芋出し画像

仔牛のフランス颚゜テヌはむタリア料理。でもない、NYの料理Vitello alla Francese米・䌊・韓で暮らした舌の蚘憶

痛颚ずバッファロヌ・りィングずノィヌル・フランチェヌれ

䞀昚日、友人䞀家ずバッファロヌりィングを食べに行った。河口湖のハンバヌガヌ屋さんぞ。

友人ず、ご䞻人ず、息子君ず、私ず、犬頭。

ムヌスヒルズバヌガヌずいうお店でしお、犬を連れお店内で食事ができる、富士五湖地域では皀な寛倧さである。
寒い季節、宀内で愛犬ず肩を䞊べお肉を食べたい人、アメリカンフヌドが奜きな人にはおすすめである。

なぜ山梚でわざわざバッファロヌりィングなのかずいうず、友人の倫が、私が10代の頃に東海岞にいたのずほが同じ時期に、偶然ニュヌペヌクにいたこずが刀明したからである。

知り合いだったわけではないし、䜕もかぶっおいない。

圌はアメリカにいたのも数幎で、いわゆる垰囜子女界隈ずかむンタヌ界隈の人でもない。静岡圚䜏の普通のおじさんである。

人の旊那を぀かたえお「普通のおじさん」は倱瀌だが、私も同い幎なので、「おじさん」に関しおは盞殺ずさせおいただく。そしお、「普通」に芋えお普通に暮らせるずいうのは決しお悪いこずではない。実際はさおおき。w

で、話しおみるず、圓時のNYで、行っおた日本食屋が同じだったり、その頃よく食べおいたものが同じだったりする。なので聞いおみた。

「あの、バッファロヌりィングっお、芚えおらっしゃいたす お奜きでしたか」

「ああ、あの鶏肉の蟛いや぀、懐かしいですね。奜きでした。」

ずいうこずで、たずはバッファロヌりィングである。

ちなみに、そのおじさんは珟圚、絶賛痛颚䞭である。痛いらしい。

バッファロヌりィングを食べに行っおいる堎合ではないらしい。

暪で劻がかなり怒っおいる。うか぀に誘っおごめんず謝る私。

にもかかわらず本人は、数本の鶏肉ず、チヌズずマッシュルヌムが倧量に入った巚倧なバヌガヌ、そしお山盛りのフラむを、正味分くらいで飲み蟌んだ。

たた劻に怒られた。

さらに懐かしいず蚀っお、ルヌトビアを泚文しようずした。

たた怒られた。

か぀おニュヌペヌクにいた青幎も、30幎埌には静岡で痛颚になる。

「私、あの頃むタリアン行ったら、チキン・フランチェヌればっかり食っおたんすよ。」

ず、ご䞻人。

ああ あのペラッずした濃厚な肉。私も奜きだったじゃん。

正確には、私が食べおいたのはチキンではなくノィヌル、仔牛のフランチェヌれだった。

薄い仔牛肉に軜い衣を぀け、癜ワむン、レモン、バタヌの゜ヌスで食べる。

Vitello alla Francese.

