メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byhiiro_archive153

恋して良かったと思う。結婚したいと思うようになった。でも子供は…

    高校生とか、もしかするともっと前から、彼氏とか要らない。結婚もしない。一人で強く生きていくんだって思っていた。

    恋愛には興味無くて
    人を好きになるってよく分かんなくて
    誰かと共に生きていく必要ってあるの?
    なんて思っていた。

    そんな私に彼氏がいます。

    “彼氏”なんて軽い響き、それは嫌なんだけど世間体的には彼氏ポジションみたいな、相応の人がいます。「人を好きになるなんて分からない」とか言ってたのに大好きでしょうがない。まさにパートナーみたいな、理想の人みたいな人に出会えました。

    「将来とか生き方とか考えとか、討論みたいに話し合える人が身近にいて欲しい」「支え合えるパートナーとか相棒みたいな存在の人がいるといいな」ってこと。

    その先のことを、私は想像の1つもしたことが無かったのに、同い年の23卒の友達たちと話すと決まって出る話題が“結婚”と“子供”の2つ。私もそれに染まって「うーん…」と頭を悩ませています。

    大学時代に居酒屋さんでアルバイトをしていました。ほぼ毎週、お客さんの少ない火水木曜日を狙って老夫婦が決まって来られていました。2人で「今週もお疲れ様」とゆったりとした時間を味わう姿を見て、「こんな夫婦もいるんだ」と結婚することへのイメージが変わっていきました。この居酒屋さんも夫婦で経営されているので、2人で働くところを目の前で見て、そこでも印象は大きく変わっていきました。

    そんな大学時代を過ごして、いい人がいれば結婚もありなのかもしれない。少しずつ、4年間という長い歳月を経て結婚のイメージがマイナスからプラスの方向へ変わっていきました。

    でも、子供となると話は別です。私にとって“結婚=子供”ではない。別物です。

    おそらく、大きな理由は2つ。

    1つ目は、自分のことが嫌いだと言うこと。
    これでも昔ほどでは無くなってきているけれど、自分のこと好きじゃない。

    考えぎる性格
    それがめんどうくさい。
    周りと合わない幼少期
    小学校、中学校、高校と居場所の無さを感じていた。友達はいた。部活にも所属していた。登校拒否はしたことはない。でも、周りの子たちと合わない感覚をずっと抱えていた。一人でいるのが楽で、つるむのをやめた。
    周りに人はいるのに、孤独だった。
    生きづらい世界だった。

    他人に弱さを見せられない。見せたくない。
    弱さをつつかれて、辛かったんだと思う。
    安易に悩みや弱さを見せられなくなった。
    一人で悩み事を抱える。
    それもまた生きづらいとつくづく思う。

    「生きづらい」と思いながら生きるのは辛い
    親にも申し訳ない気持ちになる
    そんな自分が嫌だ
    すごく嫌いだ

    性格は遺伝と環境が半分ずつ影響するらしい。
    半分も私の血が流れる、その子が可哀想。

    自分の子供に「可哀想」なんて思いたくない。

    もし子供を産んだとして、その子が「可哀想」と思うのなら、私は自分に対しても「可哀想」と思っているんだと思うと泣きたくなる。


    2つ目は父の子であることが嫌だということ。

    母を殴るんじゃないかと言うくらいの勢いで怒鳴り続けた。母の言い分を聞く余地も与えず、ただ大声で感情をぶつけていた。

    そんな人の血が私にも流れている。

    そのことが酷く恐ろしい。

    私の血を残したくない。


    だから、今は子供を産みたくない。
    結婚みたいに、何年かの月日が経てば、その思いも変わるのかな。変わるといいのかな。どうなんだろう。

    この記事が参加している募集

     
     
     
    取材ライティング・コミュニティ 旅と日常を行ったり来たり🌈✈️ 言葉|旅|カメラ|日本酒|珈琲 お仕事のご依頼は「お問い合わせ」またはSNSのDMまで📨

    あなたへのおすすめ