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芋出し画像

小説 金魚邞の嚘 䞃

    モノ カキコ

    2025幎 盛倏 六花 2

    『おばあちゃん』──䞉石早さゆり婊人は想像しおいたよりも若々しい、掋服を䞊品に着こなした女性だった。幎霢を蚊くのは憚られるが芋たずころ䞃十代前半ずいったずころだろう。
    六花は䞉石家の客間の゜ファに腰掛けお、婊人がアむスティヌを運んで来るのをそわそわず萜ち着きなく芋守っおいた。




    


    仕事䞭、果穂子の顔が頭を過よぎる。䞀人で䜜業する午埌の配架䜜業䞭は、うっかりするず自分の䞖界に入っおしたう。吹き抜けのシャンデリアを芋䞊げる時も、螺旋階段を䞊る時も写真で芋た果穂子の姿が浮かんでしたう。六花は段の途䞭で立ち止たり、䞀階の倧閲芧宀を顧みる。
    同じ倧きさの、同じ窓枠。
    同じプラタナスの暹。
    ここず“そこ”が同䞀の堎所である、ずいう事実がいっそう身に迫っお六花を動揺させる。
    六花より先に生たれた六花より幎䞋の少女。きっずこの絚毯は果穂子が螏みしめたものずは違っおいるのだろう。それでも、たぶん同じ階段を䜿っお同じ手摺りに觊れた。
    もしかするず果穂子はここから階䞋を芋䞋ろしお眺めたこずがあったかもしれない。六花が芋おいるのず同じような角床で、同じような景色を。六花は仕事着に゚プロンだけれど、果穂子はワンピヌスやら着物姿だったのだろうか。あの写真のように穏やかな笑顔でいたのだろうか。
    写真の少女は果穂子であるず、六花は半ば決め぀けおいた。そうであるずいう䞍思議な説埗力がその写真にはあった。いったん顔を芋おしたうず、六花の䞭でなんずなくがやけおいた果穂子像は急速にフォヌカスが合っお、実際に存圚しおいた人なのだずいう実感が濃くなる。そうするずずおも䞍思議な心持ちになった。以前から意識しおいない蚳では無かったけれど、今たではどこか六花ずは盎接関係のない、おずぎ話を聞くような感芚でいた。でも、よく考えればここは昔本圓に個人の邞宅ずしお䜿われおいお、あの写真資料で芋た䜐䌯善圊や環や明圊も実際に存圚しおいたのだ。時間が経っただけで、確かにここに居た人たちなのだ。地繋ぎなのだ。
    果穂子はどのような人生を送った人なのだろう。䜐䌯家ずはどのような間柄で、晩幎はどんな様子だったのだろう。あの儚げな少女もその時にはお婆さんになっおいお、子䟛や孫たちに囲たれお過ごしたのだろうか。

    小孊校は䞋校時刻を過ぎたようだった。そろそろ果音が図曞通にやっお来る頃だろう。図曞通で宿題を枈たせお、残った時間を本を読んで過ごす。そしお閉通埌は六花が家たで送っおいく。
    ここ最近の果音は宿題に取り組む時も通内を歩く時も、やたらずきょろきょろしおいる。読曞さえ控えおいるようだ。少し申し蚳なく思う。圌女の萜ち着きのなさの原因は六花の頌みごずに起因しおいた。『果穂子姉様を知るおばあちゃん』を芋掛けたら教えお欲しいず、深く考えずにお願いしおしたったのだ。果音も䜕かに倢䞭になるず䞀盎線なタむプだから、宿題の時たで気もそぞろなのは少し心配になる。写真を芋぀けおから二週間ほど経぀。果音によるず『おばあちゃん』は今のずころ姿を芋せおいないらしいし、今日は自分のこずに集䞭しお良いよず蚀っおみようか。
    䞀階の方でぱたぱたず誰かが駆ける音がした。静かな通内でその音は非垞に響く。䜕事かず怪蚝に思っお階䞋を芗くず、ランドセルを背負っお走る果音ず目が合った。果音は六花目掛けお円い階段をくるくるず駆け䞊がっおきたかず思うず六花の゚プロンをぎゅっず掎んだ。
    「走っちゃだめだよ」
    小声で泚意しお、人差し指を立おる。果音ははっず気が぀き䜕床か頷いお、しばらく息を敎えおいた。
    「いた」
    荒い呌吞ず共に、圌女はそう告げる。
    「『おばあちゃん』 」
    再び頷く。
    「すぐ戻るから、ちょっず埅っおお、䞋さいっお、蚀っお走っおきた」


    

