
連載小説「銀色の賢者が綴る 同居人への教育論」第4話|天空の玉座、あるいは「外界への初視察」
城の中の検分をひと通り終えた僕に、君は新しい試練を提示してきたね。
「モフ、今日はお外に行こうね。でも、まだ地面を歩いちゃだめなんだよ」
……ほう。
地面に足を触れてはならない、というのか。
それはまるで、古の王族や高貴な聖職者に課せられた禁忌のようだ。
どうやら君は、僕を単なる同居人ではなく、文字どおり奉るべき存在として扱うつもりらしい。
君の腕という名の「天空の玉座」に抱えられ、僕たちは城の門をくぐった。

その瞬間、僕の感覚器官を襲ったのは、家の中とは比べものにならないほど膨大な外界の気配だった。
鼻をくすぐるのは、アスファルトの乾いた匂い。
遠くの草花の青い吐息。
そして、見知らぬ誰かの暮らしが残していった、無数の痕跡。
耳を打つのは、風が木々を揺らす音。
どこかで閉まる扉の響き。
銀色の大きな獣が、唸り声をあげて通りすぎていく気配。
……ふむ。
外界とは、これほどまでに騒がしく、これほどまでに情報に満ちた場所だったのか。
さすがの僕も、最初は少し面食らったよ。
小さな身体には、世界があまりに広すぎたからね。
けれど、その広さのただ中にあっても、君の腕の中だけは不思議なくらい安定していた。
揺れは穏やかで、温度はやさしく、僕は高い場所から世界を見下ろす小さな王のような気分でいられたんだ。

君は別に慌ててもいなかった。
ただ静かに僕を抱きながら、道の先を見ていたね。
この道もいいかな。
あっちは陽当たりがよさそう。
春になったら、あのあたりを一緒に歩けるだろうか。
そんなことを考えていたのかもしれない。
君の横顔は、心配よりもむしろ、これから始まる日々を思い描いている人の顔をしていた。
通りすがりの人々は、僕を見るたびに「あら、可愛い子ね」と声をかけていった。
やれやれ。
僕という賢者の本質に気づかず、外見の愛くるしさにばかり目を奪われるとは。
でも、君が少し誇らしそうに「ありがとうございます」と微笑むのを見て、僕はあえて沈黙を守ることにしたよ。
僕の美しさが君の喜びになるのなら、それもまた、ささやかな貢献というものだろう。
しばらくして再び城の結界へ戻ったとき、僕はひとつの事実を悟った。
この世界は、僕が思っていたよりずっと広い。
そして、その世界を探索するための最初の特等席は、君の腕なのだということをね。
「次は、もう少し遠くまで視察してもいいよ」
もちろん、君にはただの小さな鼻息にしか聞こえなかっただろうけれど。
君は僕を抱いたまま、「お外、どうだった?」と穏やかに笑っていた。
その声には、もう迷いはあまりなかった。

たぶん君は、僕が今日どんな顔をしたかより、
これから先、どんな道を一緒に歩いていくことになるのかを考えていたんだろうね。
そして僕もまた、気づき始めていた。
この腕の中から見る世界は、案外悪くない。
🎬 モフが君の腕の中から、はじめて外の世界を見た日の映像
春の坂道。
木漏れ日と、知らない風の音。
世界は、モフが思っていたよりずっと広くて、少しだけ怖い場所でした。
けれど、君の腕の中はあたたかくて、そこから見る外界は、案外悪くないものに思えたのです。
YouTubeで見る:https://youtube.com/shorts/oJnR8NX_1Bo
第5話へつづく…