幸せは「特別な日」より「何気ない一日」にあった
昔の私は、
「何か特別なことが起きたら幸せになれる。」
そう思っていました。
旅行へ行くこと。
大きな買い物をすること。
夢が叶うこと。
そんな日が来たら、きっと幸せなんだと。
もちろん、
特別な日は嬉しいものです。
でも、その日は毎日あるわけではありません。
年齢を重ねるにつれて、
少しずつ気づいたことがあります。
幸せって、
案外、何気ない一日の中に隠れているんだと。
朝、目が覚める。
コーヒーを飲みながら一息つく。
仕事を終えて、
「今日も一日終わったな。」
と思える。
そんな普通の日が、
実はとてもありがたい。
ソウルへ行ったときも、
一番嬉しいのは豪華な食事ではありません。
行きつけのお店の扉を開けて、「おかえり。」と言ってもらえること。
鹿児島でも、
店主さんと近況を話しながら乾杯する時間。
それは決して特別なイベントではありません。
でも、
私にとっては何にも代えられない幸せです。
最近、新しい部屋で暮らし始めました。
まだ段ボールが残っていたり、「あれ、どこにしまったっけ?」と探し物をしたり。
そんな毎日なのに、
なんだか楽しいんです。
新しい机で記事を書いている時間。
窓から入る風。
静かな夜。
どれも特別ではないけれど、
「いい一日だったな。」
と思える時間です。
昔は、
幸せは遠くにあるものだと思っていました。
でも今は、
眼の前にあることに気づけるかどうかなんだと思います。
人生は、
大きな出来事だけでできているわけではありません。
何気ない一日が積み重なって、人生になります。
だから私は、
今日が特別じゃなくてもいい。
「今日はよく笑ったな。」
「美味しかっな。」
「楽しかったな。」
そんな一日を、
これからも大切にしていきたいと思います。
今回の本音処方。
『幸せは、特別な出来事を待つものではなく、何気ない一日に気づくことから始まる。』
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
もし何かひとつでも心に残る実験データがあったなら嬉しいです。
人生は正解探しではなく実験
今日も、何気ない幸せを見つける実験継続中です🌱