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『お母さん』コスプレを始めて9年目

    アラームと同時に、母親役のスイッチを入れる。

    朝食を並べ、水筒にお茶を詰め、連絡帳にはハンコを押し、娘たちを「遅刻するよ!」と急かす。日中はパート先で真面目に働き、夕方はスーパーで1円でも安い食材を吟味する。近所の人とすれ違えば、にこやかに挨拶を交わす。どこからどう見ても社会的に正しい39歳の主婦であり、二児の母親の姿だ。

    けれど私の脳内は実のところ、放課後に友達とマックのポテトをつまみながら「だるい〜」「学校サボりた〜い」と管を巻いていた16歳の頃から、ほとんど更新されていない。

    脳内の精神年齢が高校生で止まったまま、外見と社会的立場だけがベテラン中年にアップデートされていく恐怖。そしてその事実を、我が家の本物の若者たち(8歳の長女(小3)と5歳の次女(年中))に、日々容赦なく突きつけられている。

    先日のことだ。リビングの床には、私が無意識に脱ぎ散らかした靴下が、イモムシのように転がっていた。それを見つけた長女が、すかさず仁王立ちで叫ぶ。

    「ママ! 脱いだら洗濯機に入れて!」

    おかしい。完全に立場が逆転している。靴下を脱ぎ散らかして怒られるのは子どもの特権で、それを烈火のごとく叱るのが母親の役目ではなかったか。私は「ごめんごめん……」と小3にペコペコ頭を下げながら、靴下を回収した。

    さらに、食卓につけばその格差は決定的なものとなる。長女は最近どこで仕入れてきたのか「野菜から食べると、体にいいらしいよ」と、極めて知的なトーンでサラダに箸を伸ばすのだ。8歳にして、もう健康を意識している。

    一方の私はといえば、39歳にもなって野菜が大の苦手。トマトや人参を見るだけでテンションが下がる。ベジタブルファーストを実践する娘の横で、私だけは大好きな唐揚げに一番に飛びつきたい衝動と戦っている。心の中で「えー、サラダとかマジ無理なんだけどー」とギャルの私が駄々をこねているのだ。

    外見はしっかりアラフォーで、世間からは「お母さん」と呼ばれる。だけど私の本性は、パート先で理不尽なことがあれば「チッ、なんだよあいつ!」と幼稚な悪態をつくし、深夜に食べるポテトチップスの背徳的な美味しさには未だに抗えない。

    いつからだろう。私は生まれたときから「お母さん」という完成された生き物だったわけじゃない。子どもを産んだあの瞬間、母親OSが自動インストールされたわけでもない。ある日突然、「お母さん」という難易度の高い配役を言い渡され、毎朝その衣装を身にまとい、必死に大人のフリをして舞台に上がっているだけなのだ。

    おそらく、この世界は壮大なコスプレ会場なのだと思う。そう考えると、なんだか安心してくる。
    ……いや、そうであってほしい。

    パリッとしたスーツを着たビジネスマンも、ベビーカーをスマートに操作するキラキラしたお母さんも、みんな一皮剥けば子どもの自分を隠し持っているのではないだろうか。それぞれの衣装を着て、必死に大人の演技力を競い合っている同志なのかもしれない。

    さあ明日もまた、クローゼットから「39歳パート主婦・二児の母」の衣装を取り出して、盛大に大人のフリをしよう。中身が子どものままだって構わない。今の私は「自分の働いたお金で、好きな時にお菓子を買って食べられる」という最強の権力を持った子どもなのだ。

    (終)

     
     
    アラフォー2児の母👧🏻🧒🏻 | エッセイや日記。

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