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香り

    街を歩いていて、
    ふと懐かしい香りが
    鼻をくすぐることがあります。
    すると、
    私の記憶は一瞬で、
    あの凸凹道が続く幼い日の景色へ
    と、飛んでいくのです。

    それは、
    五感が揺さぶられるような、
    不思議な体験の始まりでした。


    これは、私の幼い頃の
    記憶の断片です。



    凸凹道を遅れないよう急いで歩く。

    今日は特別な日。

    景色など無い。

    花の足元を見ている。


    ガタンガタン

    ゴトン

    キキーッ

    見上げると電車通り。

    市電が揺れながら通り過ぎていく。

    さっきまでの急ぎ足訓練は終わり。

    良かった。


    わぁ!

    良い香りがする。

    さっきまでの土埃とは打って変わって、

    ベーカリーから焼き上がったパンたちの芳醇さに包まれる。

    お店の前にはお客さんが出たり入ったりですごい。


    私は花に連れられ一緒に入る。

    ツイストされたパン、あんパン、食パン、惣菜パンたちが

    木のトレーに焼き立てが並んでいる。

    そこに大好きなバターロールがあった。

    しかし遠い。

    大人の間をするっとすり抜け、

    赤いテープでしっかり閉じられた、

    ビニール袋に入ったバターロールをしっかり一袋持った。

    でも私の表情は固い

    でも周りの事なんて気にしないでいよう。

    自分が手に出来て、

    もう勝利だもの。

    私の幸せを確保したのよ。

    花は苦笑い。


    お店の女主人はそんな少女を見てにっこり。

    私は少し戸惑っていた。

    花が会計を済ませたその時、

    焼窯からの焼き立てバターパンを白い紙にふんわり包み、

    「はい。どうぞ。」

    と、店の主人が私にそっと手渡してくれた。

    潰れないようしっかりふんわり持つ。

    『どうもありがとう。』

    戸惑っていた私の表情は笑顔と安心に変わった。

    『さようなら。』



    それから石畳の小路を通り過ぎた。

    凸凹道とは違った何かしっとりした感じがする。

    ここだけ雨降り?

    急に左側に何かが見えた。

    そこに立っている梟が開店の合図。

    今日はドキドキする事が続いている。

    『ここに行くよ。』

    花の後にピッタリくっついてお店の中へ。

    チリンチリン

    チリン

    「はい、いらっしゃいませ。」

    『あの、薬草酒が欲しいのですが。』

    と、花が言った。

    「はい、こちらへどうぞ。あの、それぞれに…」

    花と店主が少し先にある椅子に腰掛け話をし始めた。


    お店は薄暗く、不思議な雰囲気。

    湿布の香りがドアに広がっていたのを思い出す。

    でも、なんか違う香りがする。

    なんだろう。

    初めてだわ。


    お店の中は広い事に気が付いた。

    まだ中が続いている。

    長い奥?

    えっ?

    壁一面が壁ではなく、天井まで棚だった。

    小さなやかん、秤、時計、懐中時計、器具、

    まだまだ沢山が、所狭しと並べられていた。

    ここも薄暗く、

    何か小さな梟の眼がキラリと光った。

    こちらを見ている。

    いやっ!



    白い煙がフワフワ流れてきて私は少し浮いて立っていた。

    体中白い煙に包まれている。

    何も声が出ない。

    でも怖くなかった。

    私だけ特別な感じで優越感に浸っている。

    魔法なの?

    これ、何だか良い気分。

    不思議な所だなって、

    頭の隅で考え始めた途端、

    煙が雨のような粒と混じって流れてきた。


    『何この香りは?』


    湿布のと混じった初めてのそれ。

    強烈に鼻の奥へと走ってくる。

    着ているお気に入りのスカートや朱色のジャケットが

    全てその粒に纏われていった。

    目を閉じ、またふわりと飛べるか確かめてみる。



    コポコポコポ

    シュー


    この音 素敵!


    花と店主の話し声が聞こえてきた。

    一緒に楽しそうにしていた。

    こちらへ座るよう促されたが、

    断った。

    その途端、木の板に足が着いた。

    この木には文字が刻まれている。

    古くから伝わるもののように…

    板は幾何学文様にはめ込まれたように

    複雑に床を形成していた。

    暗くて見えない。

    触ってみる。

    やわらかいはずはないが、そんな気がする。

    冷たくない。

    文字の部分は硬く何か言いたげだ。

    少し怖い。

    さっきの模様の一部が浮いていた。

    えっ!



