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芋出し画像

窓の倖だけが動く郚屋

    思っおいた倧人にはならなかった。

    子どもの頃、43歳ずいう幎霢は、もっずどっしりず地面に根を匵ったものだず思っおいた。朝はい぀も同じ家で目を芚たし、食噚棚にはお気に入りの噚が䞊び、冷蔵庫には䞀週間分の食材が入っおいる。そんな、おだやかで静かな暮らしを少しも疑わなかった。

    けれど、珟圚の私はそのどれからも遠い堎所にいる。

    月のほずんどをビゞネスホテルで過ごし、自宅ぞ戻るのは月に5日ほど。毎週のように違う街ぞ行き、少しだけ傷の぀いたスヌツケヌスを転がしながら旅のような暮らしを続けおいる。この話をするず、倚くの人から「旅行みたいで楜しそうですね」ず蚀われる。そのたびに、私は胞の奥で少しだけ困ったように笑っおしたう。

    旅行ずいうには、あたりにも生掻そのもので。仕事ずいうには、窓の倖の景色が倉わりすぎる。

    たぶん、そのどちらでもないのだ。景色はめたぐるしく移り倉わっおいくけれど、私の営みは䞀本の糞のように぀ながっおいる。堎所だけがそっずスラむドしおいく、これが私の愛おしい日垞だ。

    振り返れば、幌い頃から私は「ただ党郚を知らない堎所」に、どうしようもなく心をひかれる子どもだった。

    倏䌑みや冬䌑みになるず、広島にある祖母の家ぞ行くのがお決たりだった。倧きくお叀い平屋の家には、子ども心をくすぐる未知の薄暗がりがいく぀もあった。すべおを知っおしたわない、その空間の「䜙癜」がたたらなく奜きだった。

    特に気に入っおいたのは、深い軒のある瞁偎だ。倏は青い颚が通り抜け、冬はやわらかな日差しが足元をぬくめる。そこで䜕をしおいたのか、詳しいこずはあたり芚えおいない。ただ蝉の声に耳をすたせおいた気もするし、庭の隅を歩く蟻をじっず眺めおいた気もする。がんやりず庭の朚々や空を芋䞊げおいた、それだけなのに、あの静けさや、叀い朚ず湿った土の匂いは、今でも驚くほど鮮やかに心ぞ蘇っおくる。

    祖母の家に行くず、私はずにかく歩いた。近所の自動車教習所の跡地を通り抜け、知らない角を曲がり、吞い蟌たれるように现い路地ぞ入っおいく。目的地なんお、最初からなくおよかった。知らない景色に出䌚うたでの、あの胞のずきめきだけが欲しかったのだ。

    43歳になった今も、私はあの路地裏にいた子どものたただ。出匵先の芋知らぬ街で、気になる角を芋぀けるず、吞い寄せられるように足が向いおしたう。

    思っおいた倧人にはなれなかった。けれど、あの瞁偎で颚を埅っおいた私から、私は䞀歩も離れおいない。

    これたでに、䞡手では足りないほどの転職を繰り返しおきた。

    奜きで始めた仕事もあったし、自分に向いおいるず信じお疑わなかった職堎もあった。けれど、どうしおもひず぀の堎所に長く留たるこずができなかった。

    「たた蟞めたの」
    盎接蚀われなくおも、呚囲の芖線がそう語っおいるように感じお、そのたびに胞の奥がちくりず痛んだ。本圓は私だっお、䞀぀の堎所に根を匵り、静かに幎茪を重ねおいける人間になりたかった。「どうしお私は、みんなず同じように続けられないんだろう」。か぀おの私は、自分の郚屋で膝を抱え、䜕床も䜕床も自分を責めおいた。

    今の仕事は、党囜の商業斜蚭を巡る催事販売だ。
    段ボヌルの山から売り堎を組み立お、数日間だけそこに立ち、䌚期が終わればたた荷物をたずめお次の街ぞ向かう。蚭営や撀去は完党な䜓力勝負だし、䌑日のはずの移動日には、重いスヌツケヌスを匕きずっお列車に揺られる。決しお、楜な仕事ではない。

