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1990年のエスプレッソ・カップ

     私の目の間にある、小さな陶器のエスプレッソカップ。五客それぞれに可愛らしい手描きである。
    1990年にフィレンツェで購入されたこのカップは、この夏我が家にやってきた。
    人は歳を重ねる。そして人は昔話をする。若い日に冷たい目を向けていた年齢に私もなったので、ひとつ昔話をしようじゃないか。
    あの夏のイタリア・フィレンツェの人々は来るべきお祭り騒ぎに浮足立っていた。留学して一年になる私も、一人前にフィレンツェっ子の気分で高揚していた。そんな私のもとに、幼馴染のNちゃんが仕事でやってきた。
    Nちゃんは大手広告代理店のスポーツ事業部の仕事で活躍していて、このワールドカップの期間中ずっと忙しく仕事をするという。そんな彼女にたった一日、完全オフの日が出来た。彼女またとないこの日に思い切り散財をする決意をした。待ってましたとばかり私はお気に入りの店巡りを計画した。小粋なリストランテ、ポンテベッキオの宝飾店、こだわりのブティック・・・
    地元っ子の集うリストランテで、Nちゃんはこの仕事で出会ったカメラマンPの話をした。たくさんの恋や噂話の中、後に彼女がP氏と結ばれる未来はまだ二人にも見えていなかった。
    私たちは充分に若く、仕事にのっていて、楽しくそして生意気だった。
     二人してそぞろ歩いた街の一角にその店はあった。昔ながらの手描きの陶器店。たくさんのカップや皿や壺が、店の中にも通りに面したワゴンにも、ところせましと並んでいる。陶器はどれも手描きの愛らしさである。さてどの柄にしようか、迷ってなかなか決まらない。それならいっそ、全部違う柄で揃えたらどう?Nちゃんは私のアイデアに賛成して、五客の違う柄のエスプレッソカップと、お揃いの皿、そして花入れをまとめて購入した。

    時は瞬く間に過ぎた。Nちゃんはあの日であったP氏とお付き合いの末薄ばれて、もう長く英国住まいであった。私はというと帰国後出産と離婚を経て、娘を連れてあちこち引っ越したりしながらいつの間にか還暦を迎えた。
    この夏。
    Nちゃんのお母さまが亡くなる。小学生の私がたびたび遊びに行き、自慢の手料理をご馳走になったチャーミングなお母様のいた思い出の家だ。家の食器棚には、あのカップが美しく飾られていた。
    葬儀が終わり、Nちゃんはあの時二人で選んだ陶器を私の娘の桃子に譲ってくれると言う。
    「あなたにあげるよりも、桃ちゃんにあげたら何十年も使ってもらえるからね。」
    桃子はちょうどあの時の私とNちゃんの年齢になる。

     あなたが六十歳になった時、若さ溢れる日々からそこまでは案外遠くないことに気付く。
    気付いた時にはもう戻れない、そんな輝く日があること、そのこと自体が心楽しいと気付く。
     もしかしたら私の「今」もまた、この先思い返せばまだまだ生命力漲る時であったのだ、と気づくやもしれぬ。
     年を取り、昔話をしたり、身体の不調ばかり訴える人も、あなたとそんなに離れたところにいるわけじゃないのだ。
     あれから色々なことがあった。母親の私のせいであなたも不安な日々がたくさんあった。
     私が困難にあって嘆き悲しんでいた日、Nちゃんは英国から日本に飛んで帰ってきたくれたこともある。
    時を経て今、私は他人の視線はあまり気にならなくなった。自分が感じる日々の喜びは前より大きくなっている。嬉しい、楽しい、美味しい、気持ちいい、好きだ、そういう感性は、よりいっぱい感じることができる。若い日のように声に出しては騒がなくても。
     そしてそれはきっと、あの日の私たちの若さや喜びから繋がっているのだ。
     この先楽しいこともあるし、辛いことも悲しいこともたくさんある。でもいつも、明るい方に目を向けて。そうして楽しいことの方が勝てたらいいよね。

     
     
    [デザイナー] プロです。 ・バッグ、革小物、アクセサリー、スカーフ等 ・アパレルのMD企画 ・作ったバッグの数では日本有数。かな。 [料理人] アマです。 ・某プロも含めたコンテストで賞をとる。 [もの書き] ・趣味です。

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