
贈り物がこわかったときの話。
贈り物と聞くと、思い出す話がある。
16歳の誕生日だった。お盆にあるから、友達に直接祝われることはほとんどない。部活の友人とLINEで何気なく話していたとき、こんなメッセージが届いた。
『そういえば、誕生日おめでとう。祝われるの苦手って言ってたけど、どうしても言いたかった』
あの頃の私は、贈り物が苦手だった。
贈るのも、もらうのも。
何をあげたら喜んでもらえるかわからない。センスがないと思われたくない。だったら、現金を渡して自分で買ってもらったほうが絶対効率がいい。
そもそも「この人に何かあげたい」なんて気持ちが湧かない。なんで人にお金を使わなきゃいけないんだろう、としか思えなかった。自分の淡白で、ちょっと冷たいところが露わになるのが怖かった。
人から何かをもらっても、「ありがとう」より先に「お返ししなきゃ」が浮かぶ。全然可愛げがない。
こんな私なんかにお金を使わないでほしい。
物欲がなくて、家族に「誕生日何ほしい?」と聞かれても答えられない。ショッピングモールを何時間も連れ回されても決められず、泣いたことがある。それがトラウマで、誕生日も、プレゼントも、苦手になった。年を一つ取るだけで、何も変わらないのに。
仲のいい人には、なんとなく「贈り物が苦手」と伝えていた。
仲良くなると、贈り物が生まれてしまうから。
でも、高校1年の夏。
初めて、心からうれしいと思えたプレゼントをもらった。
部活で流行っていたRPGのソフト。私が羨ましそうに見ていたのを覚えていて、友人が買ってきてくれたらしい。申し訳なくて、でも受け取らないのも変で。
「お返し、何がいいんだろう」と頭を抱えた。
すると彼は言った。
「副会長の当選祝いってことにしてよ。返さなくていい。一緒にやりたくて買っただけだから」
不器用に笑うその顔を見た瞬間、胸がぎゅっとなった。
「ありがとう」
その一言しか出てこなかった。
少しだけ、贈り物への嫌悪感が消えた気がした。
初めて「この人に何か贈りたい」と思えた。
高校2年生。
「副会長おめでとう」
今度は、私が言う番だった。
あれから、季節がいくつも過ぎたけれど、あの夏の温度はまだ消えない。