
妄想は逃避じゃない。燃料だ。
妄想は尽きない。
もし明日世界が終わるなら、何をするだろう。
最後の晩餐は、何を食べるだろう。
人間が巨人になれたなら、今より生きやすくなるだろうか。
好きな漫画の中から好きな能力を一つもらえるなら、何を選ぶだろう。
もう一度過去に戻れるなら何をするだろうか
20代も後半に入り、私にとっての現実はまだ厳しい。
日々ストレスに侵されていると気づくたび、私は妄想する。
現実と妄想を混ぜて、頭の中をシェイクする。
感情には、確かなエネルギーがある。
怒りも、焦りも、やり場のない気持ちも——そのまま抱えていたら、いつか噴き出す。
「自分はこうじゃなきゃダメだ」と自分を縛って生きるのは、結局のところ他人の評価軸で動いているだけだ。
そうやって消耗することに、一体何の意味があるのだろうか
その感情が、曲になることがある
言葉になることがある
走ること、踊ること、
何かを表現することへとつながっていく
妄想を経由することで、エネルギーは形を変える。
変えられない現実を、無理に変えようとしなくていい。
自分のコンディションを整えてはじめて、まわりに優しくできる余裕が生まれる。
弱さを認め、受け入れる。
その「許可」を自分に出した時、ようやくエネルギーは動き始める。
神様になりたいわけじゃない。
やりたいことを自由にやって、受け入れられる範囲のストレスと付き合いながら、それをまた生きるための燃料へ変換し続ける。
そんなふうに、自分の生活を少しずつ発展させていきたい。
妄想は、逃げじゃない。
燃料だ。