
アラサー。仲良い友達を「ライトな友達」にしたら、むしろラクになった
私は昔から束縛するのも、されるのも嫌いだ。
例えば恋人が、どこで誰と会うかとか、休日何をするかとか、そういうことに口出しするつもりはない(浮気はもちろん論外だけど)。
だから逆に自分がどう過ごすかについても、相手に口出しされたくない。もちろん、口を出す理由がちゃんとあるなら一考の価値はあるかもしれないけど、服装、付き合う友達、趣味のことなどを、明らかに「オマエの価値観に合ってないだけで口出ししてきてるな…」と感じれば、たとえどんなに恋人がハンサムでも冷めてしまうだろう。
でも気づいたら、他人の行動に自分を縛っていた
ところが最近、気づいたことがある。
「他人から縛られたくない!」と思っている反面、「他人がこうしてくれたなら自分はこうすべき」と自分で自分をガチガチに縛っていたのだ。
これはシンプルに返報性の原理(人は何かをしてもらうと、お返しをしなければならないと感じる心理)が働いているともいえる。だからこれは人間が本来備えている特徴でもあるのだけど、それにしても長い間、無意識のうちに「相手がこれくらいしてくれたんだから、私もこれくらいするべきだ」と、思い込んでいた。
そのせいで、友達関係で違和感を感じつつも、ずっとそのままにしていたのだった。
友達の話
よく会う友達がいる。お互いの誕生日を社会人になってもちゃんと祝い合うし、相手が私を大切にしてくれているのも伝わっている。ところが、「なんか合わないな」と思う場面がちょいちょいあった。でも嫌いじゃないしな…と、距離感にモヤモヤすることがありつつも定期的に会ってきて、10年以上経つ。
ところがあるとき「もうしばらく会わなくていいや」と思い、1年近く距離が空いた(特に誘われることもなかった)。
それが先日、会いたいなと思って自分から声をかけた。久々に会ったら普通に楽しかった。でも同時に気づいた。このくらいの頻度がちょうど良いなと。
「ライトな友達」という枠
そこで自分の中で、友人を「ライトな友達」という新たな枠に設定し直してみた。すると今までの「合わないかも?」というモヤモヤがどうでも良くなったのだ。
傍から見るとライトな友達と設定するほどの距離感ではない。実際、私の友人の中でも、1番会っている友達でもあるので、「ライト」という表現はどうなの?と思われると思う。でも、自分の中でそういう枠組みに置くことで、合わなくても別に良いな、だってライトな友達だもの。と割り切れるようになった。
向こうはきっと今も、変わらず私のことを近い友達だと思っているだろう。それはそれでありがたい。ただ、自分の中の設定は自分で決めて良いのだ。私なりに真摯に向き合っていると思う。
「自分がどうするか」は、自分の問題
繰り返しになるが、他人がどう行動するかは自由だし、私も相手にコントロールはされたくない。それは変わらない。
でも同時に、「他人の好意を受けたうえで自分がどうするか」も、本当は自分で決めて良かったのだ。ところが「ライトな友達」枠を作る前までは、相手の熱量に引っ張られて、私も無理やり相手を心理的に近いところに置こうとしてモヤモヤしていた。
自分がどうするかは、相手に関係なく自由で良いのだ。
アラサーの友人関係
このライトな友達枠は、アラサーの友達事情に効くんじゃないかと思っている。この年代になると、それぞれの生活環境が学生の頃からは大幅に変わり、どうしても話題や価値観が合わなくなってくる。相手や、自分の心境の変化に違和感や寂しさを感じる人は多いんじゃないだろうか。
そんな時、自分の中でこっそり「ライトな友達」に設定し直しても、友達関係は何も壊れない。
相手には伝えなくていい。態度を変えなくていい。ただ自分の中の距離感だけ変えてみるだけ。
それだけで、関係は続けながらも少し楽になれるかもしれません。
“ライトな友達”枠、おすすめです。