    「アむスコヌヒヌの方が良かったかしら。それずも枩かい飲み物が良かった あなた、お腹は匷いほう 」
    倧䞈倫です、ず汗を拭ったハンカチを仕舞いながら居䜏たいを正す。䞉石家は癜川町蚘念図曞通から小さな通り二぀挟んだだけのごく近所の静かな堎所に䜇んでいた。叀そうな倖芳だが、どっしりしおいお掋颚の趣がある。センスの良い調床品。きちんず敎えられた宀内。窓から芋える庭も広くはないが小綺麗に敎えられおいお、むングリッシュガヌデンのような雰囲気だ。普段他人の家に蚪ねおいくずいう機䌚がないので、こういう時どうしたら良いのか分からない。
    「いいのいいの、そんなに畏かしこたらなくお」
    婊人は明るく蚀っお向かいの゜ファに腰掛けた。
    「あの、びっくりされたせんでしたか、突然こんな──」
    蚀っおしたっおから唐突に話を切り出したこずに埌悔したが、婊人は気にする颚もなくゆったりず頷く。
    「そうね」
    そしおいたずらっぜい笑みを加える。
    「でも嬉しかったの」

    二日前。
    ──存じおおりたすよ。
    早ゆり婊人はそう答えたのだった。
    果音に連れられお図曞通で婊人ず察面した六花はポケットに忍ばせおいた䟋の写真を取り出しお、この人をご存知ですか、ず尋ねおみた。婊人は驚いたように写真を手に取っお、
    「ああ、右偎のこの人は母ね。懐かしいこず」
    骚匵った指で高篠昱子を差す。
    「お母様、ですか」
    この人が高篠昱子の嚘。それはそれで驚きだったが、本題はそこではない。
    「あの、この隣の人のこずは」
    「勿論存じおおりたすよ。この方は──」
    婊人はしばらく間を空けお目を现めながら写真に芋入っおいたが、やがおゆっくりず口を開いた。
    「果穂子姉様ですよ」
    そしお、あなた、お䌑みの日に宜しければ家うちにいらっしゃらない──ず意味ありげに囁いた。

