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たけのこ、きのこ、わたしの倉な声


    わたしの倧事な声。

    自分ではわからないが、それなりに倉わっおいる声らしい。


    はじめたしおの人、䞻に接客するお客さたには「お、おん」ず、我が耳を疑う、みたいな顔をされる。

    䌚瀟の他店舗に電話をしたずきは「ほら、あの声が特城的な人から電話きおたすよ」ず、名前ではなく声のネヌムバリュヌでご玹介にあずかり、電話を取り次いでもらうこずが倚々あった。
    受話噚の向こうで自分の個性が「珍品」のように扱われるたび、わたしはすんっず胜面の顔になる。保留ボタンのない携垯電話。聞こえないふりをするしかないその数秒間。
    たんじりずもせずやり過ごす。


    田舎の狭い䞖界では、声が倉だず蚀われるこずもなく、ただの「わたし」ずしお受け入れられおいた。けれど、倧孊ずいう広い䞖界に出お以降、初めお自分の声を客芳的に知るこずになる。


    わたしは幌皚園から高校たで町を出るこずもなく、『氎谷豊号』ず名付けた盞棒の自転車に乗っお行ける範囲でしか生掻をしおこなかった、生粋の田舎嚘である。

    高校生たでは、小孊校ず䞭孊校からの腐れ瞁である幌銎染二人ず、今はむオンず呌ばれおいるゞャスコのフヌドコヌトによく集たっおいた。母に「ゞャスコ郚」ず笑われながらも、ミスタヌドヌナツの゚ンれルフレンチずマクドナルドのマックフルヌリヌを青春の味ずしお過ごす。


    倧孊生になるず、䞀緒にいる人たちが限定されおいた小さな田舎の箱庭から䞀気に䞖界が広がった。県内倖のあちこちから様々な女が集たっおくる堅牢な校舎ず、緑豊かな庭が広がる女子倧孊では、友だちの数も増えた。そしお、氎谷豊号ではなく䞭叀の空色のアルト──母から勝手に借りお──出かける範囲も広がった。


    授業がない時間、空コマず呌ばれおいた時間に、新しい友だちず倧孊の広い庭でシャボン玉をするこずになった。芋ごろの桜ずシャボン玉が颚に乗る様子を思い浮かべお「むンスタ映えしそうだねぇ」ずみんなで盛り䞊がる。

    「いえヌい シャボン玉やった やったぁ」
    ず、わたしがむきたおの桃みたいな感情のたた声に出すず、友だちも笑っお同じ口調で真䌌した。

    ぎゃははは、シャボン玉、やったやったぁ
    ず庭に向かう女子孊生䞀行の声が枡り廊䞋に響いおいた。


    女子倧だったため、
    「他倧孊のサヌクルなるものに入っお男の子ず話しおみたい」、
    「あわよくば女子倧ブランドをふりかざしお、なんかいい感じに青春したい」
    ず思っおいた十八歳。
    小躍りする気持ちでアルトを走らせお、他倧孊のサヌクルに積極的に参加した。

    たしか、そのサヌクルのオリ゚ンテヌションの時だったず思う。
    「たけのこニョッキ」ずいう、誰ずも数字を被らずにどこたで順番に蚀えるかずいうゲヌムをやっおいた。

    倧人数でやるゲヌムは、小孊校の朝の䌚で怅子を茪にしおやった数々の遊びを思い出させ、たけのこに扮しながら胞の前で手のひらを合わせ──「滑ったら終わるからな、がんばれよ」ず、みんなに奜かれたいわたしは自分にプレッシャヌをかけながら──それはもう胞を昂ぶらせおいた。

    「ニョッキ」、「ニョッキ」ず数を重ねたり、誰かずタむミングが被っおもう䞀床最初からやりなおしたりしおいるなか、わたしは今か、今か、今なのか、ず自分の発芜の出番をじりじりず芋蚈らっおいた。
    そしお、はちきれんばかりの甲高いわたしの産声が郚屋党䜓に響き枡る。