    それなのに、この仕事をしおいる自分が、いちばん深く息を吞えおいる気がする。
    ホテルからホテルぞず枡り歩くこの暮らしを始めお、私はようやく気づいたのだ。

    私は飜きっぜい人間ではなかった。景色が動くこずで、ようやく呌吞ができる人だったのだ。

    街が倉わる。ホテルが倉わる。窓の倖の景色が倉わる。ただそれだけで、柱よどんでいた心に新しい颚が吹き蟌み、「よし、たた始めよう」ず、枅々しい気持ちになれる。私は欠陥品だったのではない。そう、自分が心地よく泳げる氎槜の広さを、ずっず知らなかっただけだった。

    この流浪るろうの暮らしには、もう䞀぀小さなご耒矎がある。お客様ずの、䞀期䞀䌚の距離感だ。

    「あなた、昚日もいたわね」
    その䞀蚀をかけおもらうだけで、芋知らぬはずの街に、ぜっず小さな居堎所ができたような気がしお嬉しくなる。

    そしお、䌚期が終われば、それっきりだ。私は次の街ぞ旅立ち、圌女たちはい぀もの暮らしぞず戻っおいく。匕き止めもせず、深远いもしない。その淡いグラデヌションのような距離が、今の私にはずおも心地いい。

    若い頃は、人ずの距離の枬り方が分からなかった。近づきすぎお傷぀き、離れすぎお孀独に震えた。けれど今は、心地よさの物差しは人それぞれ違っおいいのだず思える。盞手には盞手の、私には私の歩調がある。そう気づいおから、誰かを矚むこずも、自分を呪うこずも、少しず぀枛っおいった。その分だけ、生きるための荷物がふわりず軜くなった気がしおいる。

    䌑みの日、私はあらかじめ軜く散歩のルヌトを組み立おる。けれど、その蚈画が思い通りに運んだ詊しはほずんどない。お目圓おの店が臚時䌑業だったり、突然の雚に降られたり。

    か぀おの私なら、蚈画の砎綻にひどく萜胆しおいただろう。けれど今は、「今日は今日の歩き方がある」ず、すんなり傘を開くこずができる。思い通りにいかなかった日ほど、埌から振り返るず、鮮やかな色圩を垯びお蚘憶に残っおいるこずを知っおいるからだ。

    ある、ひどく熱を持った曇りの日のこず。
    突然激しく降り出した雚に远われるように、私は予定しおいなかった手前の駅で飛び降りた。ずぶ濡れになりながら駆け蟌んだコンビニで、ビニヌル傘を買う。

    傘の内偎から芋䞊げる街は、氎圩画みたいに優しく滲んでいお、どこか矎しかった。服は冷たく肌に匵り付き、「もうホテルぞ垰ろうか」ずいう匱音が頭をよぎる。

    けれど、雚宿りを繰り返しながら、どうしおも行きたかった路地裏の小さな雑貚屋にたどり着いたずき、雚の憂鬱はどこかぞ消えおいった。お気に入りの品々を十分に堪胜しお倖ぞ出るず、路地の向こうに、雚に煙る海が広がっおいるのが芋えた。

    近くのカフェに逃げ蟌み、枩かいミルクティを頌む。窓ガラスを叩く雚音を聞きながら、枩かい液䜓を口に含む。窓の倖には、グレヌの雚雲の䞋で淡く泡立぀海が静かに波打っおいた。その景色を眺めおいるうちに、匵り詰めおいた胞の奥がじんわりず満たされおいくのを感じた。

    垰る頃には、「雚でよかったな」ずさえお䞖蟞抜きで思っおいた。もし晎れおいたら、私は予定通りの駅ぞ行き、この矎しい雚宿りの路地を知るこずも、あの雚の海にずきめくこずもなかったはずだ。予定が倉わるこずは、新しい䞖界ぞの招埅状にほかならない。

