出てこない。
歓送迎会の席で、
退職者の未来語りを聞きながら、
私はその対比を感じていた。
未来は“今の延長線”にしかない。
今を避けてきた人の未来語りは、どうしても軽く見える。
積み重ねてきた人の未来語りは、自然に説得力が宿る。
この“信頼関係を築く力”こそ、
どんな仕事でも、お客さんとの関係で必要なものなんじゃないのか。
歓送迎会でモヤモヤしたのは、
退職者が未来を語っていたから、なんか鼻につくんじゃない。
積み重ねてこなかった人の未来語りが、薄っぺらいから。
私は私で、
自分の周りだけでも平和にしていける人でありたい。
そして、我が子にもそうあってほしいと願っている。
歓送迎会中、
そんなことを考えていた。