
連載小説「銀色の賢者が綴る 同居人への教育論」第2話|菓子箱の中の賢者と、黄色い先住犬
お店の人は、君に「命の重さ」を丁寧に説いていた。
毎日の食事、体調の変化、夜泣き、通院、しつけ。
ひとつずつ現実的な言葉が並ぶたび、君は何度も頷いていたね。
仕事帰りだったのだろう、少し疲れた顔をしていた。けれど、その目だけは妙にまっすぐだった。

当の僕はといえば、その“重さ”を量るまでもないほど小さな「箱」の中に収められていた。
家の絵が描かれた、丈夫な取っ手つきの紙の箱。
まるで上等な菓子でも持ち帰るみたいに、僕はその中に、ひっそりと収められていたんだ。
生後六十日に満たない、銀色の小さな命としてね。
しかも箱の中には、すでに先住犬がいた。
茶色のベレー帽を被った、黄色くて丸い、おっとり顔の彼だ。
「……ふむ。君が僕の最初の護衛役かな?」

僕はそう挨拶してみたけれど、彼は何も言わなかった。
ただ、柔らかな身体で、僕の小さな震えを受け止めてくれたんだ。
賢者といえど、この頃の僕はまだ、自分の体温を保つだけで精一杯だった。
だから彼が無口な男で助かったよ。余計な励ましより、沈黙のぬくもりのほうが、ずっと役に立つ夜もあるからね。
君がレジで山のような貢ぎ物を揃えているあいだ、僕は箱の隙間から外の世界を観察していた。
これから僕の私邸になるのであろう銀色の格子。
大量の白いシーツ。
小さな器や、見慣れない道具たち。

やれやれ。
あんなに買い込んで、僕をいったいどれほど大がかりに迎えるつもりなんだい。
やがて箱は君の片手に提げられ、車へと運び込まれた。
助手席に置かれた箱の中で、僕は揺れを感じながら、蓋の内側に近いところに描かれた「家の絵」を見上げていた。
なるほど。
これから行くのは、ああいう場所なのかもしれないね。
車が動き出してからも、君は何度も助手席の箱に声をかけていた。
「モフ、大丈夫?」
「すぐ着くからね」
「びっくりしたよね、ごめんね」
その声はやさしかったけれど、少しだけ震えていた。
疲れているのに、ちゃんとしなくちゃ、と気を張っている声だった。

箱の中の小さな賢者は、その不器用な優しさを、ちゃんと聞いていたよ。
隣には、無口な黄色い相棒。
外では、まだ見ぬ世界へ向かう車の振動。
知らない場所へ運ばれているはずなのに、不思議と、すべてが完全な不安ではなかった。
……もちろん、少しだけ強がっていただけかもしれないけれど。
僕は茶色のベレー帽の彼にそっと寄り添いながら、新しい城への旅を受け入れることにした。
君は僕を連れて帰る側だったのだろうけれど。
あのとき箱の中で震えていたのは、きっと僕だけじゃなかったんだ。
🎬 モフが君と帰り道を過ごした日の映像
知らない場所へ向かう帰り道。
不安だったのは、きっとモフだけではなかったのかもしれません。
YouTubeで見る:
https://youtube.com/shorts/jaj_s9R1oWU
第3話へつづく…