
【5分小説】のんびりカメちゃんと、死に急ぎウサギくん
生まれてから今日まで
ずっと死にたいと思って生きている。
24時間365日
ずっと死にたいと思って生きてきた。
でも、自分で死ぬ勇気もないから
寿命というやつが早く来てくれるのを待ち続けている。
時が早く進めばいい。
夜、目を閉じて
朝、目を開けたら
10年ぐらい時が進んでいればいい。
毎日毎日意味もないことをして
命を費やすためだけの日々。
ただひたすら、時計の針が早く動くのを願うだけ。
そう、今日もこんな風にベンチに腰掛け、イライラと駅のホームに設置された時計の針を見つめる。
いつも通り時計の針は、ゆっくり動き続けやがる。
次の電車が来るまであと3分。
永遠のように長く感じる。
さっさと電車が来て、会社に行って
誰か喜ぶかわからない仕事を片付けて
足早に帰宅して飯食って寝て、1日をさっさと済ませたい。
生きがいなんていらない。
楽しみや喜びなんていらない。
1秒でも早く寿命が尽きればいいんだ。
そんなことを考えていると
駅のホームで
外国人が、聞いたこともない駅の行き方を尋ねてきた。
知るか、墓場までの行き方を教えてくれ。
面倒事に巻き込まれれば、その分、人生長く感じちまうだろ?
山あり谷ありの厚みのある濃厚な人生じゃなくて
何も起きない薄っぺらい人生のほうが、あっという間だ。
俺が、外国人に
「Oh、エンタイトルツーベース、Yeah」
と適当な英語であしらっていると、隣に並んでいた、どんくさそうなぽっちゃり女が
「あの~、良かったら~。私が教えますよ~」
とゆっくりした口調で外国人に話しかけた。
ぽっちゃり女は、なぜ持っているたのかわからないが、大きなリュックから英和辞典を広げて丁寧にゆっくり教える。
くだらん。
俺は電車が来たから乗り込むが、ぽっちゃり女は、外国人に行き方を教えてるせいで、恐らく乗るはずだった電車に乗れずにホームに残った。
アホらしい…
職場に着けば、単調な仕事を片付け、そそくさと誰とも話さず退勤する。
家に着くまでは、全速力でダッシュする。
体を思いっきり疲れさせれば、すぐ眠くなって気づいたら次の日の朝だ。
家に着く前には、銭湯にダッシュで寄る。
自宅の風呂に湯が張るまで
待つのももどかしいし、掃除も面倒だからだ。
当然、銭湯に入っても
3秒で出る。
長湯なんてのは、バカがやることだ。
今日も、いつものルーティンを済ませて
自宅へと足早に向かうと
道路の真ん中で、大きなカメが死んでいた。
いや…
よく見ると、駅で外国人と話していた
あのぽっちゃり女だった。
大きなリュックが、甲羅に見えたのだ。
俺は、見て見ぬフリをして
通り過ぎようとした。
でも、よく考えると
ここは俺の家の近所だ、あとで警察に事情聴取なんかで犯人に疑われたら面倒だ…
仕方なく、このカメ女を助けて
さっさと家に帰って酒飲んで寝よう。
「おい、大丈夫か?」
「う~…
銭湯に~…長く浸かり過ぎて~…
のぼせた~~~…」
ほらな?
