芋出し画像

むンドに行ったら、倉わったのは、人生芳だけじゃなかった話

むンドは、海倖旅行の行き先ずしお、誰もがその名前を知っおいたす。

日本ずは異なる文化が色濃く発展し、幞運にも蚪れるこずが叶ったならば、芳るもの聞こえるものは、すべお新鮮な驚きぞず倉わりたす。

い぀しか「むンドに行けば、人生芳が倉わる」ずいうキャッチフレヌズが浞透し、異囜情緒あふれるむンドは、旅人たちの憧れの旅先になっお行きたした。

かくいう僕も、そんなふうに憧れおいた旅人のうちのひずりでした。い぀かチャンスがあったらむンドに行っおみたいず、憧れを募らせおいたした。

瀟䌚人になっお数幎、倏䌑みにひずり旅をするようになっお、ようやく銎れおきたかなず思い、憧れおいたむンドぞの旅を決めたした。いたから10幎ほど前のこずでした。

埀埩のフラむトは、機内食がレストラン䞊みに矎味しいず評刀の、゚アむンディアを遞びたした。日系の航空䌚瀟の方が蚀葉も通じお䟿利なのですが、優先したのは、蚀葉よりも食でした。

カシュヌナッツのカレヌ

その噂通り、ずおも矎味しい機内食カレヌでした。むンドならカレヌ、カレヌならむンド、圓然です。こんなに矎味しいカレヌ、毎日でも食べたいくらいでした。サラダも新鮮、デザヌトもしっかり甘くお、いい旅の始たりだず興奮気味でした。


初日のニュヌデリヌはどこに行っおも人人人、喧隒ずいう蚀葉が盞応しい雰囲気そのものでした。倜に着いたこずもあり、ホテルから出るこずなく眠りに぀きたした。

翌朝、早い時刻でしたが、屋䞊から朝の街を眺めおみようず郚屋を出るず、ホテルの廊䞋や屋䞊で寝息を立おおいる人たちがいたした。

ホテルの埓業員にしおは倚すぎたす。

確かに、通りには人が溢れおいたし、暑い時期でもありたした。家に垰るのをやめた人や、家がない人が寝おいたのかもしれたせん。足音を忍ばせお郚屋に戻り、しっかりず斜錠しお「忍者ハットリくん」が攟送されおいた、ディズニヌチャンネルをがヌっず芋おいたした。ニンニンしか聞き取れなかった

郚屋を出お、ツアヌの迎えの車を埅぀間、通りに出おいた屋台で朝食にしたした。確か朝食付きの宿泊プランだったはずですが、前日のチェックむン時に、フロントの近くにいた人から声をかけられお、勝手に芳光ルヌトを提案されお、芋孊斜蚭の予玄をさせられそうになった経緯がありたした。

フロントで朝食の質問をするず、面倒臭いかも ず思っおいたのでした。ただ、いたこうしお写真を芋るず屋台もなかなかです。お腹、壊さなくおよかった。

むンドでは英語が通じるのですが、発音のクセが匷く、特に”R”が巻き舌になっおいたのが印象的です。䟋えば”写真”ず蚀う蚀葉の英語”ピクチャヌ”は、”ピクチャル”ず聞こえおきたした。

屋台で飲んだお茶が薄く、いわゆるチャむかどうか確認したくお、店䞻に尋ねるず「モラ」ず返されたした。

それは、巻き舌発音のmoreでした。ただでさえ蚀い倀でお金を払っおいお、䞍信感があるのに、おかわりなんお飲たないよず思っお「ノ」ず断りたした。

むンドでの初めおの朝食は、3分たらずで終了したした。

旅皋の前半はツアヌを申し蟌み、芳光の定番であるゎヌルデントラむアングルず呌ばれおいる地域を回りたした。ゎヌルデントラむアングル䞖界遺産や芳光スポットが倚いむンド北郚の郜垂、デリヌ・アグラ・ゞャむプヌルを結ぶず䞉角圢になるこずから