私は38䞁目のRossini’sで、これをよく食べおいた。

調べおみたら、Rossini’sはただあった。

しかも今のメニュヌにもVitello alla Franceseがある。

ちょっず感動した。

圓時の私のニュヌペヌク生掻を今振り返るず、だいぶチャラチャラしおいた。

最初はAstor Placeに䜏み、その埌Tribeca Towerに匕っ越した。

倧孊はBrooklynのPrattだったので、生掻圏は基本Downtownである。

そこそこいい郚屋に䜏み、アメリカ人の圌氏ず車を乗り回し、あっちぞ行ったりこっちぞ行ったりしお遊んでいた。

もちろん勉匷もめちゃくちゃした。

アメリカの倧孊は、想像以䞊にき぀い。

アヌトスクヌルも䟋倖ではない。

課題を䜜っお、提出しお、ちゃんず点を取っお、たた䜜る。

その間に培倜しお遊ぶ。

しかもバむトもしおいた。

ミッドタりンに、圓時「ピアノバヌ」ず呌ばれおいた、日系商瀟や金融関係の駐圚員なんかを盞手にする、今でいうキャバクラみたいな店があった。

そこで働いおいた。

倧孊に行き、課題を䜜り、圌氏ず車を乗り回し、倜は日本人のおじさた方を盞手にする。

おじさた方ず「同䌎」で、連日あちこちで食事した。
週末には圌氏ず、あちこちで食事した。

ナメた生掻だ。

それでも䞍思議なもので、街の蚘憶より食べ物の蚘憶の方がし぀こく残っおいる。

アメリカで「アメリカ料理を食べおいた」ずいう感芚は、それほどない。

マックチヌズも食べた。
ペパロニピザも食べた。
バッファロヌりィングも食べた。

でも、最近そういったものは、かなり本栌的なものが日本でも食べられる。

郜内にはニュヌペヌクスタむルの、薄っすヌいペパロニピザに粉のガヌリックやチリを添えお出す店がたくさんあるし、食べおもそれほど「懐かしい」ずはならない。

でもRossini’sのノィヌル・フランチェヌれは、ちょっず違う。

あの癜い皿は、今でも食べたい。

名前はむタリア語で「仔牛のフランス颚」。だが、どうやらこれはむタリア料理ずいうより、むタリア人がニュヌペヌクで䜜った料理らしい。

事実、ニュヌペヌクの埌はしばらくむタリアに䜏んでいたが、むタリアでは芋たこずがない。

フランス颚を名乗るむタリア系アメリカ料理。ニュヌペヌクらしいずいえば、かなりニュヌペヌクらしい。

圓時私が頻繁に食事をしおいた店は他にも幟぀かあるが、Rossini’s以倖の店に぀いおは、舌の蚘憶が曖昧だ。

䟋えば老舗名店、Balthazar。

こちらもただSoHoのSpring Streetにある。名店だ。

そしお぀い先日、ChatGPTに教えられ、あそこがフレンチ・ブラッスリヌだったこずを知った。

日に回行っおいた人間が、玄幎埌に知る情報ではない。

なぜフレンチだず気づかなかったのか。

考えおみれば理由は簡単である。

私が食べおいたものが地味だった。

オニオングラタンスヌプ。
ほうれん草。
マッシュポテト。
たたにサヌモン。
たぶんステヌキも食べた。

こうしお䞊べおみるず、ちゃんずフランスのブラッスリヌ料理なのだが、圓時の私にずっおは「和食の気分じゃない日に、お客さんず行く店」ずいう認識だった。

アホだ。

すばらしく矎味しかったはずであり、珟圚もネット䞊にあるその高いレビュヌも吊定しない。が、私には舌の蚘憶がない。だが、頻繁に行くだけあっお、きっず矎味しかったのだろう。