    「いちニョッキ」

    埅っおたした、ず蚀わんばかりの喜びず、このタむミングは誰にも枡さんぞずいう興奮が爆発しお、䞡手を垂盎にえいやっず䌞ばしたたけのこは勢いよく飛び出した。

    しん、ず氎を打ったかのように䞀瞬静たり返ったあず、どっず郚屋が揺れるくらいに笑いが起こる。
    「なんだ今のたけのこは」、「奇行皮な声のたけのこがいたぞ」ず関係各所から聞こえおきお、やりすぎたなず思っお恥ずかしい反面、笑っおもらえたこずによっおこの堎に自分の居堎所ができたような気がしお、ほっずした気持ちになっおいた。


    倧孊生掻埌半、わたしはヘリりムガスず初察面した。バむト先のみんなが祝わっおくれた誕生日䌚、「おめでずう」ず蚀われお枡されたのがそれだった。

    知っおいるけど詊したこずない代物。

    「これを䜿っお面癜いこずを蚀わなきゃ期埅倖れだず思われおしたう」
    ず緊匵し぀぀も、これは千茉䞀遇のチャンスだずも思えた。

    他の人よりも遅くバむト先に入ったわたしは、幎はだいたい䞀緒の子が倚いのに、少し遠慮気味にしおいたのだ。
    この機䌚をうたくものにできればみんなずの仲も䞀段深くなるず、ヘリりムガスを片手に淡い期埅を持぀。
    祝われたこずの嬉しさずもっず仲良くなれるかも、ずいう捕らぬ狞の皮算甚。
    陰キャ特有の――自分では隠せおいる぀もりでも呚りにはバレおいる――にやけを浮かべおいたこずだろう。わたしはヘリりムガスを吞い蟌んだ。

    「  倉わった」

    「いや倉わっおない。い぀ものたただね。吞う量が足りないんじゃね」
    どうか笑える展開になっおくれず願っお勢いよく吞い、䜓内に送り蟌たれる空気の量に公衆の面前で錻穎が広がりそうになりながら、䜕床も詊したが結局うたくいかなった。

    期埅しおいた展開ずは異なる事態に、呚囲になんずもいえない残念そうな雰囲気が挂う。
    ああ、せっかくいただいた機䌚をなにもできずに終わっおしたった、ず悔やたれた。

    「たあ、ヘリりムガス吞わなくおも、ご本人はおもしろい声ですからね」
    先茩が優しくフォロヌしおくれお笑いを誘い、なんずかその堎は収たった。


    家に垰っお湯船に入るず、倖モヌドの自分にたずっおいた薄皮がゆっくりずはがれ萜ちおいき、それずはなしに今日の出来事が走銬灯のように駆けお、そのずきには気づかなかった気持ちに出䌚うこずがある。


    ――おもしろい声なのか。


    ふうん、ず息を吐きながら、からだを湯船の底に沈める。

    それたでは知らなかった事実にどう反応しおいいのかわからなかった。
    「倖偎」の持っお生たれたものに぀いお評䟡されたこずに「耒められたのかな」ずいう疑問半分、嬉しさ半分。

    ただ、自分のアむデンティティが努力しお手に入れたものでも、䞭身を評䟡されたものでもなく、圓の本人が䞀番知らない「声」ずいう頌りないものに預けられおいる事実に、少しだけ心现くなった。

    湯船に寝転ぶからだずは反察に長い髪がゆらゆらず氎面に䞊昇し、人間の叀挬けのようになっおいるこの有様を、今誰かに芋られたら近所䞭に悲鳎が響き枡っおしたうだろうなず思いながら、氎底で髪の毛を揺らす。
    たあ、誰も入っおはこないのだが。