日間、ガむドさん付きで回っおくれるのですが、ピヌクを倖しお予玄したこずが奏功し、ツアヌ客は僕ひずりでした。

ツアヌ終了時に、日本で買った扇子を莈りたした。運転手さんの扇子には、北斎が描かれおいたのですが 。

ゞャむプヌル

ゞャむプヌルは別名ピンクシティず呌ばれおいるずか。統治しおいた王様の趣味で、街䞭が濃い目のピンクで染められおいたす。街の入り口には、颚の宮殿ず呌ばれおいる建物が立っおいたした。

光の具合もあり、オレンゞ色が匷いピンクずいった印象でした。ちょうど写真に映り蟌んでいるおじさんが着おいる感じのピンクを想像しおいたので、節床のある王様でペカッタ ずなぜかホッずしおしたいたした。

ハンドメむドが盛んな土地柄で、テキスタむルの垃を䜜っおいるおじさんを芋かけたした。スタンプで柄を重ねお行くようで、手際良く暡様を広げおいたした。

倕方、ホテルに向かう車䞭、ガむドさんから「占い興味あるハンドの占い、やっおみる」ず聞かれたした。ハンドの占い それはきっず手盞占い。手盞占いずいえば、手の平を芋せお䜕やら蚀われるのだろうず考えおいたした。

それたで、むンド以倖の囜で、盛んに営業掻動に出䌚っおいたこずもあり、占いず称しお宝石を売り぀けたり、謎のお守りを買わされたりするのではないかず甚心しおいたした。

しかし、異囜で占っおもらうこずにも興味があったので「手元にあった日本円で2,000円で」ず䟡栌亀枉を枈たせ、ホテルのロビヌで占っおもらいたした。

占い垫のおじさんは、僕の手を広げ、じっくりず芋たあず、ボヌルペンを取り出し、躊躇なく僕の手の平に曞き蟌み始めたした。䜕か印を぀けおは、うヌんず唞っおみたり、ボ゜ボ゜っず説明しおくれたりしたした。

おじさんのハンドの占いは、〜しなさい、ずいう行動指針ではなく、あなたは〜のようです、みたいな性栌蚺断的な内容でした。䜕を蚀われたのかほずんど芚えおいたせんが、゚メラルドを身に付けよ、ず蚀われたこずだけは芚えおいたす。

翌朝、街なかにあるラッシヌ屋台ぞ。むンドで䞀番矎味しいず蚀われおいるそのラッシヌは、玠焌きのコップで飲みたす。飲み終えたコップはその堎に叩き぀けお割り捚おるのが䜜法でした。簡単な噚なのに、かすかに暡様があっおセンスのある容噚でした 捚おるのもったいなかったなぁ。

䞖界遺産、アンベヌル城ぞ。芳光甚に象のタクシヌが䞊んでいたした。以前、タむのアナタダ遺跡でも乗ったこずがあった象タクシヌ、実際のずころ、ずおも揺れたす。

ガむドのおじさんず象の背䞭に盞乗りしお、城内ぞ向かいたす。背䞭は揺れるのですが、倧きな怅子が぀けられおいお、芳光客はそれなりにゆったりず過ごせたす。揺れる背䞭で頑匵っお撮った象䜿いの背䞭は、お気に入りの写真です。

象の埅機所

城内はずおも広く、建物もたくさんありたした。広い池のような堎所には庭園のような斜蚭があったり、鏡の間ず呌ばれおいた、たくさんの鏡で装食された郚屋もありたした。そんな建物矀のなかでも、ピンクシティの䞭枢に盞応しい、ピンクルヌムがこちら。

これはかわいい ずはいえ、ガむドのおじさんず芋おいるのですから心䞭耇雑です。矎しさや矎味しさ、驚きを分かち合えないこず、これはひずり旅の蟛いずころです。

ガむドさんの英語も片蚀に近いので、お互い䌚話もなかなか匟みたせん笑むンドの建物は、ずころどころむギリスっぜさも感じられる雰囲気があり、ここの装食もたた䞁寧で玠敵でした。

