
お昼寝のバトン
これはたぶん、我が家の伝統である。
祖父母の家はちょっと遠くにあった。
私が小さい頃に祖父は亡くなり、
祖母がひとりで住んでいた。
距離があるので頻繁には会えず、
帰省するのはだいたい夏休みや冬休み。
母が電車で連れていってくれた。
窓から見える見慣れない景色、
幅広の川と大きい石と鉄橋、
なにもかもがわくわくの対象だった。
着くと祖母は必ず2階のベランダから手を振ってくれていて、
「会えて本当に嬉しいよ」と、
顔をくしゃくしゃにしながら、
奇跡の再会みたいなテンションで気持ちを伝えてくれる。
一体いつから待ってくれていたのだろう、
幼いながらにちょっと心配だったし、
そんなチャーミングな祖母が大好きだった。
そんなしあわせな祖父母の家だけど、
当時の私にはちょっと困ったことがあって。
最初は祖母の近況を聞いたり、
無限に出てくるお菓子を食べたり、
なんとも楽しい時間を過ごすのに、
祖母と母は話すのもほどほどに畳に寝転がり、
いつもお昼寝をはじめてしまう。
幼かった私は普段と違う場所に興奮気味で一緒には眠れず、かといって出歩くわけにもいかず、
『せっかく遊びに来たんだから寝ないでもっとお話すればいいのに』と思いながら、
退屈しのぎにテレビのチャンネルを回し続けた。
時は経ち現在、
ひとり暮らしの私は時々帰省する。
そしてあの日と同じように、
話すのもほどほどに母とお昼寝をしている。
あの時は分からなかった母の気持ちが今ならちょっと分かる。
生まれ育った家という安心感、
いつもの絨毯と畳の匂い、
日頃は出来ない存分のお昼寝、
たとえ何も話さなくったって分かる心の距離。
家事や子育てに追われていた母はきっと、
実家は唯一心落ち着く場所だったのだろう。
心からぐっすり眠れる久しぶりのお昼寝時間。
子供の私の相手ばかりしていた母にとって、
大人と話す時間、娘に戻れる瞬間があることは、
きっと救いだったに違いない。
寝っ転がりながら、
「お昼寝ばっかりしちゃうな」と呟いた私に、
「やっぱり気持ちが緩むからね〜」と、
同じく寝っ転がりながら答えた母も、
昔の自分と今の私を重ねたりするのだろうか。
もしも私に子供が出来たら、
その子と一緒にお昼寝したいな。
そのくらい、その子にとっての実家が心緩む場所でありますように。
今の私が一人暮らしの部屋に戻った時、
前よりすこし元気になっているみたいに、
もうちょっと頑張れるかもと思えるように。
いつか、お昼寝のバトンを渡せるといいな。
そんな風に思いを馳せながら、
畳の匂いと扇風機の心地よい風に包まれて、
ゆっくりとまぶたを閉じた。