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Photo bysujaku1979

゚ッセむ①『玡ぐ女』

     『玡ぐ女』
                                 G.E.N

     ただ暑さの残る九月の半ばのこずだった。居間の窓の向こうに圌女を芋かけた。
    い぀のたに  。
    なぜここに  。
     もの珍しさから私は䜕気なく手を振っお声すらかけおいた。だが、圌女はそれに応えるこずもなく、ひたすら切れおしたった糞の手入れをするだけなのだ。目ず錻の先でこちらの存圚を䌝えおいるずいうのに぀れない態床だった。
     そもそも幌少の頃からずっず、いや、二十歳を越えおからも、私は圌女が苊手だった。ようやく䞭幎ず蚀われる歳になっお、苊手意識が抜けおきたのだが、その長い期間に染み぀いおしたった朜圚的なずころを、気取られおしたったのかもしれない。だずするず、私の呌びかけに答えないのも圓然で、ずやかく非難めいたこずを蚀うのは的倖れだろう。
     颚が吹いた。糞を玡ぐ圌女の䜓は揺れをものずもせずず蚀うよりも、颚に合わせおゆったりず揺れ、そのリズムの䞭で、半透明の糞を組み合わせお織り蟌んでいる。たるで黙々ず目の前の仕事をこなしおゆく職人のようだ。
     他の人はそんな姿を芋おどう思うのだろう。実は奜きず蚀う人に盎接䌚ったこずはない。たいおいの人は、圌女の同類が手に觊れようものなら振り払おうずしたり、悲鳎をあげたり、芋かけようものならはたきか箒で远い払おうずする。よく芋かけられる䜓の色は、倚くが毒々しく、䜓から攟射状に配された八本の腕、いや、足はどこずなく䞍気味さを感じさせる  。半透明の糞を幟䜕孊的な圢に線み、それを眠のようにしお、飛んでくる虫をからめ取る姿  。
     そう。私は、九月の半ばのある日、窓の倖に網を匵り始めた蜘蛛を芋぀けたのだ。

     蜘蛛は小さい頃の私にずっお、気味の悪いものだった。特に綺麗な蝶を網の巣ずいう「眠」にからめ取り自由を奪い、八本の足を䜿い、糞でぐるぐる巻きにした様子は、子䟛心に、悪圹の印象を焌き付けるのには、十分すぎた。加えお、私が読んだり遊んだりした物語やゲヌムなどでも、蜘蛛が悪圹でないものはなかった。その扱いは、人盞の怖そうな圹者が、刀で抌したように、時代劇で悪圹をあおがわれおいるのず同じなのかもしれなかった。
     思い返せば、圓時の小孊生甚の孊習垳でも、衚玙の写真の生き物で、蜘蛛は䜿われおいなかったように思える。真っ先に頭に浮かぶものずいえば、動物ではラむオン、トラ、キリン、昆虫ではカブトムシ、クワガタムシ、アゲハ蝶、モンシロチョり、怍物ではヒマワリ、チュヌリップで、芁は芋栄えの良いものだ。もしかしたら蜘蛛が衚玙の孊習垳もあったのかもしれない。だが、人気がなく品物自䜓が少なかったり、販売コヌナヌの目立たないずころに眮かれおいたりしたに違いない。ただそれは人間の郜合なのだ。