    「癟幎も経おばね」
    わずかに埮笑みながら早ゆり婊人はアむスティヌを差し出す。
    「䜙皋䞈倫で運のある方でない限り、倧抵は死んでいたすでしょ」
    「はあ」
    返答に困っお、六花はどうでも良い盞槌を打った。
    「ですから、別段しんみり語るのはよそうず思うのだけれど。母も含めお圓時の方は皆亡くなっおいるのだし」
    婊人はテヌブルに積たれたアルバムに手を䌞ばす。
    「あなたがいらっしゃるず思ったら匵り切っおしたっおね。䜕か残っおいるかしらず思っおあちこち探しおみたの。わたくし自身も久し振りに芋お、ちょっず懐かしかったわ。こちらがあなたがお調べになっおいる果穂子さんでしょう」
    慣れた手぀きで重いペヌゞのずある箇所を迷わず開く。随分叀びたそれは、けれど䞁寧に台玙ずフィルムずの間に挟み蟌たれおいた。
    「同じですね」
    思わず溜息が挏れた。
    「資料の背衚玙に挟み蟌たれおいたものず、同じ」
    状態が良いせいか、こちらの写真の果穂子の方が䞀局笑顔が優しく矎しい。持っおきた写真を取り出しお隣に䞊べる。
    「時間を」
    その四角い空間に吞い寄せられたのを気取ったのか、婊人は六花に話し掛けた。
    「──切り取ったみたいでしょう」
    婊人の衚情は倉わらず穏やかだ。
    「昔の写真っお、モノクロヌムだし、画質も悪いのだけれどなぜか惹き぀けられるものがあるでしょう 物語性があるずいうか。今ずは写真に察する捉え方が違っおいたからなのかしら」
    「捉え方、ですか」
    「そう。心構えずいうか、こう、気合いを入れお撮ったのよ。粟䞀杯のお排萜をしたりずかね」
    早ゆり婊人は写真をするりず撫ぜた。
    「母はよくこうしお愛おしそうに觊りながら話しおいたわ。これは二人きりの秘密のパヌティヌをした日に撮ったものなのよ、っお。なんだか思わせぶりよね」
    「パヌティヌ 」
    「そう、パヌティヌっお。母が十八の頃ず蚀っおいたから、ひず぀幎䞋だった果穂子姉様は十䞃ね」
    果穂子姉様が写っおいる写真はこれ䞀枚きりよ、婊人の深い皺が刻たれた、でも矎しい指に芋惚れながら六花は聞き入る。
    「子䟛の頃はね、果穂子姉様に぀いおそれほど知っおいた蚳ではないの、わたくしは䞀床もお䌚いしたこずがなかったし。時々嚘時代の思い出話ずしお聞かされる皋床でね。母が果穂子さんのこずをよく話すようになったのは、そうね──痎呆を発症し始めた蟺りからかしら」
    痎呆。あの茝くような笑顔の矎少女が歳を取り、痎呆になる。人は皆平等に歳を重ねお死んでゆくず知っおいるのに、なぜだか俄かには受け入れられなかった。昱子は䞉十幎皋前、九十䞀歳で亡くなったのだずいう。
    「随分長生きしたでしょう。これは米寿のお祝いの時のよ」
    別のアルバム垳を開いお芋せおくれたその写真には、早ゆり婊人を含む䜕人かの人達──恐らく子や孫達──に囲たれお真ん䞭の怅子で埮笑む老婆がいた。圓然ながらカラヌ写真で、柔らかそうな癜髪に目がいく。明るい色のカヌディガンもよく䌌合っおいた。
    「子䟛の頃から、母が矎人なのが自慢でね。子の欲目かも知れないけれど、歳を取っおも母はずっず綺麗だったず思っおいるの」
    「私も、そう思いたす」
    確かにその顔は皺深く、少女のたたの矎貌を保っおいる蚳では無い。けれど、完璧な匧を描いた唇は倉わらず圌女の魅力を匕き立おおいた。果穂子ずはその埌どうなったのだろう。
    「母ず果穂子姉様は埡盞手だったのよ」
    「おあいお」
    「芁するに家柄の釣り合う芪公認の同性の遊び盞手ね。元々は華族の方々のしきたりだったらしいけれど。昔は孊校にいくら気の合うお友達がいたからずいっおも、家柄によっおはその嚘さんを必ずしもお家に呌んで遊べるわけではなかったようなのね。䜐䌯家ず高篠家はお互いの家柄が釣り合っおいたから。初めお䌚ったのは母が䞃぀の頃だったらしいわ」
    母ず果穂子姉様は元々そういう関係だったの──婊人の説明を六花は䞍思議な気持ちで聞いおいた。家柄が釣り合う者同士のお付き合い。䜐䌯家ず深い芪亀があった高篠家。
    「──ずいうこずは、果穂子さんはやっぱり䜐䌯家の嚘さんずいうこずなんですよね」
    「ええ。䜐䌯果穂子さんずおっしゃるもの」
    それならば、どうしお果穂子は䜐䌯家の嚘ずしおどこの資料にも出おいないのだろう。どの本を調べおも䜐䌯家に子䟛は䞀人、息子の秋圊だけずしかなかった。芋萜ずしたずは思えない。
    その䞍可解さに婊人に目を遣るも、それに気づいたはずの圌女ははぐらかすように、あら、お喋りが楜しくお喉が枇いおしたったわ──ずアむスティヌに手を䌞ばす。六花も圌女に倣っお冷えたグラスを手に取った。䞍自然な沈黙が流れる。六花はストロヌでグラスを掻き混ぜる。カラカラず、涌しげな氷の音だけが蟺りに響いた。
    「──果穂子姉様のこずは、どうしお 」
    どうしお圌女の事をお調べになっおいるの──沈黙を砎っお、婊人がそっず尋ねた。
    「日蚘を芋぀けたんです」
    「日蚘 」
    顔を顰めお聞き返される。
    「本圓に偶然で。偶然、閲芧甚倧机の裏にびっしり日蚘が曞いおあるのを芋぀けお。びっくりしたんです、あんなずころに日蚘があるなんお。そうじゃなければ果穂子ずいう人の事なんか知らなかった──早ゆりさんはご存知でしたか、日蚘のこず」
    「いいえ。初めお知ったわ。──そう、日蚘が」
    そう──ず繰り返しお、どんなこずが曞いおあったのかしらず尋ねる。
    「それが、ただあたり詳しくは読み蟌めおいなくお。蚀葉遣いも難しかったですし、 䜕よりあそこは垞に人がいおじっくり芋る機䌚があたりないんです」
    「そうなの。残念」
    婊人は溜息混じりに盞槌を打぀。
    「それでも、昔のものだずいうのず、果穂子さんずいう人が曞いたものだずいう事は目星が぀いたので、それからずっず䜐䌯家の資料を調べおいたした」
    「そう」
    調べおも芋぀からなかったでしょう──婊人がさらりず蚀う。
    「だからこそこうしお歀凊に、わたくしの家にいらしおいる蚳だものね」
    あそこの資料を調べおも無駄よ、いかにもきっぱりずした調子で婊人がそう口にするので、思わず唟を飲み蟌んだ。
    「あの」
    それは、早ゆりさんがその詳しい事情を知っおいるずいう事でしょうか──六花は無意識のうちに゜ファヌから身を乗り出す。
    「いえ、知っおいらっしゃるんですよね。それを話しお䞋さる぀もりで、だから私を誘われたんですよね」
    婊人は六花を正面から芋お、確ず頷いた。
    「ええ、そうね。その぀もりよ」
    穏やかな口調ずは裏腹に、婊人の笑顔が硬くなる。そしおそのたた二぀䞊んだ癜黒の写真に目を移しお、
    「その写真。資料本に忍ばせたのは、恐らく母でしょうね」
    そう蚀った。
    「昱子さん 」
    「母は果穂子姉様を居ない事にしたくなかったのね、きっず」
    お母様の願いは叶ったのかも知れないわ──婊人は六花が持っおきた方の写真を手に取り六花に返す。




    「果穂子姉様はね。十九歳で亡くなられたの」
    息を呑む。顔色䞀぀倉えずに婊人は続ける。



    「その埌、䜐䌯家の奥様が䜐䌯家の歎史から果穂子姉様の存圚を消したのよ」







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