メインコンテンツへスキップ
見出し画像

MOON TABLE|#2 相合傘がつくる結界

    〈side MICHIRU〉


    慌ただしく終えた案件の雑務も概ね片付き、久しぶりに定時に仕事を終えることができた。
    ちょっと贅沢なデザートでも買って帰ろうかなと少し気分が浮つく。
    こころなしか足取りも軽くエントランスまで来ると、自動ドアの向こうは雨。
    かばんを探って折りたたみ傘を出そうとするも見当たらない。


    「あれ?うそ…」


    昨日も降ってたから置き傘で帰ったよね。
    思い返してみると、出がけにかばんの横に置いてたな、私。
    あー、もう最悪。
    さっきまでの浮ついた気持ちは萎んでしまって。
    デザートを買うためにどこかに寄る気力なんてなくなってしまった。


    「傘ないんスか?」

    「今朝かばんに入れたつもりだったのに置いてきたみたい」


    すぐうしろから新星くんの声がして、いつのまにかそばまで来ていたことに気づく。
    当たり前みたいに隣に並んで立つ彼に、胸がキュッとして視線がさまよう。
    こんな距離が自然になる日が来るのかな。


    「もうすぐ止みそうではあるけど…駅まで一緒に行きましょ」

    「いいよ。大丈夫。止むまで待つよ」

    「せっかく早く上がれたのに、ここにいたって時間もったいないじゃないですか…ね?」


    ほら。と男性用の大きなネイビーの傘を広げて待ってくれてる新星くん。
    もうこれは、私が動かなきゃ終わらないやつだ。
    思い切って傘の中に入る。


    「ほら、もっと寄らないと濡れちゃいますよ」


    ぐっと肩を引き寄せられて、一気に距離が近くなる。
    新星くんの体温が、すぐそばにある。
    耳の近くで彼の呼吸を感じる。
    世界が、狭くなったみたい。


    「今週末、デートしません?」

    「え!?急だね」

    「予定ありますか?」

    「…ないけど」

    「……って、いきなり部下と休日2人で過ごすのキツいっスよね。とりあえず金曜の夜、軽くメシ行きません?」


    いつもよりかなり近い距離で見上げた朔斗くん。
    並んだときの目線の高さは、彼のネクタイのノットのあたり。
    私より20cm、いや、25cmは高いな。
    脚の長さも全然違うのに、何でもない顔をして同じ速度で歩いてくれてる。


    「うん。それなら」

    「食べたいものあります?」

    「んー、あ!新星くん呑める人だよね?」

    「まぁ、そっスね」


    時々、傘を持つ彼の腕が私の肩に触れる。
    その度に、近さを意識せざるを得なくて落ち着かない。
    ドキドキしてるの、聞こえちゃわないかな。


    「…日本酒、呑んでみたいんだけど」

    「へー!いいっスね。じゃあ店調べときますね」


    傘が雨を弾く音と、傘の中でこもる彼の声が混ざり合うと、なんだか結界の中で護られているような不思議な気分になる。
    駅が見えてくる頃には、傘がつくるこの狭い空間が少し特別なものに思えた。


    「あの、望月さん。一瞬だけ傘持ってもらっていいっスか」

    「いいよー」


    その一瞬、傘を持つ私の手に彼の大きな手が重なって。


    【カシャ】

    「え?写真撮ったの?」

    「だってこんな近い距離初めてじゃないっスか。その記念に残したかったんですけど。…消したほうがいい、ですか」


    もー、その年下モードずるいんだって。


    「まぁ、…いいんじゃない。手だけだし」

    「やった」


    いま撮った写真を確認すると、新星くんは照れたように小さく笑った。


    「やば。緊張してちょっとブレました」


    たった1枚でこんな顔するなんて、…ちょっとかわいい、かも。

    駅に着いて新星くんが傘を閉じた瞬間。


    「あれ、雨止んでますね」

    「ホントだ。いつの間に」


    顔を見合わせて笑いあった。
    ひとりじゃないって、ちょっと気持ちがまぁるくなる気がする。
    やっぱり今日はデザート買って帰ろう。

     
     
    MOON TABLE -ふたりで過ごす時間- ✦連載中 年上彼女×年下彼氏 短編 次回更新✦2026.10.08