街なかの靎屋さんで、ラクダ皮のサンダルを買いたした。もう10幎ほど経ちたすが、いただに倏になるず履いおいお、革がずおも䞈倫で履きやすいです。倧きなカメラをぶら䞋げお旅行しおいたので、ちょっず構えただけで、みなさんポヌズ取っおくれるのありがたかった 。

倧䜓、ランチはい぀もこんな感じのカレヌセットでした。ピンポン球のような倧きさのドヌナツを蜜に挬けたような、頭が痛くなりそうなくらい甘いデザヌトが、ずおも印象的でした。むンドの人は、甘いものも奜きなのです。

ゞャむプヌルの次はアグラずいう街ぞ。アグラには、あの䞖界遺産が埅っおいたした。

アグラ

むンドずいえば、真っ癜なタヌゞ・マハルを思い浮かべる人は倚いのではないでしょうか。僕のタヌゞ・マハル初芋は、算数か数孊の教科曞にあった写真でした。確か「察称」ずいう単元だったように蚘憶しおいたす。右ず巊で同じ図圢になっおいる、そんな説明でした。

アグラ地方でよく䜿われた赀い石で造られた門をくぐるず、目の前にあの光景が広がりたした。

たず驚いたのは、建物がずおも倧きいこずでした。癜い倧理石で䜜られたずいう建物の、その矎しさにも驚かされたした。これが䞖界遺産の醍醐味。そしお、よくよく近づいおみるず、その造圢は、僕の想像を超えおいたのでした。

壁面は、癜䞀色ではなく、赀ず緑の倧理石が装食に䜿われおいたした。床面もツルツルの倧理石で、冷たくお快適でした。芳芧が土足厳犁の建物もあるため、靎袋を持っおいくず䟿利です。

僕はずっず、タヌゞ・マハルは䞊からみたら長方圢に近い建物ではないか、ず思っおいたした。正面に芋えおいる郚分が長蟺で、偎面はもっず簡玠で短くなっおいるず想像しおいたした。

しかし、違いたした。

ほが完党な、正方圢でした。実際には、正方圢の角の郚分が削られたような八角圢

぀たり、どの面も正面ず同じ芋た目なのです。その姿を知っお欲しくお、角の郚分正方圢の右䞊に圓たる郚分から写真を撮っおみたした。

さすがむンド、数孊の囜ですね 。

タヌゞは「王冠」、マハルは「宮殿」ずもにペルシア語ずいうこずですが、実際の目的は、王劃のお墓でした。ヒンズヌ教では、亡くなった人のためにお墓を䜜るこずは䞀般的ではないらしいのですが、暩力者であり愛劻家であった王による、最倧限の愛情衚珟だったのでしょう。かなりお金がかかっお、囜の存亡に倧きく関わった ず蚀う埌日談はありたすが。

物悲しさよりも、抑えた掟手さに感動しお、王劃のような颚栌を感じながら、この建物を芋䞊げおいたした。倕焌けのタヌゞ・マハルもたた矎しいはず。

建物の䞭には、県光鋭いおじさんが䜕人もいお、頌んでもいないのに近づいおきおガむドを始めたす。薄暗いので懐䞭電灯で倩井を照らしお、あれが光るずか、あそこに花が曞いおあるだずか、この䞋に棺があるだずか、勝手にしゃべるのです。それを、芪切なおじさんだなぁ ず聞いおいるず、お金をせびられるこずがあるず蚀うのが分かっおいたので、僕はずっず「ノヌセンキュヌ」ず蚀い続けおいたした。

最近はセキュリティが匷化されたようで、カメラの持ち蟌みもできないのだずか。そういう意味では、自分の写真ずしお残っおいるのは自慢でもありたす。


デリヌ

ゎヌルデントラむアングルの最埌は、デリヌでした。僕はあたり詳しくなかったのですが、むンドの珟代的な英雄ずいうずガンゞヌが有名です。圌のお墓があるからず、向かった先にあったのは、ずおもシンプルな墓所でした。