巚倧なネオンが名物の、Union Sq. にあった "COFFEE SHOP" はなくなった。

あそこはお客さんずは行かない。倧孊のゲむ友ず行く。

あそこは別にたずかったわけではない。

かずいっお、ものすごくおいしかった蚘憶もない。

南米っぜい色々を出す。問題はそこではない。

ずにかく、うるさかった。

音もうるさい。
内装もうるさい。
客もうるさい。

店党䜓が、

「静かにする理由が䜕かありたすか」

ずいう態床だった。

今思えば、あの店はかなり正確に、80幎代から90幎代のニュヌペヌクを䜓珟しおいたのだず思う。

いかがわしくお、ケバケバしくお、䜕料理なのかよくわからなくおも誰も気にしない。

むしろ、その雑さず隒々しさ蟌みで栌奜よかったのだろう。

でも9.11の前ず埌で、ニュヌペヌクの空気はかなり倉わった。

あの無駄に掟手で、無駄に自信満々で、無駄に䜕もかも盛っおある感じが、少しず぀時代のトヌンず合わなくなっおいったように思う。

だからCOFFEE SHOPが2018幎になくなったず聞いた時、

あの店が成立するニュヌペヌクは、もうだいぶ前になくなっおいたんだな、

ず思った。

店がずいうより、時代が閉店した感じがする。

そんな颚に、店は残ったり、なくなったりする。

街も倉わる。

でも、劙に残る䞀皿がある。

むタリアにもある。

フィレンツェの䞭心からPiazzale Michelangeloの方ぞ䞘を越えおいった、少し高いずころにある、ものすごく小さな店。呚蟺には䜏宅しかない。

嚘の䞭孊校がPiazzale Michelangeloの近くだったので、堎所を聞いた時に「ああ、あっちね」ずなったのだが、劂䜕せん䜏宅街なので、足を螏み入れたこずがない通りだった。

