
冒険の本質
(1)
先日、あるドキュメンタリー番組を見た。
放映日は2025年7月6日。
10日前に録画しておいたものをあとから見た。
番組タイトルは「K2 未踏のライン 平出和也と中島健郎の軌跡」という。
番組紹介には次のように書かれている。
「去年7月、二人の日本人登山家が世界第二の高峰・K2で遭難した。
平出和也と中島健郎。
二人は登山界最高の栄誉・ピオレドールを3度受賞。日本を代表するアルパインクライマーだ。
彼らが挑んだK2は“非情の山”とも呼ばれ、その西壁は人類に残された8000峰最後の課題の一つ。標高差3000m、平均斜度45度、岩と氷が入り組む巨大絶壁。
彼らはなぜ、過酷な“未踏の壁”に挑んだのか?
二人の登山家の魂の軌跡を描く。」
登山家であり山岳カメラマンでもある平出氏と中島氏。
彼らがK2で遭難したというニュースは、私も以前にネットニュースで目にしていた。
そのネットニュースが流されたのは2024年7月27日。
二人が所属する会社(登山用品販売の石井スポーツ)が、パキスタンにある世界第2の高峰K2で平出氏(45)と中島氏(39)が滑落したと明らかにした。
ヘリコプターで二人を確認したものの、K2における救助は困難で、家族同意のもと二人の救助を打ち切ったことが30日に同じく石井スポーツから発表された。
私はこの番組を見て、二人が亡くなった最後のK2登攀においてNHKの密着取材が入っていたということを初めて知った。
番組では、二人の最後の挑戦の様子を映し出していた。
(2)
平出和也氏と中島健郎氏。
今回、この二人が挑んだのはK2西壁だった。
世界で一番高い山は有名なエベレストで、標高8849メートル。
K2は世界で二番目に高い山だった。パキスタンと中国の国境に位置し、標高は8611メートルに達する。
そのK2の中で「西壁」は特に難所として有名らしい。
高所の登攀方法には「極地法」と「アルパインスタイル」という二つの方法がある。
極地法は大人数で組織的に登る方法で、ロープ、はしごなどを用いてルート工作を行いながら登る。一方でアルパインスタイルは軽量装備、少人数で短期間に登る方法となっている。
当然、極地法よりも、アルパインスタイルの方が難易度が高くなる。
K2西壁に関して、今まで極地法であれば登攀したグループがいくつかあった。1997年の日本山岳会東海支部、そして2007年にはロシア隊が登攀を成功させている。
しかし、アルパインスタイルでその西壁を登攀した人はいない。
アルパインスタイルのパイオニアであるポーランド出身の伝説的な登山家、ヴォイテク・クルティカも何度かその西壁に挑戦しているが、結局6800メートル付近までしか登ることができなかった。
二人は、そんなK2西壁に対して、二人だけのアルパインスタイルでの登攀を目指していた。
平出氏と中島氏は、そのK2西壁以外にも、未踏壁の登頂をいくつか成功させている。
2016年 ルンポ・カンリ北壁 7095メートル
2017年 シスパーレ北東壁 7611メートル
2019年 ラカポジ南壁 7788メートル
2022年 カールンコー北西壁 6977メートル
2023年 ティリチミール北壁 7708メートル
それらの登頂の中で「シスパーレ北東壁」「ラカポジ南壁」「ティリチミール北壁」については、優秀な登山家に送られる国際的な賞であるピオレドール賞も受賞していた。
二人は、そのような日本を代表する登山家だった。
(3)
K2西壁を登攀するために、平出氏と中島氏は標高4950メートルの地点にベースキャンプを設ける。
まずそこで高所に体を慣らしていく。
そしてさらに標高の高い位置にいくつかの拠点を設け、そこから少し上って登攀のためのルートを確認しては戻るということを何度か繰り返す。
そのようにして最後のアタックに向けて準備を進めていた。
NHKのカメラマンはその二人の拠点までは一緒に行き、彼らの様子をそのカメラで撮影する。
しかしそこから先はNHKカメラマンも行くことができない。
それくらい過酷な世界が待っていた。
なので、そこから先の映像は、全て平出氏と中島氏の体に装着されたカメラで彼ら自身の視点で見える世界を撮影していた。
彼らは、「鎌」と彼らが呼ぶ難所のルート探索を行う。
大きな岩石が露出しており、それを丸く迂回するように登らなければならなかったため、その形状になぞらえて「鎌」と呼んでいた。
足にアイゼンを付け、手にはピッケルを握る。
その二つを氷に突き立てながら、ゆっくりと上っていく。
途中、氷の薄い層に突き当たる。
アイゼンとピッケルでは岩石に直接突き立てる事ができない。慎重に氷の層を探りながらルートを探していく。
その様子が、二人の視点からのカメラで映される。
雪と氷と岩しかない絶壁が広がる。
ちょっとしたミスやトラブルが「死」に直結する。
そのような世界に二人はいた。
私はその絶壁の様子をカメラ越しに見ながら、不思議に思っていた。
断崖絶壁の氷の世界。
一歩横には「死」が大きな口を開けて二人を待ち構えている。
そのような場所にいるということが、私にとっては狂気の沙汰としか思えなかった。私からしたら、誰もそのような場所に望んでいくとは思えないような場所だった。
だけど二人はその場所に自分から望んで立っていた。
何が彼らを突き動かしているのだろうか。
ただ、そのことが不思議だった。
(4)
K2西壁に挑戦し、そして遭難した平出氏と中島氏。