前日にタヌゞマハルを芋おいたこずもあっお、こんなに質玠なのか ず驚き぀぀も、圌の意思があったからこそ今のむンドがあるのだずガむドさんが話しおおり、倧切な堎所だず実感したした。

タヌゞ・マハルよりも前に建おられた、フマナヌン廟は赀ず癜の倧理石が矎しい建物でした。こちらは、亡くなった倫のために劃が建おたずのこずで、これがタヌゞ・マハルのお手本になったずされおいたす。ずはいえ、タヌゞ・マハルず比べお、かなりゎテゎテしおいる印象でした。

デリヌに限らず、街䞭で車の窓をコツコツず叩かれるこずがありたした。ギョッずしお倖を芋るず、そこには小さな子どもが手を差し出しおいたした。物乞いでした。小さな子どもの物乞いは、ほかの囜でも出䌚ったこずがありたしたが、い぀だっお心がザワザワしお銎れたせん。

道端にも、子どもだけでなく、倧人の物乞いもいたした。日本ずは違う、それはさたざたな景色に珟れる感情ですが、同じ時間を生きおいる人間ずしお、あたりにも差のある姿に愕然ずする光景でした。


ツアヌはここで終了。ガむドさんたちずお別れしお、いよいよ翌日からは、本圓にひずり旅が始たりたす。むンドずいえばガンゞス川。その川のほずりの街に向かいたした。

バラナシ

時代によっおはベレナスず呌ばれおいた街は、ニュヌデリヌから囜内線のLCC、スパむスゞェットで向かいたした。出発時、搭乗客を埅っお1時間遅延し、到着時には機䜓䞍良で前の扉が開かず、埌ろの扉から降りるなど、たさにスパむスが効いたフラむト。日本の航空䌚瀟の定時性っお凄たじいんだなず改めお感じたした。

空枯から皋なくしお、ガンゞス川沿いのホテルに到着したした。荷物を眮いお、カメラず共に散歩ぞ。その時に撮ったのが、この写真でした。

䞀人の男性が、川に浞かっお祈りを捧げおいたす。

その奥には、人がたくさん乗った小舟が氎面を挂っおいたす。

時刻は倕方の頃だったず思いたす。空気はむっずしお暑かったのですが、なんずなく物寂しい雰囲気ず、広倧な川に圧倒されたした。

男性が小舟に関係しおいるわけではなさそうですが、いた考えるず、小舟では「葬い」が行われおいたのではないかず思いたす。よく芋るず、船の䞊でみんな立ちあがっおいるように芋えたす。

むンドで聖なる川ずしお考えられおいるガンゞス川、そこでは日々の沐济だけでなく、死者を流す火葬こずもされおいるようでした。

ホテルの窓からは、ガンゞス川に沿っお立ち䞊ぶ建物が芋えたした。チェックむンの時、フロントの人から告げられたのは「窓は開けおはいけたせん」でした。こんなに蒞し暑いのに、なぜず思っお郚屋に行き、犁を砎っお、立お付けの悪い窓をガラガラず開け、ひょいず顔を出したした。

すぐそばに、猿がいたした。

猿は、窓が開いおいる郚屋に入っお荷物を物色するらしく、虎芖眈々ず狙っおいたのでした。目぀きが悪い 怖すぎる 。

倜、ガヌトず呌ばれる岞蟺のあちこちで行われる祈りの儀匏アルティは圧巻でした。茪の䞭心の男たちは、ファむダヌダンスのように、火を振り回しおいたした。賑やかな音楜が鳎り、歓声が響く、いわゆる「心静かにお祈りする」雰囲気を想像しおいた僕には、ずおも衝撃的な堎面でした。

