
AIは実質オールドメディアだ――情報の多様性はこうして死ぬ
現代のネットでは、あらゆる声が渦巻いている。
公的機関の発信、主婦の愚痴、自称専門家のステマ、オタクの妄信、陰謀論、極右と極左のレスバ。
もはや魑魅魍魎だ。
でもその魑魅魍魎こそが、ネットの面白さだった。
そんなある日、同僚が言った。
「AIのレシピでステーキ焼いたら、人生で一番うまく焼けたんだよ」
ほう、興味深いなと思った。
本来、ステーキには無数の流派がある。
強火で一気に焼き上げるか、弱火でじっくり火を通すか。
塩をあらかじめ振っておくか、焼く直前に振るか。
フライパンに置いたら触らないか、何度も返すか。
油は牛脂か、オリーブオイルか、バターか。
ホイルに包んで休ませるか、休ませないか。
ステーキは、多様性の象徴だ。
だが、流派をひとつひとつ調べるのは面倒だ。
そこでAIの出番である。
『ステーキの焼き方を教えて』
そう問いかけるだけで、数秒でレシピが出力される。
AIは、多くのレシピに共通する部分を抜き出し、どの流派にも怒られない無難な答えを返してくれる。均質化されたレシピはベストではないが、ベターではある。
なので結果的に、『そこそこ美味いステーキ』が出来上がる。
そしてステーキガチ勢以外は、その『そこそこ美味いステーキ』で大満足だ。
何も問題ないように見える。
だが、皆がAIに聞くようになった暁には、世界中のステーキが全部、『そこそこ美味いステーキ』になってしまわないか?
ここまで読んで、AI批判だと思った人は、どうか落ち着いて聞いてほしい。
これは、ただの回帰だ。
皆が同じ情報源を信じる――
まるで、オールドメディアの頃のようじゃないか。
新聞やテレビが主要メディアだった時代、人々はあまり疑問も持たず、限られた情報を受け入れていた。
それでも世界は、案外問題なく回っていた。
むしろ、今が特殊なだけなのかもしれない。
AI時代では、尖りは均される。
情報環境は発展するどころか、昔の姿へと逆行する。
多様性は永遠じゃないのかもしれない。
AIの席巻に伴い、静かに死んでいくのかもしれない。
シンギュラリティ前夜。時代の流れは止められない。
だから、夜明けまで踊ろう。
このカオスの海を、忘れられない思い出にしよう。