やっぱり、長湯なんて
バカがやることだ。
俺は、自販機で水を買ってきて
渡してやった。
「ありがと~~」
相変わらず、ゆっくりな話し方で
イライラする。
「じゃあ、俺はこれで」
「あ、待って~~!」
俺が、クラウチングスタートのポーズで
ダッシュで帰ろうとした時、
カメ女が引き留めてきた。
「何かお礼を~」
「そんなもんいらん!」
俺は、そう言ってスタートを切った。
「じゃあ、明日もここで待ってま~す」
カメ女のゆっくりな声が
俺の遥か後方に聞こえた。
それから、次の日も
そのまた次の日も
俺の帰り道に毎回カメ女が現れるようになった。
俺は、いつも通り全力ダッシュをし
風のような速さで無視し続けた。
そんなある日、仕事でうっかり盛大なミスをしてしまい、柄にもなく、寝ずに残業を数日間も続けるはめになった。
俺の人生史上、間違いなく長い数日間だった…
ようやく仕事が落着き
なんとか、久しぶりに定時で仕事を終え、いつものようにダッシュで帰ろうとするが、足がもう動かない。
数日間の疲れが、どっと押し寄せてきたのだ。
俺は仕方なく、近くの公園のベンチで休むことにした。
夕焼けが、むかつくほど眩しい。
「あの~、隣良いですか~?」
カメ女が、夕日を背にして、現れ隣に座ってきた。
いつも通り無視して、どこかへ行こうと思ったけど、立ち上がる気力もない。
「お疲れ様です〜。
いつも一生懸命走ってるから、お腹空いてるかと思って〜」
カメ女が、熱々のおしるこを渡してきた。
めちゃくちゃ熱い、いつもならこんな冷めるまで、時間がかかるようなものなんて、食べたりしない。
でも、今日は体力を使いすぎて
お腹が死ぬほど減っている。
仕方がない、休むついでに
おしるこが冷めるのを待つとしよう。
「あの~、なんで
そんなにいつも急いでるんですか~?」
カメ女がゆっくりした口調で聞いてくる。
「早く死にたいからだ」
俺は早口で答える。
「どうして、早く死にたいんですか~?」
俺は、めんどうだが
おしるこが冷めるまでの暇潰しだと
思って、死にたい理由をぐだぐたと説明した。
「なるほど~、私も~、
昔は足が遅いのが嫌で~、
早く目的地に着くことばっかり考えてました~。
でも、リュックに物をいっぱい詰めるようにしたら、重くてゆっくりしか歩けなくなっちゃって~。
そうしたら、道端に咲いてる花とか、変な色の石とか…
急いでた時には見えなかったものが見えるようになったんです〜」
どうやら、彼女のリュックが大きいのは
他人の落とし物や、誰かに渡そうと思っているプレゼントや、
捨ててもいいけど、持っていると誰かが喜ぶかもしれない無駄なもので溢れているかららしい。
カメ女が、ゆっくりした口調で
喋り続ける。
俺は、彼女の話を聞いてると
ウトウトと眠くなって
いつの間にか眠ってしまった。
そして、目が覚めると
辺りはすっかり暗くなっていた。
そして、隣を見ると、まだカメ女がゆっくりと喋っている。
「お前、アホか!まだいたのか!
風邪を引くだろ!」
「あはは~、おしるこも
がぶ飲みできるぐらいに冷めましたよ~」
カメ女が、ニッコ~と笑う。
俺は、お腹が空いていたので、おしるこをグビグビと3秒で飲みきった。
「…お前、名前は?」
「カメダ ノドカです~」
「俺はウサギザワ スグルだ。
体も冷えきったことだし、銭湯にでも行くか?」
「いいですね~」
俺とノドカは、いつもの銭湯へと向かい
それぞれ男湯、女湯の暖簾をくぐる。
「あ、伝えたいことがあるので~
私が出るまで、待っててくれませんか~?」
ノドカが、直前に言ってきた。
俺は、了承した。
…了承したはいいが、ノドカは
一向に銭湯から出てこない。
何時間も経って、そろそろ閉店の時間だ。
おかげで、完璧に湯冷めしちまった。
「おまたせしました~」
ノドカが、真っ赤な顔で出てくる。
「いつまで、待たせんだよ!」
と俺が怒ると
「ごめんなさ~い」
とノドカが平謝りをした。
「で、伝えたいことってなんだ?」
「あの~、また明日も
この銭湯で待ってま~す」
「そ、そんなことを伝えるために!