    更に鼻に通る香りがして来る。

    さっきより強い。

    目が回る。

    奥から美しい女性が現れ、

    私に手招きしてきた。

    私はそのままカウンターの椅子の隣に座った。

    背の低い椅子で、皆を高く見上げる形になった。

    でも、

    いつも見上げているからいいもの。

    ふんっ。


    黄色や赤色の可愛いお花の模様が描かれた

    カップに注いでくれた。

    お皿には角砂糖が3つ。

    固い砂糖を口へ入れてかじった。

    初めての経験。

    甘い、とても。

    黒くて熱いこの飲み物を一口飲む。

    飲まなきゃ。

    お上品に。

    お砂糖と混じって美味しい!

    なんて飲み物か知らないけど、

    きっと特別ですごいのね。

    私は空想の大人の自分を楽しんだ。

    二口目は進まなかった。

    一口目で満足したし、もう飲めなかった。

    見上げたら美しい女性は消えていた。

    どこ?

    なぜなのかしら?

    もしかして、あの木の板の模様に何か…

    それともあの下に地下へ通じる扉が…



    花に連れられお店をあとにした。

    外は明るく太陽が照っている。

    街路樹に渡り鳥がいて、

    忙しそうに話をしていた。

    帰る小路は緑に囲まれ気持ちが良い。

    足取りは軽やかになっていた。



    振り向いた。

    そっと。


    戻りたい!



    花が何か言っている。

    私は下を向いて歩き、

    さっきまでの事を頷くふりをして考えていた。

    フワッと甘いバターパンの香りが

    手提げ袋からする。

    蝶々と満開のデイジーの刺繍模様。

    お気に入りバッグだから安全だ。

    バターロールと違っていたなぁ形が。

    どんな味なのかしら?

    嬉しいな。

    見上げると、

    黄緑色の大樹のアーチを潜って歩いていた。


    ササッ

    キキッ

    キュルッ


    えっ!

    縞リスが見てる、こっちを

    何か不思議そうに。


    『花、ねぇ私を見てるの。あのリスが、あそこに、』


    『何?どこよ。いないわよ。』


    すたすた花が歩いていく。

    もういい、知らないっ、

    もう教えてあげない。

    こんな良い事はやっぱり独り占めしていよう…


    私はもしかしたら

    あの煙の世界から

    何か変わったの?

    そのほうが良い、

    楽しいもの。



    気が付いたら

    お客様の声がした。

    もう夜だった。

    星がキラキラ綺麗だ。

    遠くにお月様も見えた。

    好きな窓辺に居て

    しばらくの間、

    今日の事を考えていた。


    こっそり手提げ袋の中を探った。

    ああ あった。

    固い香り…

    窓辺に腰掛けて

    バターパンをかじる。

    美味しい!

    柔らかい所は口の中で溶けていく、

    固くなった所は小麦の香りがした。


    誰にも取られない

    私だけの時間。

    自分で胸を抱きしめた。

    嬉しい


    あれっ?

    ポケットがガサガサ音がした。

    角砂糖!

    白い紙に包まれた固いお砂糖1つ


    大切にしまっておこう。


    ガリ版刷りのお手伝いでもらった

    その紙をちぎって

    白い紙の上から包んだ。


    それから数年後~
    あれから時は流れ、
    家族で囲んだクリスマスの夜。
    プレゼント交換のくじ引きで、
    私の手元にやってきたのは、
    ガラスでできた
    梟のネックレスでした。

    あの時、
    薄暗い店内で私を見つめていた、
    あの鋭くも綺麗な眼光。
    偶然手にしたその輝きは、
    まるであの日から私をずっと
    見守ってくれていたかのように感じます。

    あの日の薬草の香りと、
    バターパンの温もり、
    そして
    ポケットの角砂糖。
    それらは
    形を変えながら、
    今も私という人間を、
    優しく形作ってくれています。

     
     
    薬草師ジェルメ🐾は小さな不思議を綴り、 うさぎラブと女主人のハーバリス店開店中🌿🐇 🪨石の精霊の算数魔法教室もこっそり開講中✏️ アンバー探検💎物語も再始動! 小さなお守りのかけらはこちら 👇 https://suzuri.jp/moonlitdropatelier

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