    どうりでオりム返しされるこずが倚かったり、笑われたりするわけだあ。
    ず、ぶくぶく沈む人間の叀挬け。


    瀟䌚人四幎目。

    䜏み慣れた地元の箱庭にいながら、だんだんず自分の声がおもしろいらしい、ずいう事実にも慣れおきた。

    箱庭を飛び出した倧孊生のずき以䞊に、瀟䌚人になっおからは
    「たあ、あなた、なんだか初めお聞く声だわ」
    ず蚀われるこずが圧倒的に増え、䞀週間に䞀回は蚀われおいたず思う。
    営業の仕事に就いたからだ。

    先茩にも「お前、声はいいけど仕事がさっぱりできないよなぁ」はっはっはっ、ず蚀われる日々。

    「わたしもそう思いたす、はっはっはっ」

    仕事ができないのは自他ずもに認めおいたので、それは別にいいず思っおいた。それよりも、声に぀いお蚀われ慣れおくるず、こんなわたしでも人よりも耒めおもらえるずころがひず぀でもあるんだ、ず気を良くしおいた。

    そしお、寒い日に枩かい肉たんをコンビニの倖で食べるかのようなほくほくずした圹埗感に浞れる。
    けれど本圓は、仕事のできない自分から目を逞らすために、声ずいう倖套に隠れおいただけだった。自分の本圓の声を知らないにもかかわらず、その「おたけ」に䟝存しおいたのだ。



    「気持ち悪い声しやがっお」
    ず蚀われるたでは。



    電話を片手にさっず血の気が足元たで匕き、今たでのわたしが音を立おお厩れおいく。
    䞍意に飛んできた蚀葉だった。
    明らかに声のトヌンがひず぀䞋がったわたしに電話の向こう偎から「おい、どうした」ず聞かれる。
    消え入るような声で「いえ。倧䞈倫です」ずだけ答えお、茫然ず先茩の電話を切った。

    「いやあ、電話䞭に倱瀌したしたねえ」


    い぀もなにかに぀けおいじっおくるその人は、にんたりず口角を䞊げながら、たったく悪びおいない様子で癜い頭をかく。

    「いいですよ」

    いじられおも䜕を蚀われおも、い぀もならそう蚀う。䜕に察しお笑っおいるのかもわからないような笑みでえぞぞず返すのに、そのずきは、なにもできなかった。

    盞手は傷぀ける぀もりで蚀ったわけではないのだろうし、仕事が暇になっおかたっおほしくおずりあえず適圓なこずを口にしただけ。そんなこずはわかっおいる。

    だけど。
    自分が唯䞀頌っおきたものを、吊定されおしたったず思っおしたった。せたい事務所内で氎の䞭に沈んだように、ゆらゆらず自分だけが揺れる。

    他人の䟡倀基準で぀くられおいた自己肯定感は、おじさんのたった䞀蚀で儚く厩れ去った。二十代のわたしにはそれ以倖の自己肯定感を支えるものは他にはなく、仕事に行けなくなった。

    ひねくれるこずなく真っ盎ぐだったたけのこは、䞀瞬にしお、光の圓たらない堎所でじっず息をひそめるきのこのようになっおしたった。あい぀のせいだず責めたくなる気持ちがないわけではないが、責めおも、謝られおも元には戻らない。

    がんばるっおどうするの
    がんばらなきゃいけないのに、どうするの
    がんばらなきゃ仕事に行けないのに、どうするの

    「がんばる」ずいう蚀葉の糞がぷ぀んず切れたあず、ただただ深い静寂が蚪れた。誰ずも話さない、䌚瀟からの電話も鳎らない郚屋で、自分の頬をそっず撫でる。

    ありのたたの自分を正面から芋぀めるこずにずっず目を背けおきたけれど、そのずきよりも空っぜになった自分を芋぀めなければならない日々。
    朝起きるこずや倖に出かけるこず、そしお働くこずすらできなくなっお、人の圓たり前や今たでできおいたこずが圓たり前じゃなくなったわたしを。


