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Photo bymasa_san_jp

【短編小説】万華鏡のように、きらり。



    「ゴーストライター、一直線か?」

    わかっている。一度手を出したらもう後には引けないのだ。

    毎年同じ部署の上司や同僚たちとお花見に行く。コロナ禍ですっかり飲み会文化も縮小してしまったため、それが我が社の唯一の楽しいイベントといっても過言ではなかった。
    幹事は若手に任されるのだが、今年は私の同期に白羽の矢が立った。
    大人数のイベントを仕切ることは簡単ではない。桜の開花予想、人手、開催するスケジュールや時間帯、多方面の予定を考慮して日付を絞り参加を募る。二次会のお店を手配するなど、やらなきゃいけないことは多岐に渡る。ケータリングの手配など幹事だけでは手に負えない部分は、先輩や同期の協力を得ながら進めなければならない。
    私は昨年、幹事をした。レク的なイベントではあったものの、プレッシャーをかなり感じた。通常業務に加えてお花見の準備も同時並行で行うため、幹事を任されてから開催当日まで息つく暇もなかったように思う。
    願わくばもう二度とやりたくない。

    「こんな感じで皆さんに連絡しようと思うんですが、文面の添削をお願いしてもよろしいでしょうか?」

    深夜に同期から送られてきたLINE。なぜ私にと一瞬思ったが、去年幹事をした経験を買われているのだと思う。私は1度スマホをリビングのローテーブルに伏せてキッチンに飲み物を取りに行った。返事を考えあぐねていたのだ。
    添えられていた文章は、確かにお世辞にもわかりやすい文面とは言えないものだった。情報共有が目的なのに改行がほとんどされてなくて視認性が悪く参加費や時間の記載が目立たない。文末が「~だそうです」とか語尾が伝聞になっている(責任の所在をあやふやにしたいという魂胆が見えるなと邪推してしまった)。

    薄目でスマホの画面をもう一度見たあと、トイレにも行った。
    ここで添削したら、今後同じような機会があった場合また添削を頼まれる恐れがある。
    お花見の開催の日までずっと彼女の赤ペン先生になるのは正直避けたかった。しかし頼って尋ねてくれた手前無下にする訳にもいかない。何よりこのまま手直しせずに送信されると読んだ人流し読みされ、誤読されるかもしれない。余計なトラブルが起きないようにすることは、己の億劫さよりも大事なことだ。
    ……そう自分に言い聞かせながらも、私は最後の悪あがきで、催していないのにもう一度トイレに行った。

    なるべく簡潔に、冗長な部分は削り、なるべく短く、改行して、見出しを付ける。
    金額や時刻など数字がわかりやすいように括弧をつける。私がしたことはそれくらいだが幾分マシになっただろう。
    「私の書き方が最適解ではないですが……」と一言断りを入れて送信するとすぐに返信が画面にポップアップした。

    「このまま使わせてもらってもよろしいでしょうか?」

    あまりのスピード感に、私は思わず数秒間、目を伏せた。

    「いいですよー!次回以降もこんな感じで共有して大丈夫だと思うのでよろしくお願いしますー!!」

    文末に、にこやかな絵文字を添えて打ち返す。
    暗に「次からはもう、自分でこの通りに書いてね!」と言っているのだ。
    頼む伝われ頼む。

    「ありがとうございます!次回以降も宜しくお願いします!」

    ポップアップした文字を見て、私は天を仰いだ。……もう何も言うまい。私が手を出すと決めた時点から、私が始めてしまった物語なのだ。もう一蓮托生だ。お花見の日まで、ずっと彼女に伴走していくしかない。これはもう赤ペン先生じゃなくてゴーストライターだ。
    私は無難なキャラクターのスタンプを返事代わりに送ると、先ほど淹れた、もうとっくに冷め切ってしまったお茶をぐっと喉に流し込んだ。