俺を何時間も待たせたのか!!!」
俺は、イライラしながら
そそくさと帰った。
次の日、いつもの銭湯に行くと
ノドカがいた。
俺が、男湯の暖簾をくぐろうとすると
「今度こそ、す~っごい大事な話が
あるので、待っててくださ~い」
とノドカが女湯の暖簾をくぐる去り際に言う。
俺は、また
男湯から出た後
ひたすらノドカを待ち続けた。
イライラと待ち続ける俺の貧乏ゆすりの振動を、
ヨボヨボの爺さんがマッサージ器だと勘違いして、俺の膝に肩を当ててきた。
「おまたせしました~」
ノドカが、ポカポカに火照った体で
ようやく出てくる。
「またたいした内容じゃなかったら
ぶちギレるからな」
「今度こそ、本当に
大切なことなんです~
あの~相談があって~
昨日~、コンビニに行ったら~」
と長々と喋り始めた。
俺は、イライラしながら聞き続ける。
そして、2時間ぐらいノドカの話を聞き続けて、イライラを通り越して、俺は放心状態になっていた。
脳を使うのをやめた。
話があっちいったり、こっちいったりで
中々終わらない…
「それで~
雪見だいふくと亀最中アイス
今日は、どっちを買えばいいと思います~?」
ノドカの話がようやく終着点に辿り着いた。
「どっちでもいいよ…」
俺は真っ白に力尽きていた。
それから
俺が銭湯に行く度に、ノドカと遭遇して
毎回ノドカのゆったりペースに巻き込まれる羽目になった。
俺の人生は、ずっと早送りボタンを押しっぱなしの映画みたいだった。
でも、ノドカが勝手にスロー再生に切り替えたみたいに、時間を引き延ばす。
それが、すごくムカついたが
最近は、なんだかノドカのペースのほうが
居心地が良くなっていた。
でも、そんな日々もいつまでも続かなかった。
ある日、ノドカが
パタリと銭湯に来るのを止めた。
寂しくなんかない、またいつものように
早送りの人生を過ごすだけだ。
そして、1ヶ月経った頃
仕事の帰り道でノドカを見つけた。
相変わらず大きなリュックを背負って
ゆっくりと歩いている。
「おい!なんで急に銭湯に来ないんだよ?
あの、なんていうか…
少し寂しいだろがっ!ほんの少しだけだけどなっ!」
俺は気づいたら、全力ダッシュで
ノドカの元へと駆けつけて、声をかけていた。
「あ~、スグルさん。お久しぶりです~。
えっと~、地域の子ども食堂に~
亀最中アイスを配りに行きたいんですけど~
いつも溶けちゃって~、結局渡せないんです~。
何度も何度も挑戦しても~
私の全力ダッシュじゃ、間に合わないんです~」
リュックを見ると、アイスが
パンパンに詰まっている。
こんなノロノロ歩きじゃ、数百メートル歩くのに、どれだけ時間がかかるんだよ。
「おい、乗れ」
俺はしゃがんでノドカに背中を見せた。
「おんぶするから、その子ども食堂の場所まで案内しろ。
俺が、お前とその巨大リュックを背負って走ったほうが何億倍も速い」
「スグルさんは、本当優しいですね~」
ノドカが、俺の背中に乗る。
クソ重いが帰宅ダッシュで鍛えた脚力のおかげで、余裕で耐えられる。
俺が息をあげながら
死に物狂いで走っていると
背中に乗るマドカが呑気にいつも通り、ゆっくりと長々と、着地点がわからない話を延々と話始めた。
「ハァハァ、お前
少しは黙れねぇのか?」
「ハハハッ
なんだかスグルさんと一緒にいるのが、なんだか楽しくてつい~」
俺と一緒にいるのが楽しい…?
そんなこと言われるのは初めてだ。
そして、無事アイスを届け終わる。
「あのさ…」
「なんですか~」
「いや、その、えっと…」
「はい~?」
「えええと、そのあれだ、なんだ」
「いいですよ~
ゆっくりで~、いつまでも待ちますから~」
「お、お、俺と結婚してくれねぇか!?」
少し沈黙が訪れる。
永遠に思える。
「あ~は~は~、相変わらずスグルさんはせっかちですね~
普通は、ゆっくりと交際から始めるんですよ~」
「そ、そんなの待ちきれねえ!
すぐ結婚したい!」
「あ~は~は~」
ノドカが、ゆっくりと笑う。
あれから、数年後
俺は、いつも通り全速力で1秒でも早く帰る。
玄関を開ければ、ノドカが「お~か~え~り~な~さ~い~」と、世界で一番時間をかけた挨拶をしてくれるからだ。
かつて俺は、時計の針を憎んでいた。
早く回れ、早く進め、早く人生を終わらせてくれと願ってばかりいた。
でも今は、隣で亀最中アイスをゆっくりと、本当にゆっくりと、溶けるのを待ってから食べている、妻の横顔を、永遠に見ていたいと思う。
どんな幸せにも、いつか必ず終わりが来るという。
きっと、この幸せな時間も、いつか必ず終わりが来る。
永遠なんてないのはわかっている。
この2人の時間を止まらせることなんて、誰にもできやしない。
だから、せめて…
せめてでもいいから…
「……ゆっくりと時よ、進んでくれ」
俺がボソッと呟くと、ノドカは「え~? なんて言いました~?」と、また聞き返す。
俺は「なんでもない!」と
早口で照れながら答えた。