
連載小説「銀色の賢者が綴る 同居人への教育論」第5話|領土の再定義、あるいは「聖なる夜の占拠」
この城での暮らしにも、少しずつ輪郭ができはじめていた。
食べる場所。
眠る場所。
遊ぶ時間。
そして、どこに「印」を残すべきかという、とても大切な問題についてもね。
君はその件に関して、実に熱心だった。
僕が別の場所に残してしまった小さな記録を、白い絨毯のような敷物――トイレシーツへ移し替え、何度も僕に見せていた。
「モフ、ここだよ。ここでしてね」
……ふむ。
なるほど。君は僕の香りの記録を、ひとつの場所にきちんと集めたいらしい。
正直に言えば、僕ほどの賢者にとって、場所そのものはそれほど大きな問題ではない。
けれど、君があまりに真剣な顔で、祈るようにその白い場所を示すものだから、僕はその提案を受け入れてみることにした。
すると、どうだろう。
僕が一度そこを使っただけで、君は目に見えて嬉しそうな顔をした。
二度目には、声まで弾んだ。
三度目には、もはや小さな奇跡でも起きたみたいに喜んでいたね。

「ああ、これが君にとっての幸福の儀式なんだね」
僕はようやく理解したよ。
しかも、その頃には僕も気づきはじめていた。
君の言葉には、ちゃんと意味があるのだと。
「こっちだよ」
「待ってね」
「いい子だね」
そのひとつひとつは、まだ世界のすべてを説明するほど明確ではなかったけれど、
少なくとも、君が僕に何かを伝えようとしていることはわかった。
そして不思議なことに、君の声には、聞いていたくなる温度があったんだ。
だから僕は、君の言葉に少しずつ耳を傾けるようになった。
君もまた、僕はちゃんと理解しているのだと、少しずつ知っていったのだろう。
昼の交渉は、おおむね平和に進んだ。
けれど、夜はまた別の問題を連れてきた。
君は僕を銀色の格子の中へ戻し、静かに明かりを落とした。
昼間にはそれほど気にならなかったその場所も、夜になると急に広く、冷たく、心細く感じられた。

静寂。
深い闇。
昼間はあれほど新鮮だった城の匂いさえ、夜には少し遠かった。
賢者といえども、生後二ヶ月に満たない小さな魂にとって、その孤独はまだ受け止めきれるものではなかったらしい。
だから僕は、声を上げた。
それは単なる夜泣きではない。
君という同居人に対する、きわめて切実で、しかも正当な要請だ。
「この静けさは、教育上あまり好ましくない。君、聞こえているよね?」
最初、君は少しだけ様子を見ていた。
でも、僕の小さな声は思ったよりもしぶとく、そして思ったよりも君の心に届いてしまったらしい。
やがて扉が開き、君の手が僕を包み込んだ。
「もう、しょうがないなぁ……。今日は一緒に寝ようか」
……ふむ。
そう。最初からそれでよかったんだ。
君に抱き上げられて連れていかれたのは、城の中でいちばん大きく、いちばんやわらかな場所――主寝室のベッドだった。
そこには、格子の中にはなかったぬくもりがあった。
やわらかな布。
すぐそばにある君の体温。
規則正しく響く心音。
暗いのに、不思議ともう怖くない夜。

僕はそのとき、はっきり理解したんだ。
守られて眠るというのは、こういうことなのだと。
君は「しつけ、甘くなっちゃうかな」なんて小さくつぶやいていたけれど、そんな心配は少し的外れだよ。
僕はただ、君の隣というこの城で最も安全な場所を、自分の居場所として選んだだけなんだから。
それに、君だってきっと、もう気づいていたはずだ。
僕が君の言葉を少しずつ理解しはじめていたように、
君もまた、僕の小さな声の意味を、少しずつ理解しはじめていたことをね。
そうして僕たちは、昼は白い絨毯の前で意思を通わせ、
夜はひとつのベッドの上でぬくもりを分け合うようになった。
城のルールは、こうして少しずつ定まっていった。
君と僕の、両方にとって心地いい形へと。
🎬 モフが夜のサークルの中から、君のぬくもりを見つけた日の映像
君の隣が、モフにとっていちばん安心できる場所になったのです。
YouTubeで見る:https://youtube.com/shorts/BtJt7uF3V40
第6話へつづく…