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出版に向けて、プロローグ〜死にきれなかった私へ〜

    プロローグ 飛び降りた日の記憶

    「キャーーーー!」

    自分でも驚くほど大きな声だった。

    風の音にかき消されるように、私の叫び声は空へと消えていった。

    死ぬつもりだった。自分で飛び降りたのだから、当たり前だ。
    それなのに、落ちながら私は叫んでいた。

    人間の身体というのは不思議なものだと思う。死にたいと願っていたはずなのに、身体だけは最後まで生きようとしていたのかもしれない。

    あの日のことは、今でもよく覚えている。

    その日、私は精神科の診察を受けていた。いつもと変わらない診察だった。
    主治医はいつも通りの口調で話し、私はいつも通りに受け答えをした。特別なことは何もなかった。
    けれど私の中では、全く違った。私は、その診察を最後にするつもりだった。

    診察室を出る時、私は少しだけ丁寧に頭を下げた。「ありがとうございました」と、声に出した。今思えば、それが私なりの最後の挨拶だった。
    主治医は知らなかっただろう。
    あの患者が、その日のうちに飛び降りるつもりでいることを。

    立体駐車場へ向かう足取りは、不思議なくらい静かだった。涙は出なかった。取り乱してもいなかった。むしろ穏やかだった。やっと終われる。そんな気持ちさえあった。

    けれど、飛び降りる直前、ある人たちの顔が浮かんだ。
    友人たちだった。支えてくれた人たち。笑い合った時間。何気ない会話。たくさんの思い出。
    申し訳ないと思った。悲しませてしまうとも思った。

    それでも私は飛んだ。
    その時の私は、それ以上に終わりを求めていた。

    次に目を覚ました時、見えたのは病院の天井だった。白かった。静かだった。

    生きている。

    その事実を理解するまでに、少し時間がかかった。死ねなかった。終われなかった。私は生き残っていた。

    嬉しかったわけではない。安心したわけでもない。ただ呆然としていた。そしてやがて、絶望した。

    あの時死ねていたら、と考えた日もあった。
    でも――時間は止まらなかった。
    生き残ってしまった以上、生きるしかなかった。
    そして私は、生き続ける中で少しずつ知ることになる。

    人生は終わらなかったこと。支えてくれる人がいること。
    親から離れて生きる道があること。
    自分自身の人生を取り戻せること。
    飛び降りてから使い始めた通称名が、法的にも私の名前になったこと。
    かつて私は、自分の人生を終わらせようとした。けれど今は、自分の人生を生きようとしている。

    この本は、その途中経過の記録だ。

    立ち直った人間の物語ではない。
    成功した人間の物語でもない。
    今でも苦しい日はある。
    希死念慮が消えたわけでもない。

    それでも私はここにいる。
    あの日、終わるはずだった人生の続きを、今日も生きている。

    もしこの本を手に取ったあなたが、生きることに疲れているなら。もし過去に傷つきながら今日を過ごしているなら。

    どうか知ってほしい。

    人生は簡単には変わらない。
    傷も消えない。
    それでも、人は少しずつ自分の人生を取り戻していくことができる。私がそうだったように。

    これは、死にたかった私が、生き残ってしまった話だ。
    そして、生き残った私が、自分の人生を取り戻そうとする話である。

    段差に阻まれる体と、希死念慮の荒波がやってくる心。
    二重に不自由な日常を生きながら、それでも今日をなんとか生き延びている。

    これは、そういう人間が書いた本だ。
    最後まで読んでくれたら、嬉しい。

    死にたかった私が、死にきれなかった私が、自分の人生を取り戻すまで。

    本出版しました!

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    2025.9.8毒親から逃げたくて飛び降りたのに、生き残ってしまいました。しかも下半身麻痺(不全脊髄損傷)のオマケ付きで。精神+発達+境界知能で精神2級。私はただ普通に生きたいだけ!

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