彼らはなぜ危険な山に登り続けるのか。
なぜK2西壁という、雪と氷と岩石だけが支配する絶壁に挑戦するのか。
番組では二人のインタビューの映像も放映された。
おそらく今回のK2西壁の挑戦の直前に、平地で撮影されたものだろう。
平出氏は、次のように述べる。
「山に挑戦しながら 弱い自分を成長させたい」
「僕は強い登山家になりたいわけじゃなくて 強い人間になりたい」
彼にとっては、困難に挑戦するということ、そしてその挑戦の過程で自分が人間として成長することが何よりも重要だったのかもしれない。
一方で中島氏は、次のような言葉を残した。
「登山も一種のアートだと思いますよ」
「山を見て美しい」
「その中に美しい絵(ルート)を描きたい」
登山を一種のアートとみなす中島氏。誰も挑戦したことのない絶壁に登山ルートを少しずつ描いていく。そこに何か芸術的な感動を抱いていたのだろうか。
中島氏は自分が登る山の絵を、手書きで手帳に書くようにしていた。
実際に自分の目で見た山の姿を、写真を撮っているかのように細かく書いていく。
これまでに彼が描いた山の絵も番組では紹介された。
それらは全てとても精巧で美しい絵だった。そのような絵を描く中で、その山のイメージを自分の中で明確にしていくらしい。
彼は最後のアタックの前の空き時間を使って、K2西壁の絵も描いていた。
その絵も、山の様子が精巧に模写されていた。
彼は本当に登山を一種のアートとして捉えていたのかもしれない。
(5)
平出氏と中島氏が目指した、K2西壁の登頂。
登頂のためのルート探索をする中で、今回の登頂の難しさを実感として感じる。それくらいK2西壁登頂のハードルは高いものだった。
今までいくつもの未踏壁の登頂を成功させてきた二人にとっても、簡単に乗り越えることができるようなハードルではなかった。
ルート探索を終えて、二人は拠点に帰って来る。
平出氏はカメラの前で、自分自身に言い聞かせるように呟く。
「山頂にゴールを設けたらだいぶ苦しくなる」
「やっぱり生きて返ってこないといけないし」
その言葉に、中島氏は「もちろん」という小さな声で答えた。
最後のアタックの前にK2の天候が悪化する。
二人はベースキャンプに戻り、天候の回復を待ちながらアタックの機会をひたすら待つ。
そしてようやく天候も回復し、二人はまだ日が登る前に、K2西壁への登頂に向けて最後のアタックをするために拠点を出た。
これが、二人を映した最後の映像だった。
それ以降の二人を撮影した映像はなかった。
おそらくその最後のアタックの最中で二人は遭難してしまい、二人の身体に装着していたカメラは回収されることはなかったのだろう。
その時の映像は、二人と一緒にまだK2に眠り続けているのかもしれない。
だから、二人に最後何が起こったのかは分からない。
ただ、拠点にとどまり二人の帰りを待っていたNHKカメラマンが、西壁を登る二人の様子を遠くから見ていた。
7月27日 7時00分。
7550メートルを登攀中に氷と共に約1000メートル滑落した様子をスタッフが目視している。
そして、7月30日 10時00分。
二重遭難の恐れもあるため、家族や所属会社などの協議の結果、二人の救助を断念することになった。
(6)
2024年のピオレドール賞の授賞式が、2024年12月10日、イタリアの北東部、ドロミテ山塊にある山岳リゾートで行われた。
ピオレドール賞は1992年にフランスの山岳雑誌によって創設された。
ピオレドール賞はその年に行われた最も優れたアルパインクライミングの表彰を行うもので、どの山に登ったか、どれだけ難しいルートだったかだけではなく、冒険性や探究心なども加味して受賞者は決められる。
「ピオレドール」とは、フランス語で「金のピッケル」という意味。
この賞は「登山界のアカデミー賞」とも呼ばれているらしい。
その2024年のピオレドール賞に、平出和也氏、中島健郎氏の両氏も受賞していた。
2023年に、未踏壁だったティリチミール北壁への登頂を成功させたことが評価されたものだった。
しかし、両氏は2024年7月にK2で遭難してしまっている。
当然、その授賞式に本人が出席することはなかった。
代わりに、平出氏の妻、中島氏の妻の二人が授賞式には出席しトロフィーを受け取った。トロフィーを受け取る際は、会場全体が温かい拍手に包まれていた。
番組では、そのピオレドール賞の授賞式会場での、他のクライマーへのインタビュー映像も流された。
そのインタビューの中で、同じくピオレドール賞を受賞したアメリカのクライマーは、平出氏、中島氏について次のような言葉を口にした。
「彼らは成功を求めるのではなく その経験を追求していたのです」
「それこそが冒険の本質です」
K2西壁という極限の場所に挑戦し、そして遭難した平出氏と中島氏。
そのK2西壁という場所は、死と隣合わせの場所だった。
だけど、そのような場所だからこそ、逆に強く「生」を感じられる場所だったのかもしれない。そのような経験を二人は求めていたのかもしれない。
私たちの日常生活の中で「死」は希釈されてしまい、その日々の中で自分の「死」を感じることはない。
だけど、「死」はいつだってすぐそばにいる。
ただ、それは決して悲観するべきものではなく、「死」が隣に立っているからこそ逆に、今この場の「生」を感じることができるし、その「生」のありがたみに感謝することができる。
二人の「冒険」は、そんな当たり前のことを改めて思い出させてくれたような気がした。