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あの日どうしても学校に行けなかった私からのメッセージ

    小学1年生のある朝。
    どうしても学校へ行けませんでした。

    理由はいくつかあった気がしますが、
    一番は、お母さんと離れるのが寂しかった。


    でも、当時の私は、
    その気持ちを
    なかなかうまく言葉にできませんでした。



    その日の景色は、今でも覚えています。

    怒った母が、
    ランドセルを放り投げたこと。

    「早く行きなさい。」

    母もきっと必死だったんだと思います。



    今のように『不登校』や『行き渋り』が
    理解されていなかった時代でした。


    だから仕方ないと思っています。
    母を責めたいわけではありません。

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    でも、
    もっと忘れられない出来事があります。


    別の日、勇気を振り絞って
    「お母さんがいなくて寂しい。」
    そう伝えた私に返ってきた言葉。


    「そんな、お母さんがいなくなっちゃった子
    みたいなこと言わないで。」



    その瞬間、
    「寂しいって言っちゃいけないんだ。」
    幼い私はそう思いました。




    結局その日は涙を堪えて学校へ行きました。
    そのあとも、毎日ちゃんと通いました。


    でも、
    寂しさは長い間
    心の中に残っていました。




    不思議なんです。

    母には優しくしてもらった記憶も、
    たくさんあるはず。


    なのに、
    今でも鮮明に思い出すのは
    ランドセルが飛んでいった景色と、

    「寂しい」を否定されたあの日。



    子どもにとって、
    心が揺れた出来事は、
    大人が思う以上に深く残るのかもしれません。

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    そして今。
    私は3人の子どもの母になりました。



    あの日の小学1年生の私が、
    今の私に話しかけてくるんです。

    「お願いだから、
    子どもの気持ちを否定しないで。」

    「寂しいって言ったら、
    そうだよねって抱きしめてあげて。」


    「学校や園で、あなたが思っている以上に
    頑張っているから。」


    そんなメッセージが聞こえる気がします。



    だから私は、
    子どもたちが帰ってきたら
    最初に言います。

    「今日も頑張ったね。」
    「会いたかったよ。」


    寂しいと言われたら、

    理由を探す前に、
    「そうだよね。」
    と伝えます。

    母になった今だから、
    あの日の母の気持ちもわかります。

    毎朝時間に追われ、
    焦っているのに、
    あんなことを言う私に対して
    どうしたらいいかわからなかったのでしょう。



    母を責めたい気持ちは、今もありません。
    母になった私には
    その気持ちもよくわかりますし、
    母とは今もとても仲良しです。

    それでも、子どもの頃の私は悲しかった。
    あの日の私の気持ちも、本物だった。

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    ただ一つだけ。
    あの日の小学1年生の私に伝えたい。


    寂しいよね。
    大丈夫だよ。
    ただ、
    お母さんが大好きなだけなんだよね。


    大丈夫だよ。



    この言葉があの日、
    涙を堪えて学校に行っている私を
    抱きしめていますように。

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