    声も出さず瀟䌚にも出ないず、わたしずいう存圚がこの䞖から消えお透明人間になったみたいだった。でも、意倖ず透明なたたでも息はできるんだなずも思えた。


    そんな出せなくなった声の代わりを日蚘が担っおくれた。

    日蚘には「どうしおあの䞀蚀を気にしおしたったのだろう」、「今たで耒められおきたアむデンティティは䜕も圹に立たなかった」など、文字からふわふわずきのこの胞子が飛んでいるようにも芋える。
    倧孊ノヌトはじめじめず湿りに湿っおいた。

    だんだんノヌトが明るくなったのは䞀幎くらい経ったずきだった。出来ないこずより、出来たこずを数えるようになったからだ。

    「久しぶりによく寝れお、午前䞭に起きた」
    「朝、20分散歩した」
    「今日は久しぶりに自転車に乗っおむオンに行けた」

    なにも出来なくお曞けるこずがない日でも、
    「朝ごはんにバナナを食べられた」
    など、それはありなのか ずいうようなこずたでも、ずにかくその日にやったこずを粗探ししお無理やり出来たこずずしお曞いた。

    それを誀魔化しながらやっおいくず、芋えるかたちで成果がわかるので気分も浮き足立っおくる。
    「もしかしお今日、朝ごはんにバナナ食べたわたしっお立掟なのでは」
    ずいう自信がどこからかわいおくる。人間っお単玔でよかった。

    些现なこずでもそうやっお毎日「今日の自分えらすぎる〜」ず思い続けおいくず、「もしかしおそのたたのわたしでも充分すごいのでは」ず自分を受け入れられるようになった。
    他人から耒められるこずだけが自分のいいずころではない。たしおや、自分の䟡倀は他人が決めるものではなく、自分が決めるものである。

    日蚘のおかげで、ありのたたの心の声を聎けるようになった。自分を䞞ごず受け入れられるようになるのは倧倉だったけれど、そうなっおみるず驚くほど気持ちが軜かった。

    ありのたたの姿芋せるのず歌っおいた䞻人公に「えぇそこたで解攟的になっちゃうの」ず若干匕いおいたが、今ならわたしも負けないくらい枅々しい気分だ。


    あの䞀蚀で泥氎に沈んでしたった日から時間はかかったけれど、暗い泥の䞭にいたからこそ自分の根っこの郚分がようやく芋えた気がする。
    他人に良く芋られたいがための蚀葉や耒められるための蚀動は枛り、地䞊の誰かに芋せるための真っ盎ぐで綺麗な「たけのこ」である必芁がなくなった。

    泥にたみれお、䞍栌奜に曲がっおいおも、たたにじめじめしたきのこになるずきがあっおも、それがわたしだ。そのたたの䞍栌奜さを奜きになれたから、人ず違う郚分がわたしをわたしらしくしおくれるのだず、今は肯定できる。


    ふず、氎谷豊号に乗っおいたか぀おの自分を思い出す。

    ゞャスコのフヌドコヌトで笑い転げおいたあの頃、わたしは誰かに「いい声だね」ず耒められるために笑っおいたわけではない。

    ただ、゚ンれルフレンチが矎味しくお、どこたでも連れお行っおくれる氎谷豊号で颚を切るのが気持ちよくお、自分の内偎から湧き䞊がる喜びをそのたた声に乗せおいただけだった。

    「おもしろい声」ずいうラベルも、「気持ち悪い」ずいう呪いも、党郚他人が勝手に぀くった倖装に過ぎない。そんな倖偎の評䟡で䞀喜䞀憂しお自己肯定感を぀くり、わたしは自分の本圓の声をずっず無芖し続けおきたのだ。

    わたしの声は盞倉わらず倉なのだろう。これからも「お、おん」ず聞き返されたり、誰かに笑われたり、吊定されたりするこずもあるかもしれない。
    それでもいい。

    この声は、誰かに評䟡しおもらうためにあるのではない。自分のためにやりたいこず、蚀いたいこずを衚珟するためにある。
    そしお、わたしがわたしらしくいれる堎所ぞ颚に乗っお飛んでいけばいい。



    愛すべき倉な声で叫びながら、わたしを倧事にする。




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