
父を刑事告訴した話③「本当のことだから、今ここにいます」
不思議なくらい、怖さは感じなかった。
父親も、父親の弁護士のことも。
それから、裁判官のことも。
ただ、私が何かヘマをして、母をがっかりさせたらどうしよう、という緊張が大きかった。
ここまでくるのに、母がどれだけ泣いてきたか。
私の言葉で家を出ることになって、その後の母の苦労を隣で見てきたから、ここで失敗するわけにはいかないって思っていた。
モニター越しに見る裁判官と相手の弁護士は、小さくて、遠い存在に見えた。
直接法廷に立っていたら、もっと緊張したのかもしれない。
子どもだからか、配慮してもらえて、別室で、モニター越しに証言することになっていた。
その日の朝、検察庁に集合してから、すぐ近くにある裁判所に向かった。
検事さんと、母親と、中学校の先生と、児童相談所の人がいたような気がする。
綾小路検事は、紫の風呂敷に分厚い書類を包んで、それを持って先頭を歩いていた。
児童相談所の人だったか、中学校の先生だったか、忘れてしまったけれど、どちらかのアドバイスにより、私がリラックスできるようにと、途中のコンビニに寄り、お菓子を好きなだけ買っていいと言われた。
コンビニで好きなお菓子を買ってもらう経験が少なくて、どれを選べばいいのか、わからなかった。
正直、別にいらないと思った。
でも、リラックスさせてあげたいとせっかく思ってくれたのだから、とクッキーを一箱選んだ。
ジャムのようなものが入った、ソフトクッキーだった。
どうせなら、サクサクのクッキーを選びたかったのに、と控え室でクッキーを食べながら思った。
美味しい、と笑顔を作った。
大人になった今、その手のクッキーはあまり好きではない。
裁判での検事さんとのやりとりは、答えることも大体決まっていた。
綾小路検事もモニターの向こうに映っていたけれど、打ち合わせ通り、スムーズに進んだ。
そう難しいことも聞かれなかった。「はい」か「いいえ」、あとは短く答えるだけだった。
心配していたのは、父親側の弁護士とのやりとり、裁判官とのやりとりだった。
何を聞かれるのか、わからないから。
とくに、相手の弁護士に対しては、その弁護士さん個人に恨みは全くないはずなのに、父親の弁護をしているというだけで、敵だと感じて、力んでいたと思う。
その弁護士は、あんまりやる気があるように見えなかった。
綾小路検事がツルッとしているのに対して、弁護士さんは全体的にヨレヨレな雰囲気の男性だった。
あとから聞いたところによると、国選弁護士だったらしい。
当たり障りのない質問がいくつかあった。
最後に、「本当のことだったんですか」と聞かれて、
「本当のことだから、今ここにいます」
と生意気な返事をしたことを覚えている。
裁判官からは、なぜか成績を聞かれた。
「あなたは、学校の成績は良いですか」と。
それがどうして必要なのかわからなかったし、今考えても意図がよくわからない。
進学校でもなんでもない、ただの公立中学校だったので、成績はよかった。
だから、普通に「はい」と答えればよかったのかもしれない。
「悪くはないと思います」
と、微妙に斜めな感じで答えた。
困った質問はそれだけだった。
他の質問は、もう覚えてもいないくらい。
あっけなく終わった。
もっと出番があってもいいのに、と思うくらいだった。
終わって、母の顔を見た。
失敗はしていないらしいことがわかってホッとした。
でも、その日の帰り道、母が車の中で、
「〇〇(私の下の子)の受け答えが、素直で一番よかった」
と言った。
「そっか」
と笑って返したけれど、心の中でちょっと泣いた。
私の証言したのはその一回だった。
その後も母はいろいろと裁判所に行っていた。
裁判が全て終わり、結果、父は懲役11年の実刑判決を受けた。