音楽: Jazz #6 | 山下洋輔 - Thought of Beatrice
人の世の巡り合わせというのは奇々怪々でして
東京渋谷に生を受けた 山下洋輔 氏が
私が生まれる前のことですが
御父様の地下資源関係のお仕事の関係で 地方のド田舎に転校し
私の通った公立小学校に数年間通学していた先輩だなんて
未だに狐につままれているような感じでしかありません。


50年ぶりの母校の子どもたちは素朴で恥ずかしがり屋の小学生。山下が授業で提案した、楽譜もお手本もない音楽の演奏はみんなにとって初体験だ。思い思いの楽器を思いっきり打ち鳴らし、広い体育館は音であふれる。自由に音楽を作りながら、子どもたちは、音楽の楽しみ、そしてコミュニケーションのすばらしさを学んでいく。
私が多感だった季節に 当時のTVや雑誌で 昭和芸能/文化人達が火花を散らす「原始スープ」のような会合や試みに登場したり、自書を著作する氏の姿は どういうわけかアンテナの高かった姉の影響もあり 比較的よく見聞きしていました。
まだ日本の非本流芸能や文化が いまのように資本主義化・ファミレス化する前の 黎明期のお話です。

その当時は 例えば物静かで珍妙だけど才気に富む芸人だった タモリ(まだサングラスでなく眼帯だった)のような変人達と 山下洋輔のフリー・ジャズは非常に距離が近かったことを記憶しています。
その交友範囲の広さたるや こんな投稿ひとつでは到底カバーしきれません。Wikipediaには「タモリを発掘した」とありますね。
恐ろしや。。。
当時から今までずっと 私の中の、今でいう”サブカル”とは断面が異なる、濃厚な非本流芸能分野での先達の一人にあり続けています。
ちょっと脱線:
少し前ですが この対談を観ました。面白かったです。 :
6月22日(土)22:00からNHK Eテレで放送される「SWITCHインタビュー 達人達(たち)」に山下洋輔が出演。解剖学者の 養老孟司 と対談を行う。
番組の前半は新宿のライブハウスにて、養老が山下にインタビューを実施。何物にもとらわれない自由な山下のジャズについて、そして「壊すのではなく別のことに入る」という山下の表現について意見を交わす。さらに、日本語の中に含まれる音楽性に着目する山下が、養老の前で“言葉を音楽で表現”する。
後半は箱根にある養老の別荘で山下からインタビュー。膨大な昆虫の標本に、山下も目を輝かせる。
ベストセラーとなった著書「バカの壁」というタイトルの意図を聞かれた養老がコミュニケーションの壁について語ると、山下はそこに音楽との共通点を感じるとコメント。さらに長年の解剖経験から会得した死の概念などについて語る言説の切れ味に、山下は「養老思想はびっくり仰天」と感服する。
* * * * *
二年ほど前にYouTubeで この曲 ↓ が表示され 「山下洋輔がなぜこんなスタンダードを?」と思わせるほど真っ当なピアノ曲だったので 驚きました(途中、フリージャズのアレンジも挿入されますが。)
その落差も手伝ってか 時々 ふと聴きたくなるんですよね。
余談)
AI執事氏をもってしても この曲の由来を推定できないほど情報が乏しそうです。” Thelonious Monk の原曲をアレンジした” と自信満々に推理してくるのですが 人力で調べても同名の曲には行き当たらず。。。。
そして、 つい先日 こんなニュースが:
謹告
山下洋輔は、年内いっぱいで演奏活動をいったん休止し、来年からは休養することになりました。 今年12月末までのライブは、変更なく予定通り行います。 十分に体調を整え、また元気な姿で皆さまとお会いできることを、本人も私たちも願っています。 長年にわたる山下洋輔へのご注目・応援、ありがとうございました。
(Nov 3, 2025)
バイタリティに溢れた山下洋輔氏といえども お歳をお召しになるのは避けられませんので ここは是非 体調を整えて頂き
私のような凡人をあっと驚かせる生命力の発露を再び見せつけていただきたいなと思います。
或いは この謹告自体 おなじみのキツイ洒落っ気であればいいなと願っています。

< 補足 >
最初/1973年のパフォーマンス画像が見つかりませんが そう言えば ”これ” 二度やったんでしたね。。。。。

ジャズピアニストの山下洋輔さん(66)が8日、石川県志賀町の海岸で35年ぶりに炎上するピアノで演奏に挑んだ。
午後5時すぎ、防火服姿の山下さんが演奏を始めると同時に点火、程なくピアノ全体が炎に包まれた。バチバチという破裂音の中で、音程が狂っていく鍵盤をたたき続ける“熱演”に約450人の観衆は息をのんだ。
約10分後に「鍵盤の間からも煙が出て限界が来た」といすを離れた後、ピアノが燃えるのをしばし見つめた山下さんは「ああいう時間、空間は地球上のどこにもない」と感慨深げだった。
前回の挑戦は1973年で「炎上ピアノを弾く男」として山下さんの名を広める契機になった。
「あの時得た表現は何だったのか再確認したい」という思いが強く、再演が実現した。
録音に入り込む 御婦人たちのお喋り、、、。
フリージャズですねぇ。
