
小説【火影の廻りで】第八話
※本作は【蒼き火影】のスピンオフ作品です。
単体でもお読み頂けます。
前回の物語はこちらです。
蒼穹の空の下で
戦世を超えた、燈火の縁
栄徳と茂子の眼は真っ赤に充血している。
ただマシの話を静かに聞き入るだけだった。
「ちまるとぅくる、くのいくさをわーみぬむちゅで生きとぅおぅちぇー、マカトぬ次男ぬ朝唯(ちょうい)、うんでぃ茂子とぅわーみぬみっちゃいだけあたんさ。 うの朝唯ん、せっかくシベリアからけーてぃちゃんーに、ひとぅとぅしもせんうちに、どぅーでぃ死に道選んでぃ。 くれーだけー、マカトんかいむーし訳が立たんぐとぅ、ちむぐるしゃるくとぅあたんよー」
標準語意訳
(結局、この戦さを私の眷族で生き抜いたのは、マカトの次男の朝唯(ちょうい)、そして茂子と私の三人だけだったのさ。その朝唯もせっかくシベリアから帰って来たのに、一年もしないで自分で死を選んでしまった。これだけはマカトに申し訳が立たなく辛いことだったよ)
「ほら、道みちぬむかー側にとぅーちぶぬ空き地がをぅるはず、あそこが朝唯ぬかりやーぬ建てーをぅったとぅくるさぁ。 ちむぬ優し過ぎをぅたがやーねー。 何時ん、寂しそうに、『倒れちゃならない、祖国の土に、辿りつくまで、その日まで……』てえ、異国の丘を歌てーをぅたんよー。 なまうむい出じしても、なだぬ落てぃちゅーるよー」
標準語意訳
(ほら、道路の反対側に十坪の空き地があるだろう、あそこが朝唯の仮寓が建っていたところだよ。気持ちが優しすぎたのだろうね。いつも、寂しそうに『倒れちゃならない、祖国の土に、辿りつくまで、その日まで……』って、異国の丘を歌っていたね。今思い出しても、涙が出てくるよ)
「なかうじぬユタぬ言ゆんくとぅんわかゆん気がすんよー。 んまり替わりんでぃ言ちゃーねー、若むんたーに笑わるしが、敦とぅあいてぃのひとぅにゃー、やっぱりマカトとぅぬ、ぬーがしらぬ深いいんぬをぅるはずさぁ」
標準語意訳
(仲尾次のユタが言うことも分かるような気がするよ。生まれ変わりなどと言ったら、若い人には笑われるけれど、敦と相手の人にはやっぱりマカトとの何かしらの深いえにしがあるのだろね)
「うむいけーせーねー、茂子ぬ合わす人ー、うなじむんちゅーでぃ考げーてぃをぅったしが、古堅ぬぬーしとぅうむい合いになってぃ、いちがいちでも一緒に成らしてぃくぃみそーれーんでぃ言ゆむん、時代ん合わち当人たーぬちむを一番に考げーたんさぁ。 確にあいてぃひとぅに不自由ぬをぅるくとぅー大変やしが、ありてぃんんでぃ敦が言ゆん考げーー、ぬーがしら叶わしてぃあぎたらいーこーぇ」
標準語意訳
(思い返せば、茂子の結婚相手は同じ門中でと考えていたけど、古堅のご主人と恋仲になってどうしても一緒にさせて欲しいと言うから、時代に合わせて当人同士の気持ちをいちばんに考えたんですよ。確かに相手の人に障害があるのは大変なことだけども、それでもどうしても敦が結婚したいと言うのなら、なんとか叶えさせてあげたらどうだろうか)
栄徳と茂子が知り合ったのは、越来村(ごえくむら)の労務者キャンプだった。
寄宿舎などとは名ばかりの、クォンセット・ハットと呼ばれた半円形のトタン小屋の長屋。
それぞれの長屋を夜ごと抜け出し、戦火で荒れ果てた越来グスク(城)へと走った。その崩れかけた石垣の横のアカギの大木の下で秘かに逢った日々を想い起こした。
若く熱く燃えていた。
廻りなど見えなかった。
ただただ一緒になりたかった、それだけだった。
自分たちも親や親せきを強引に説き伏せて、結婚したのだった。
「ふたりにくのぐとぅるんかしばなし、とぅしてぃみたんしが、ぬーがしらくぬゆるー、マカトがくまんかいちーてぃ喜んでぃをぅる気のしてぃならんさぁ」
標準語意訳
(ふたりにこんな昔話を長々としてみたけど、なんだか今夜はマカトがここに来て喜んでいるような気がしてなりませんよ。)
マシはそう呟くように言うと、古くから伝わる組踊(くみうどぅい)の演目『二童敵討』の散山節(さんやまぶし)を、二揚(にあげ)の旋律にのせて物悲しくひとり謡い上げた。
「クヌカラガヤユラ(このからがやゆら、) マタウガムクトゥン(また拝もことも、) キユヌンヂタチヤ(けふの出立や) サダミグリシャ(さだめぐれしや)」
現代語訳
「このまま永久の別れとなるのか 再びお目に掛かることがあろうか 今日の別れは 予想が付かない」
その謡いは、晩夏の夜風に乗って勝山の深い森に沁み入っていくようだった。
赤羽の駅ビルの喫茶店。
由美と由紀恵の席の向こう側には池袋や新宿の高層ビルの赤や白の灯が煌めいている。
「私も敦さんも、全部を信じてる訳ではないのよ。わたしだってこんな体になって、今までどれほど運命を恨んできたか分からないわ。でもこうして、みんなに祝福されて一緒になれたのは、いろいろな人の縁に導かれたのかなぁ、って思っているの」
由紀恵の胸には、夜の帳に沈み、もうとっくに見えなくなった、荒川に並ぶ赤と青の大きな水門が浮かんでいた。
前編 蒼穹の空の下で 了
※戦世(いくさゆ):沖縄戦、そしてその前後の苦難の時代を意味する沖縄の言葉。
次回からは後編 冬の海峡の町で となります。
※この物語はフィクションです。時代考証、沖縄方言については、関連資料を参照のうえ、一部AIも活用しています。