
エッセイ『ブルーのレンズのおばあちゃん』
一昨日のことです。
私は少し高級感のあるとんかつ屋で食事をしていました。
「少し高級感のある」というのがポイントです。
キャベツのおかわりが無料だからといって、何回も頼むとこちら側が恥ずかしくなってくるぐらいの店です。
私はそこで、とんかつを食べながら、この世の真理に辿りついてしまいました。
皆さんは、この世の真理に辿りついたことがありますか。
たぶんないと思います。
ニュートンはリンゴが落ちるのを見て万有引力に気づきました。
アルキメデスは風呂に入って「エウレカ!」と叫びました。
私は、とんかつ屋で気づきました。
人類の歴史というのは、こうやって進歩していくのだと思います。
その日、店に一人のおばあちゃんが入ってきました。
四人ぐらいの家族連れでした。
そのおばあちゃんは、淡いブルーのレンズが入った、シルバーフレームの眼鏡をかけていました。
私は箸を止めました。
絶対金持ちだ。
なぜか分かりません。
ブランドバッグを持っていたわけでもない。
札束を数えていたわけでもない。
店員に、
「この店、買えるかしら」
と言ったわけでもない。
でも分かる。
金持ちです。
私は確信しました。
ブルーのレンズが入った眼鏡をかけているおばあちゃんは、間違いなく金持ちである。
例外はありません。
少なくとも私は、ブルーのレンズの眼鏡をかけて、スーパーの半額シールが貼られる午後7時45分を店内で待っているおばあちゃんを見たことがありません。
ブルーレンズのおばあちゃんは、半額シールを待ちません。
おそらく貼られる前に買います。
場合によっては定価も見ていません。
「これ、いただくわ」
です。
値段を聞かない。
これがブルーレンズです。
ちなみに、じじいの場合は少し事情が違います。
ブルーのレンズをかけたじじいも、比較的金持ちが多い印象があります。
ただし、じじいには例外があります。
たまに貧乏なブルーレンズじじいがいます。
ここが、おばあちゃんとの決定的な違いです。
私の知り合いにも一人います。
ブルーのレンズの眼鏡をかけています。
見た目だけなら、葉山に別荘がありそうです。
でも、ありません。
むしろ居酒屋で、ひと回り以上年下の私に奢ってもらったりします。
しかも奢ってもらっているくせに人生論を語ってきます。
「コーサク、お前もな、もう少し人生ってものを」
うるせえ。
まず会計しろ。
人の金で飲んでいる人間が人生を語るな。
せめて自分のハイボール代を払ってから人生について語ってください。
ブルーのレンズ越しに私の人生を見ないでください。
たぶん青く見えてるだけです。
話を戻します。
ここで一つ、大きな疑問が生まれます。
ブルーレンズのおばあちゃんは、
ブルーのレンズの眼鏡をかけたから金持ちになったのか。
それとも、
金持ちになったからブルーのレンズの眼鏡をかけるようになったのか。
鶏が先か、卵が先か。
ブルーレンズが先か、資産が先か。
哲学です。
おそらく古代ギリシャでも議論されていたと思います。
ソクラテスあたりが、
「汝、ブルーレンズを知れ」
とか言っていた可能性があります。
私はとんかつを食べながら考えました。
そして答えに辿りつきました。
両方です。
ブルーのレンズをかけたおばあちゃんは、自然にお金持ちになります。
そして、お金持ちになったおばあちゃんは、最終的にブルーのレンズに辿りつきます。
つまりこれは循環です。
ブルーレンズ
↓
金持ちになる
↓
さらにブルーレンズが似合う
↓
もっと金持ちになる
↓
シルバーフレームになる
↓
最終形態
これはまだ研究段階です。
異論がある方もいるでしょう。
「ブルーのレンズをかけた貧乏なおばあちゃんだっているだろ」
いるなら連れてきてください。
私の前に。
逃げも隠れもしません。
東京の上の方に住んでいます。
ただ、いきなり家まで来られると怖いので、できれば駅前ぐらいでお願いします。
私はそのおばあちゃんのブルーレンズを確認し、預金残高を確認し、正式に謝罪します。
逆に本当に金持ちだった場合は、私の説がまた一つ補強されます。
Googleも知りません。
Amazonも知りません。
Metaも知りません。
AppleもMicrosoftも、おそらくまだ気づいていません。
世界中の企業が何兆円という金を使ってビッグデータを集めている中、
私はとんかつ一枚でここまで辿りつきました。
マーケティング業界の皆さん。
この情報、無料です。
ぜひ活用してください。
皆さんもまた有益な情報を得ましたね。
コーサクの記事は役に立つことばかりと拡散してください。
そしてブルーレンズが似合うような老後をみんなで目指しましょう。
お付き合いいただきありがとうございました。