    「ベリーダンスの大会?」
    LINEのやり取りから数日後、私は例の同期の彼女から、見知らぬInstagramのプロフィール画面を見せられた。
    それは、この街に定期的にやってくるというベリーダンス講師のアカウントだった。普段は東京や海外で活動しているが、数ヶ月に一度、私たちの住む街にもやってきてレッスンや、生徒が練習の成果を発揮する発表会を開催しているらしい。
    同期の彼女がベリーダンスをやっているなんて、少しも知らなかった。
    そして今週末、その練習お披露目イベントがあるらしい。

    「Instagramで生配信があるので、もしよかったら見てほしいです!」

    そう言って満面の笑みで、彼女は自分のデスクへと戻っていった。どうやら他の同僚たちにも同じように宣伝して回っているようだ。一人残された私は、自分のスマホで先ほどの講師のプロフィールを検索して見つけると、週末のスケジュール欄に「ベリーダンス 19:00」と静かに記入した。

    19時。自室のソファに寝そべりながら、私はInstagramを開いた。
    程なくして始まった生配信の画面には、かなり派手な化粧を施した、とんでもないくびれを持つ女性が、きらびやかなベリーダンスの衣装を身に纏って佇んでいた。なるほど、この人がプロフィールの講師その人らしい。
    オリエンタルな音楽が流れる中、暗いステージの中央にスポットライトが当たっている。講師の女性が腰をくねらせると、衣装につけられた小さな丸い金属の飾りの群れが、光を浴びてキラキラと乱反射した。
    美しかった。ベリーダンスを初めて見た自分にも、あの講師の動きが、どれほど長い歳月をかけて鍛錬されたものであるかは容易に想像がついた。

    周囲が圧倒されるような講師のソロダンスが終わり、次はいよいよ生徒たちの発表の順になる。
    講師と入れ替わるようにしてステージに上がった、三人組の生徒たち。そのうち、一番左のポジションに立っているのが、例の同期の彼女だった。心なしか、画面越しの彼女からは緊張が窺えた。
    いつものオフィスで見せるのんびりとした笑顔とはまったく違う、真剣で張り詰めた表情をしていた。

    生徒たちのダンスが終わった後、私は自室のソファで、画面越しの彼女たちに向かって小さく拍手を送っていた。
    講師の圧倒的な踊りに比べたら、彼女たちのそれは、素人目で見ても拙いと言っていい出来栄えだったと思う。
    しかし、「上達したい、もっと上手く踊りたい」というひたむきな気持ちは、真剣ながらも精一杯の笑顔を作っている彼女たちの表情から、画面を越えて観客である私にも十分に、痛いほど伝わってきた。
    仕事中には見たことのない彼女の一面が腰に光るスパンコールのようにきらり。万華鏡のように光った。

    仕事の連絡LINEを丸投げしてくる彼女と、ベリーダンスに熱中してひたむきに踊る彼女。そのどちらもが、たしかに彼女という一人の人間なのだ。私が見ていたのは、彼女という多面体の、ほんの一面に過ぎなかったのだろう。
    誰もが当たり前のように、ビジネススキルを高めたいわけじゃない。わかりやすい文章を書きたいと願うわけじゃない。

    人はみんな、見えないところでそれぞれの色を持って輝いているのかもしれない。

    少なくとも彼女には、命を燃やして「上達したい」と願う場所が、あのきらびやかなステージの上にある。


    画面が真っ暗になり、配信が終わった。
    私はスマホをローテーブルに置く。もう完全に冷めきったお茶を一口、今度はゆっくりと含んだ。渋みのなかに、ほんの少しだけ甘みを感じる。
    次の連絡が来たら、また赤ペンを入れてやるか。
    窓の外の暗闇を見つめながら、私は小さく苦笑いした。





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    函館在住。元講師・哲学・仏教・古典の知恵を掛け合わせたエッセイ&名著レビュー。読書で得た知見を日常に引き寄せ、思考の軸をつくるヒントをお届けします。 noteの感想文の連載やメンバーシップでも発信中。 まずは固定の自己紹介記事からどうぞ↓ (おすすめ記事の特集です)

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