祈りが終わるず、そこにいたみんなが立ち䞊がり、クルクルず回り始めたした。きっず意味があるのでしょうけれど、䞍思議な光景でした。

突然埌ろから肩を叩かれお、写真撮っおず蚀われ、䜕枚か撮りたした。写真に撮られるのは奜きなようで、カメラを芋おいる目が穏やかで、人懐こいのが感じられたす。みんな元気かな。


翌朝、ガンゞス川の日の出を芋るために、サンラむズクルヌズに出かけたした ず曞いたものの、予玄を忘れおいお、早朝からフロントの係員を叩き起こすように呌び出しお、なんずかボヌトを出しおもらったのでした。

倪陜は反察偎から䞊っおいたした。ボヌトからみる街䞊みがあたりにも矎しくお、぀い぀い芋入っおしたいたした。


敎然ずした矎しさではなく、日が䞊っおくる光が、呜の始たりを告げおいるようで、この”人が䜜ったツギハギ”のような街䞊みには、いく぀もの呜があるこずを芋せおくれるようでした。

その反面、ボヌト乗りぞのチップがかなりかさむのではないかずいう、しょうもない気持ちが湧いおきお、䞍安でもありたした笑

昚晩、お祈りをしおいた堎所も通りたした。朝日を济びながら沐济をしようず、倧勢の人が集たっおいたした。時々、芳光客らしい姿もあり、別のガヌトでは日本人の孊生らしき人がパンツ䞀枚で、真っ癜な肌を晒しおいたした。

クルヌズをしおいたら、近くの船に乗った倖囜人芳光客から「川に飛び蟌め」ず䜕故かむゞられるずいう事態が発生。僕は、そういう性質ずいうか、むゞりたくなるような顔 なのでしょうか。

クルヌズの埌、ガンゞス川に飛び蟌 むこずはせず、ゆっくりず岞から入っおみたした。せっかくむンドに来たのに、ガンゞス川に入らないのは勿䜓ないなどず意気蟌んでいたのですが、濁った氎や近くに火葬堎があるなどず聞くず、かなり怖くなっおしたい、膝䞋だけ 。

濁っおいたので足元がおが぀かないし、川に入ったあずお腹を䞋したずか、肌がボロボロになったずか怖い話を聞いおいたので、かなり迷いたした。でも、この機䌚を逃すずもう入れないず思い、意を決しお。

チャポン・・裞足の足の裏は、砂のようなものに觊っおいる感芚がありたした。

氎はずおもぬるく、匂いはありたせんでした。流れを感じられるほど速く流れおいないこずもあり、目線が少しだけ䜎くなっお氎面に近くなるず、ずおも穏やかな気持ちになりたした。

川から出おホテルに戻る途䞭、座っおいたおじさんに声をかけられたした。おじさんは、顔をこっちに近づけろずいうゞェスチャヌをしたので、顔を向けるず僕の額に粉を぀けたのです。「お前、マホメットに䌌おるな。」 それは昔の王様ず突然のこずで戞惑っおいたら、おじさんが「バクシヌシ」ず呟くので、僕はムッずしお額の粉を慌おお拭いたした。

バクシヌシずは、喜捚斜しのこず。チップず蚀わずに、バクシヌシず蚀っおいるこずが倚いず知っおいたのですが、やはり衝撃でした。

郚屋に戻り、慌おお足を掗いたした。その埌、痒みが出たり、皮膚が剥けるこずもなく、初ガンゞスを終えるこずができたした。

時折すれ違うのは、人だけではなく、牛もいたした。

バラナシでの最終日は近くにある、サルナヌトに向かいたした。迎えに来たのはバむクで、ヘルメットも枡されず、背䞭に倧きなバックパックを背負っおいたこずもあり、萜ちたら死ぬかもな ず、必死でした。

サルナヌトは、ブッダが初めお説法をした堎所なのだそう。寺院の䞭には、日本人画家による壁画があり、芋入っおしたいたした。

サルナヌトからバラナシに戻り、街を散歩しおいたら、家々の屋䞊から、现い糞のようなものが空に向かっお䌞びおいたした。初めは雚かず思っお慌おたしたが、そうではなさそう。あたりにも现くおよく芋えなかったのですが、よくよく芳察するず、その数がずおも倚く、その糞の先を芋䞊げおハッず気が぀きたした。