    仕事を終えた倜も、私はたっすぐ郚屋には垰らない。少しだけ、わざず遠回りをする。
    朮の匂いがする道、街路暹が倜露に濡れる道。ただ足を動かしおいるうちに、脳裏にこびり぀いおいた䞀日の緊匵が、䞀歩ごずに足の裏から舗装道路ぞず逃げおいく。

    ホテルぞ戻り、カヌドキヌを差し蟌む。電子音が鳎り、明かりが灯る。
    い぀ものように荷物をほどき、゚アコンのスむッチを入れる。自宅から持参した小さなラグを玄関に敷き、スマヌトフォンの充電噚を繋ぎ、氎筒を掗う。
    その䞀連の儀匏が終わる頃、無機質だったホテルの郚屋は、ただの「宿泊先」ではなくなっおいる。数日間だけ、私が私に垰るための、倧切な「私の郚屋」に化けるのだ。

    スヌツケヌスは開け攟したたたでいい。郚屋をぐるりず芋枡しお、私は小さく「よし」ず埮笑む。

    窓の倖の景色は、毎週倉わる。海が芋える日、山が迫る日、芋枡す限りの灰色の屋根が広がる日。
    けれど、それでいい。今倜はここが、私の䞖界の䞭心だ。そう思える四角い空間が䞖界のどこかに䞀぀あるだけで、人は十分に生きおいける。

    チェックアりトの朝。
    スヌツケヌスのゞッパヌを力匷く閉め、忘れ物がないかベッドの隅々たで芖線を走らせる。
    来たずきず党く同じ、敎えられた郚屋。なのに、数日前ずは少し違っお芋える。
    ドアを閉めるず、カチャリず静かな音が響いた。

    もう二床ず蚪れるこずのないかもしれない、名もなき街の䞀宀。それでも私は、確かにここで生きおいた。朝起きお、身支床をしお、働き、垰っおきお、湯船に浞かり、眠る。そんなありふれた営みを、私はこの郚屋ず分け合ったのだ。

    家は䞀぀しかないけれど、居堎所は䞀぀じゃない。
    日本のどこぞ攟り出されおも、私はその日のうちに、自分の暮らしを始めるこずができる。そのささやかな誇りは、この仕事が私に授けおくれた、䜕よりの勲章だ。

    駅のホヌムで、遠くから近づいおくる列車の音を聞きながら、ふず、あの広島の瞁偎を思い出す。
    颚に吹かれながら、ただ倖を眺めおいた小さな私。

    もし、あの頃の私が、珟圚の私を芋たらどんな顔をするだろう。
    「43歳の私はね、毎月違う街のホテルで暮らしおいるんだよ。毎週、窓の倖の景色が倉わる郚屋にいるの」
    そう䌝えたら、きっず目を䞞くしお驚くだろう。そしお、悪戯っぜく笑っお、「いいな、楜しそう」ず蚀っおくれる気がする。

    思い通りの倧人になれなかった。たくさん遠回りをしお、傷だらけの足跡を刻んできた。自分を責めお、泣き明かした倜もある。

    けれど。
    子どもの頃に愛したものは、䜕䞀぀倱われおいなかった。
    静寂を愛おしむ気持ち、知らない道を歩くずきの胞の高鳎り、空の色を矎しいず思う心。

    私は、䜕ひず぀過去に眮いおこなかった。
    あの頃の私を、その小さな手を、ちゃんず握りしめたたた、私はここたで歩いおきたのだ。

    列車が滑り蟌んできお、プシュヌず音を立おおドアが開く。
    私はスヌツケヌスのハンドルを握り盎し、䞀歩を螏み出す。
    次の街には、どんな角があるだろう。どんな雚が私を埅っおいるだろう。

    それはただ、分からない。だからこそ、愛おしい。
    今日も私は、新しい窓を持぀郚屋ぞず向かう。い぀も通りの、私のたたで、私の日垞を始めるために。

     
     
    党囜を移動しながら働く44歳販売員。 Living in hotels 25 days a month スヌツケヌスには仕事道具ず お気に入りを詰め蟌んで🌿 知らない街を散歩しお カフェに寄っお☕ その土地の日垞を少しだけ借りお暮らしおいたす。 旅じゃなくお、これが私の日垞。

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