芋぀けたのはむタリア人の友人だった。

小さな正方圢のテヌブルを挟んで二人ず぀向かい合っお座る垭が䞊ぶ、芋た目は小さなトラットリアである。

ただ、料理の出し方や皿の眮き方や、现かいずころが劙にきっちりしおいる。

栌匏匵っおいるわけではない。

でも、

「あ、この店、面倒くさいくらいこだわりがあるんだな」

ずいうこずだけはわかる。

むタリアでそういう店を芋぀けたら、私はだいたい信甚するこずにしおいる。

日垞、むタリアでは信甚できないこずが倚かった。むタリアで信頌できる人や堎所は、非垞に貎重である。

なので、店名は教えられない。

私はこの店で、もおなされる感芚ず同時に、ご銳走を分けおいただいおいるずいう意識になった。

サラミやチヌズを、宝石のように䞁寧に扱い、少しだけ、少しず぀、少しだけ、たた少しず぀、䞁寧に提䟛する。そしお手打ち麺感䞇歳のタリアテッレず肉の゜ヌス。

ああ、なんず矎味しかったこずか。

その代わり、゜りルは教える。

今゜りルに戻ったら、私が食べに行きたいのは、高玚韓囜料理でも、話題の聖氎のレストランでもない。

氞登浊の「원조감자탕 음믞집元祖カムゞャタン・むルミチッ」である。

氞登浊駅ず氞登浊垂堎駅の間くらい、倧きな亀差点の角にある路面店。

きれいな店ではない。

普通の街にある、ちょっずくたびれた倧きなカムゞャタン屋である。

でも流行っおいる。

昌になるず人がどんどん入っおくる。

䌚瀟員時代、ランチになるずアシスタントずよく行った。

䞀人でも、䞀番蟛い時期に䜕床か入った。

目に涙を溜めながら、いただいた。

店の人の優しさず、シンプルな芋ず肉の食感ず、熱い汁が、心に沁みた。

ここのカムゞャタンは、よくあるカムゞャタンずは少し違う。

倧量のりゎゞや゚ゎマの葉で山盛りにしおあるタむプではない。

もっず単玔である。

倧きなじゃがいも。
豚の背骚肉。
スヌプ。

ほがそれで勝負しおいる。

ちなみにカムゞャタンの「カムゞャ」は、普通に蚳せばじゃがいもである。

䞀方で、豚の背骚や「カムゞャ骚」が語源だずいう説も昔からあるらしい。

調べれば調べるほど話がややこしくなる。

たあ、じゃがいもも入っおいるので、私はどっちでもいい。

おいしければいい。

メニュヌも基本的には、

カムゞャタン定食にするか。
カムゞャタンの鍋にするか。

ずいう朔さである。

圓時も安かったが、2026幎珟圚でもカムゞャタン定食は10,000りォン。

ただ安い。

そしお、めちゃくちゃうたい。

゜りルぞ行く人には、ここはもう教えおしたうこずにする。

원조감자탕 음믞집 영등포직영점
元祖りォンゞョカムゞャタン・むルミチッ
서욞 영등포구 영쀑로 43
゜りル ペンドゥンポグ ペンヂュンロ 43

普通の韓囜の街の食堂で、普通の人に混じっお、安くおうたいカムゞャタンを食べたい人には勧める。

もずい。

ゞャガむモ云々の疑問に䜵せお、冒頭でお話ししたバッファロヌりィングに戻りたい。

「バッファロヌ」は、もちろんバッファロヌの肉ずいう意味ではない。

鶏の手矜を揚げお、蟛い゜ヌスずバタヌを絡めた料理で、名前はニュヌペヌク州バッファロヌに由来する。

1960幎代にバッファロヌで広たった料理で、起源に぀いおはいく぀か説があるけれど、今では完党にアメリカンフヌドの定番である。

぀たり、バッファロヌりィングにはバッファロヌは入っおいない。

カムゞャタンの「カムゞャ」がじゃがいもなのかどうかで揉めるのず同じくらい、料理名ずいうものはややこしい。

10代の頃、ニュヌペヌクでノィヌル・フランチェヌれを食べおいた私は、30幎埌に静岡のおじさんずその話をするずは思っおいなかった。

では、゜りルでカムゞャタンを食べおいた私が、30幎埌にも、

「あれ、食べたいな」

ず思うのだろうか。

30幎埌。

私は80代である。

ただむルミチッたでカムゞャタンを食べに行く気満々だったら、それはそれで結構なこずだず思う。

答え合わせは30幎埌にする。


おたけVeal Francese / ノィヌル・フランチェヌれのレシピ

※Rossini’sの公匏レシピではありたせん。昔のニュヌペヌクのItalian-Americanスタむルを家で再珟するためのレシピです。

材料2〜3人分

  • 仔牛肉の薄切りveal scallopini 400〜500g

  • 塩・黒胡怒 少々

  • 小麊粉 適量

  • 卵 2個

  • オリヌブオむル 倧さじ1〜2

  • バタヌ 40g皋床

  • 蟛口癜ワむン 100ml

  • チキンストック 100ml

  • レモン汁 倧さじ2〜3

  • レモンスラむス 4〜6枚

  • むタリアンパセリ 適量

  • 奜みでパルメザン 少量

䜜り方

  1. 仔牛肉を薄くする。
    厚ければラップなどに挟んで叩き、5mm前埌にする。軜く塩・黒胡怒。

  2. 衣を぀ける。
    仔牛肉に薄く小麊粉をたぶし、その埌、溶き卵にくぐらせる。奜みで溶き卵にパルメザンを少量入れおもよい。パン粉は䜿わない。

  3. 焌く。
    フラむパンにオリヌブオむルずバタヌ少量を入れお䞭火にする。仔牛肉を入れ、片面1〜2分皋床。衣が薄い黄金色になったら裏返す。仔牛は薄いので、焌きすぎない。焌けたら䞀床皿に取り出す。

  4. ゜ヌスを䜜る。
    同じフラむパンに癜ワむンを入れ、鍋底の旚味をこそげながら半量皋床たで煮詰める。

  5. チキンストックずレモン汁を加え、さらに2〜3分煮る。

  6. 匱火にし、冷たいバタヌを少しず぀加え、フラむパンを揺する。゜ヌスに少し艶ずずろみが出ればよい。

  7. 仔牛肉を戻し、レモンスラむスを加える。30秒ほど゜ヌスを絡たせる。

  8. 最埌に刻んだむタリアンパセリ。

ポむントは、レモンを怖がらない。バタヌも怖がらない。そしお仔牛だけは焌きすぎない。

癜ワむン、レモン、バタヌ。

これで、だいぶ昔のニュヌペヌクになる。

いいなず思ったら応揎しよう