     私が芳察を続けるこずになった圌女も、萜ち着ける堎所に網を匵り、獲物がかかるのを蟛抱匷く埅ち続けおいるだけ  。窓の倖の圌女はゞョロりグモだった。倧きさから刀断するず雌ず考えられる。この蜘蛛を「圌女」ず呌んでいる理由だ。
     網が匵られた堎所は棟で囲たれ倖郚ずは隔おられた䞭庭。なぜここを遞び、いったいどこから来たのか。居間の宀内灯の光で、倜、矜虫が集たりやすい逌堎の可胜性があるずはいえ、圌女の䜓の倧きさを考えるず、棟の高さを越えるのは、䞀苊劎であったず想像しおしたう。それずも颚に乗っお、ふわりず優雅に䞭庭に着地したのだろうか。
     私は、蜘蛛の巣は、おっきり庭朚の間や畑など、虫を捕たえやすいのず同時に、人の気配が少ないずころに匵られるものだず思っおいた。だから、䞀枚窓ガラスを挟んでいるずはいえ、人目に頻繁に晒される堎所に、圌女が居続けるこずが驚きで新鮮であったのだ。いずれにしおも、倖郚から隔おられたこの堎所で、十数幎ずいう間に、網を匵ったのは圌女だけであり、颚倉わりずいっおもあながち間違っおはいたい。
     匵られた網の圢も、やや颚倉わりで、普通、畑や庭で芋られる円圢に近いものずは明らかに違った。窓の圢に合わせお䜜られ、倧きく暪長になっおいる。圢は歪み矎しいずは蚀えない。出来䞊がりを初めお目にしたずきは、芋栄えも悪いこずもあっお、取り陀こうずも考えた。
     若い頃ならば、箒を手にしお、蜘蛛の巣を、即座に取り払っおしたっおいただろう。䜕が私を倉えたのか。歳を取っお少しは思慮深くなったのかもしれないが、考えられる別な理由がある。それは庭の䞀画の家庭菜園だ。トマトやナス、むンゲンずいった、ある皋床高さのある野菜の間に、蜘蛛はしばしば網を匵る。間近で芋る機䌚が増え慣れたずも蚀えるし、別に悪さをするわけでもないので、畑で䜜業をするずきに邪魔ではないものは、そのたた攟っおおくようになった。
     壊さざるを埗ないずきもできるだけそっず壊す。蜘蛛たちは、網が壊される振動を感じ取るず、慌おたように端ぞず逃げ、葉の裏などに身を隠しやり過ごす。私が手加枛しようがしたいが、突然の理䞍尜な砎壊には倉わりがないのだが、それでも次の日には別な安党な堎所を芋぀けお、しっかり網を匵り盎しおいる。そんな姿を繰り返し目にしおから、壊すずいうこずにも慎重になっおいた。
     そういう経隓もあっお、窓のすぐ倖の圌女を芋守ろうずしたのだず思う。晎れの日も、雚の日も、颚が匷い日も、朝も、昌も、倜も、圌女は居間の窓のすぐ倖で、ほずんど動かず、網の巣の䞭心に居続けた。動くのは、網に虫がかかったり、雚や颚で網に綻びが出お、その壊れた郚分を繕ったりするわずかなずきだけ。無駄なこずは䞀切しないず決めおいるかのようで、静かで萜ち着き払った様子なのだ。
     そんな圌女が、慌おたような行動を芋せたこずがある。十月の半ば、倜に、冷たい雚が降ったずきだ。初めは小降りで、现かな氎滎がパラパラず暗い空から萜ちおくる皋床だった。蜘蛛は雚を嫌うず聞いおいたのだが、しばらくの間、網や自身の䜓が濡れるのも気にしない様子で泰然ずしおいた。次第に小さな雚粒が倧きくなり、雚は窓ガラスに吹き぀けるような勢いに倉わった。ずうずう耐えかねたのか、網の䞭心から急いで逃げだした。網を玠早く䌝っお、窓枠の陰に身をひそめ雚をしのいでいた。
     次の日、朝起きおも雚は続いおいた。その日は䌑日で、私は、ずっず居間にいた。その間、圌女は窓枠の陰に身をひそめたたただった。私が小さい頃抱いおいた蜘蛛の悪圹のむメヌゞは、どこにもなかった。むしろ、氎を嫌がり、冷たさに震え、怯えおいるような、臆病な印象を受けた。
     昌になりようやく雚が䞊がった。空を芆っおいた雚雲は千切れおゆき、雲間から倪陜が芗いた。䞭庭に光が射しこみ始めるず、圌女は網の䞭心におずおずず戻った。網にはただ现かな氎滎が散りばめられおいお、その䞭心にいる圌女は、茝く無数の氎滎に装食され、日の光が戻ったこずを喜んでいるようにも芋えた。䞀方で、網にかかったたたの小さな虫たちは、糞に巻き取られ、氎滎の残る網のあちこちにくくり付けられおいお、自然の䞭で生きる者の、矎しさず残酷さを䞀床に芋せ぀けられたような思いだった。
     十䞀月の初めになっおも秋らしくない暖かい日が続き、圌女の様子に倉わりは芋られなかった。だが、半ばも過ぎるず気枩がぐっず䞋がる日が倚くなった。家庭菜園や庭を飛ぶ虫の姿はなくなっおいた。䞭庭も同じこずだった。
     それでも圌女は、ただ網の巣の䞭心にしがみ぀くようにしお生き続けおいた。そんなある日の倜、冷たい雚が降り、颚が匷く吹いた。以前なら雚や颚が匷くなるず、それらをしのげる堎所ぞ身をひそめようずしたのに、もう動く力もそれほど残っおいないのか、死んでいるのか、氎に濡れたたた颚に揺れおいた。
     翌朝、居間の窓の倖を芗くず、圌女は網の巣の隅で身をひそめおいた。ただ生きおいたのだ。そしお、倜に窓を芗いおみるず、網の䞭心に戻っおいた。
     私はほっずしおいた。この小さく、黒ず黄色の毒々しい配色をした、八本足の生き物の呜の終わりが、もう間近に迫っおいるこずは明らかなのに、䞀日でも長く生きおほしいず思った。「生きろ」ず声をかけたこずもあった。盞倉わらず反応しおくれるこずはなかった。
     それから䞀週間もしないうちだったず思う。みぞれ混じりの冷たい雚が、倜䞭に降った。居間の窓にも吹き付けおいた。その冷たさは圌女の生きる力をしっかりず奪い取ったようだった。翌朝、私は、圌女が網の䞭心から力なく垂れ䞋がっおいるのを認めた。䞀本の糞が䞋ぞだらりず延び、䜓を網にかろうじお繋ぎ止めおいる。ずころどころ雚粒をたずった糞を軞にしお、生呜感のない䜓がゆっくりず回転しおいる。
     颚が吹き、糞が切れた。
     私は䞭庭に出た。黒ず黄色の小さな䜓は砂利の䞊に暪たわっおいた。掌に拟いあげた。ピクリずも動かない䜓は重さすら感じず、たるで小さな垃切れのように思えた。秋の終わりに、今たでの蜘蛛に察する思い蟌みが、党お消え去っおいた。
     圌女は今、朚の根元、土の䞭で眠っおいる。

     
     

    G.E.N

     
     
    基本的には掌線、短線を茉せおいく぀もりです。その他、公募で萜遞した䜜品の䞭から、自薊の䜜品を出しおいきたす。䜿い始めたばかりで色々な機胜をわかっおいないので、ゆっくりnoteの䜿い方に慣れおいきたいず思いたす。䜜颚は  、どちらかずいえば玔文寄りですが、こだわりはありたせん。

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