
小田急電鉄のこと
小田急電鉄のロマンスカーというものに、はじめて乗った。
新宿から箱根へ行くのに、特急料金1150円。
座席指定でこの価格。私鉄のくせになかなかやるな、と感心しつつ、車窓からの景色を見送るうちに、思い出したことがあった。
大学生の頃に、私はこの会社の新卒採用試験に応募し、落ちているのだ。私が就職活動をしていたのは、2019年。コロナ禍前最後の「売り手市場」だったらしい。
だけど、私個人の実感としては、全くそんなことなかった。あまりに落とされるので、自分には働く適性がないんじゃないかと本気で悩んだものだ。
2019年4月1日。私は朝から小田急電鉄に出すエントリーシートを書いていた。この頃、鉄道会社のエントリーシートはなぜか紙が主流だった。手書きしたのを、わざわざ茶封筒に入れて郵送で送る必要があったのだ。
私は、エントリーシートを手書きする際、まずはワードで下書き原稿を作ってから、紙に写し書きする方法を取っていた。
この写し書きの作業は、頭を使わない単純作業である。スマホの画面と紙を見比べ、ただ手を動かしていればいいのだから。
私はいつも、テレビか動画を流し見しながら作業することにしていた。
この日も私は、実家の居間のテーブルで、テレビを見ながら、志望理由だのアピールポイントだのを書き写していた。
各局、新元号のことで持ちきりだった。アナウンサーやコメンテーターが、各々予想を立てていた。ちなみに私は、「明正」と予想していた。
と、その時、テレビの向こうから「新しい元号は『令和』であります」との声。
たしかに『令和』などいかにもありそうではないか。重いつかなかったのが悔しい。
テレビも見飽きた頃、私は早速、書き上げたエントリーシートを家の近くのポストに投函しに行った。
気が付いたのは、翌朝のことだった。
朝刊の「新元号は令和に。五月一日から」の見出し。
ガーンと衝撃が走った。
昨日の私は何を思ったか、小田急宛ての茶封筒に「令和一年四月一日」と書いて出してしまったのだ。
差出人名の横に、投函日も書いておくと安心というのは、たしかネットで得た知識で、そういうことには気が付きながら、令和のスタート時期を見誤ってしまった。完全なフライングである。
結果、書類選考で落とされた。茶封筒の「令和一年」が選考結果に響いたのかはわからない。
だけど私にとって、以来小田急電鉄は、なんとなくばつの悪い相手である。
だからロマンスカーも、手放しで褒めることができない。よくよく考えてみれば、追加料金で1150円というのは別に安くないのでは。流れゆく景色を眺めながら、そう言い聞かせた。