
MOON TABLE|#4 ✳︎名前で近づく距離✳︎
〈side MICHIRU〉
土曜日。約束の10分前。
待ち合わせ場所には、すでに新星くんの姿が。
「新星くん!えっと…お疲れさまー」
「んははっ!ちょっとみちるさん。仕事じゃないんだから」
「だって…」
休日に会うのは初めてで、どう声をかけたらいいのかわからなくて、思わず“職場の調子”が出てしまい、第一声で笑われた。
こんなことも慣れてない自分が恥ずかしい…
「おはよ。みちるさん」
「…おはよう」
そっか。おはよう、ね。
よし、覚えた。次は間違えないようにしよ。
「カラダ動きそうですか?」
「うん。少しストレッチしてきたよ」
「明日きっと筋肉痛やばいよ」
「新星くんの若さなら明日かもしれないけど、この歳になると時差がね…週明けが怖いかも」
実は1人では勇気が出なくてできなかったけど、以前からスカッシュには興味があった。
運動自体が久しぶりで、始まる前から結構わくわくしてる。
着替えを終えて「お待たせー」と新星くんの元へ向かうと、先にレンタルしてくれていたラケットとボールを並べて、真剣に写真撮影中。
「うまく撮れた?」
「はい、もうバッチリっす。そういえばみちるさん、部活何やってたんスか?」
「帰宅部」
「あー、ぽい。…ふふっ」
「あ!その笑い失礼なんですけど!」
呼び方が、また名前呼びになっていてドキっとする。
週明けの会社では変わらず苗字呼びに戻っていたから、プライベートでの明らかな線引き。
名前を呼ばれるたびに、ココロが近づいていくみたい。
少しだけ浮き足立っていて、心なしかお互いにいつもより砕けた雰囲気で交わされていた。
⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎
〈side SAKUTO〉
「あれ?うまくない?」
ものの数回壁打ちしただけで、彼女はすっかりコツを掴んでる。
カラダを動かしたいってことは、運動嫌いではないと思っていたけど、ここまで動けるのは意外だった。
「球技は好きだけど、指導されるのが嫌で部活入ってなかっただけなの」
「へー、意外!そんな一面もあるんスね」
「ホントはバレー部入りたかったけど、外周走るとか無理だし」
「俺、バレー部でしたよ」
「あー、ぽい」
「それ、さっきのじゃん」
「仕返しー!」
それより部活に入らなかった理由も意外すぎて、普段の仕事ぶりからは全く想像できない彼女の一面が知れて嬉しい。
〈side MICHIRU〉
「はー!さすがに鈍ってるー!けど、やっぱりカラダ動かすの気持ちいいな」
「ですね。あ、これから月イチでやりましょうよ!」
「それいいね!ふぁー、たしかにこれは絶対筋肉痛くるやつだわ」
「回数重ねれば、きっとカラダも慣れますよ」
久々に気持ちよく汗を流して、気分が高揚している。
いまこのタイミングを利用しないと。
これを逃したら、きっと言えなくなるから。
「朔斗くん、は、さぁ…、」
「…」
やばい。
初めての名前呼びに意気込みすぎて、言葉がひっかかってしまった。
あまりの不自然さに、顔が熱くなってうつむく。
反応がないのも怖くてそろりと顔を上げると、耳まで真っ赤な朔斗くんの顔。
「不意打ちでそれは、ずるいっス」
…っ、かわいい。
この、ぶわりと浮かび上がった感情はなんだろう。
まだ名前をつけることはできないけれど、なにかが動き出した気配がした。