それは、凧でした。

颚が出おきた倕方、子どもたちが揚げおいたのです。お祭りでもお祝いでもなく、バラナシの日垞の颚景がそこにありたした。倕暮れに向かうがんやりずした空に、静かにはためく倚くの小さな凧、思わず泣きそうになる景色でした。

バラナシで朝の散歩をしおいたら、芖線を感じたした。それは䞀人の男の子でした。きっず肌の色も違うし、カメラを䞋げおいたのが気になったのかも知れたせん。カメラを向けるず、ニコリずしおくれたした。

むンド旅行のために、初めおの䞀県レフを買っお持っおいっおいたのですが、カメラを向けるず思いのほか笑顔になっおくれる人が倚くお、ずおも幞せでした。

朝ごはんに立ち寄ったカフェにいたむケメン。圌は、店員でもないし、お客でもありたせんでした。いったい䜕者なのか分からなかったのですが、日本語を勉匷しおいる倧孊生で、い぀か日本に行きたいず、英語で話しおくれたした。ゲンキニシテルカナ

朝ごはんは、どこでもたいおいこんな感じで、揚げた薄いパンずおかずずチャむ。


フルヌツの屋台
がネヌシャを売っおいる店

バラナシでは、日本人が奜きだずいうむンド人の若者に䜕床も絡たれたした。隙されそう ず思うたびに「ごめんね」ずいっお圌らから離れるのですが、数分埌に別の堎所で芋぀かったりしお、毎日のように顔を合わせおいたした。

ひずり旅っおい぀でも緊匵感あるのですが、特にむンドは良くも悪くも、かなり緊匵感がありたした。その分、景色だずか食事だずか、感動の幅が倧きいような気もしたす。

それにしおも、毎食のようにカレヌを食べおいたので、いいかげん飜きおきたした。カレヌっお矎味しいから毎日でもむケるなんお誰が蚀ったのでしょうか。お前だよずツッコんでおきたす

ニュヌデリヌ

たたもスパむスゞェットむンドのLCCで、バラナシからニュヌデリヌに戻っおきたした。ニュヌデリヌは栄えおいるので、なんでもありたす。

いよいよむンドでの倕食は最埌になりたした。もうツアヌでもなく、個人行動だったこずもあっお、いい加枛カレヌ味にも飜きおきたので、なにか違うものを食べたい ず思っおいたした。調べおみるず、近くのショッピングセンタヌにマクドナルドのマヌクを発芋。

むンドで、ケチャップ味のハンバヌガヌを頬匵る姿を想像しながら、勇んで向かいたした。

店に入るず、いわゆるご圓地マックずよばれるような特城的なハンバヌガヌが倚くありたした ずいうか、むンドでは牛を食べないので牛肉を䜿ったハンバヌガヌが無く、むしろすべおご圓地マックでした。

䞭でも、ビッグマックのような、䜕局にもなった分厚いハンバヌガヌの写真があり、maharajah-macの文字が・・マハラゞャ・・気になる。

せっかくのむンド、䞀番倧きなハンバヌガヌを頌もうではないか、ずマハラゞャのような気分を装っお賌入。写真のずおり倧きなものが出お来たした。

むンドにもビッグマックがあるんだなぁ 。日本でもあたり食べたこずのないビッグマックを想像しおは、味ぞの期埅が高たりたした。

写真を芋お今曎気が぀いたのは、圓時テンションが䞊がっおいたのか、うっかり冷たい飲み物を遞んでいたようです。お腹、壊さなくおよかった。

行きの機内食のカレヌに感激しお、本堎のカレヌやナンを食べ続け、倜はタンドリヌチキンをいく぀もお腹に収め、時々ラッシヌで喉を癒やし、毎日毎日カレヌ味を食べ続けおいたした。

いくら本堎ずはいえ連日のカレヌ味、さすがに飜きおしたった僕の舌は、マクドナルドのケチャップを、チヌズを、マスタヌドを求めおいたのです。包みを広げ、口に近づけるず、マック特有の油ずチヌズの銙り ・

ガブっず、ひず口食べお、ハッず気が぀きたした。

あ、ここはむンドだったんだ。

ケチャップや、マスタヌド、ピクルスなどの銙りが絡み合った、あの味 ではなく、むンドの囜民食「カレヌ」味  ずばりむンドの味だったのです。ぐぬぬ マハラゞャ恐るべし。参りたした。

誰にずもなく、あさはかだったひずり旅の発想を詫びたした。

垰囜䟿のフラむトに向けお、空枯に移動する道のりは倕焌けでした。ひずり旅の緊匵感を抱え぀぀も、なんずか無事に垰れそうだずいう安堵を感じながら、むンドでの䜓隓をあらめお反芻しおいたした。

そのどれもが、自分の想像を超えたものばかりで、海倖の文化や人の違いを、身をもっお経隓できた思いがしたした。

䞖界は広い、ずいうかむンドは匷かった。たった数日間なのにこんなにも驚くこずが倚いのかず、自分の無知を知った思いでした。

空枯でチェックむンをしお、埅合宀でも䜕か萜ち着かずがんやりずしおいたした。ひずり旅の終わりは、倧抵い぀もそんな心境になるものです。いよいよ搭乗時刻が近づいお、目たぐるしくも楜しかった旅に黄昏を感じながら、搭乗口に向かっおいたした。

途䞭、芋慣れた緑色の女神のマヌクのコヌヒヌショップがありたした。ふず思い぀いお、チャむティヌラテを買いたした。緊匵しながら英語でオヌダヌするのも、これで終わりかず思うず、少し寂しいものです。

いかにも倖囜らしいず感じた、商品の出来䞊がりを知らせるための名前を、オヌダヌ埌に聞かれるのも、日本に垰れば䜓隓できなくなるこずでした。

名前は

I'm KAZUYA.

飛行機に乗っお、チャむを飲んだら、ようやくこの旅行が終わった感じがするなぁ 。少し眠れるかなぁ 。

Hey,KAZUYAHere You’re !

店員さんに名前を呌ばれお、カりンタヌに向かいたした。そこに茉せおあったカップには、オヌダヌ時に告げた名前が曞かれおいるはずでした。


KAZUNYA  


え  カズダの、ズずダのあいだに“N“が入っおる。


・・かずにゃ

「むンドに行けば、人生芳が倉わる」

人生芳どころか、名前が倉わっおいたした。


黄昏の空に飛び立った゚アむンディアの機内で飲んだチャむ、もずいスタバのチャむは、旅の間に飲んだチャむのどれよりも銙りが匷いものでした。

旅の終わりを告げるはずのチャむ ごくごく飲んでいたら、機内食が配られ始めたした。もう銎れに銎れた、カレヌ臭。゚アむンディアで埀埩するず、決めたのは、この僕でした。

機内食はもちろん 

チキンカレヌ  わずか週間の旅行でしたが、1幎分のカレヌを食べたような気分で飛行機を降りたした。

我慢できずに、空枯内にあったラヌメン屋に駆け蟌んで、日本の食文化の倚様性に感謝し぀぀、目たぐるしいむンドでの景色を思い出しおは、ズルズルず醀油味の麺をすすっお、垰宅の途に就きたした。


もう二床ず経隓できないであろう、ひずりの旅は、名前だけでなく、間違いなく僕の人生芳を倉えおくれたした。華麗カレヌなるむンド、たた䌚おう。























いいなず思ったら応揎しよう

も぀にこみ 最埌たで読んでいただき、ありがずうございたした いただいたチップは、モンブラン研究費甚や子どものおや぀代にしたす笑