
嵐に命を救ってもらった青春
アイドルは、命を救う職業だといつも思っている。
彼らはお医者さんでもないし、消防士や警察官でもない。
だけれど、彼らは確かに命を救っている。
たとえ直接的ではなくても。
それは確かに光だった。
私を照らしてくれた光だった。
時には、どんなに病院や薬でも治せない、癒せない傷も、気がつけばかさぶたになるほどの。
そこには目に見えない力があって、どんな時にも寄り添ってくれる。
明日を生きる勇気と元気を届けてくれる。
明日も生きよう、明日を生きたいと思うことはどれほどに素晴らしいことなのだろう。
どんなに手を伸ばしても届かない"アイドル"という存在に、どれだけ感謝しても伝えきれない。
嵐だけが、私の青春だった。
2010年、高校に入学したばかりの当時。
Monsterがリリースされた頃だった。
私はドラマ「マイガール」から相葉くんに惹かれていた。
その時は中学生だったかな。
相葉くんの笑顔が眩しくて、いつの間にか虜になっていた。
気がつけば、現実的な甘酸っぱい恋と引き換えに、現実離れしたアイドルに心を奪われるようになった。
"かっこいい"と思うことに、理由なんてないと思う。
嵐は当時、全盛期と言うような時代。
あの子は櫻井くんが好き、あの子は松潤が好きらしい。
ちらほらと、そんな弾んだ声が聞こえた。
当時は、今のように推し活がまだ浸透していなかった。
ジャニーズに夢中になっている女子は、体感的にかもしれないが、どこか白い目で見られることもあったかもしれない。
私はなんとなく小っ恥ずかしくって、あまり声に出せなかった。
そのくらい、私の熱量は本気になっていった。
本気になればなるほど、だれにも言いたくないこの気持ち。
この好きの気持ちは、秘密のパワーになった。
ちょうど不登校になりだした頃。
嵐はレギュラー番組が盛んだった。
木曜19時はVS嵐、22時はひみつの嵐ちゃん。
土曜22時には嵐にしやがれもスタートした。
私は、なんてラッキーなのだろう。
うつ病が深刻化していく中で、嵐の番組だけが唯一の楽しみだった。
むしろ、病状がひどくなるにつれて、その楽しみの気持ちはどんどん増していったかもしれない。
毎日が、真っ暗闇で何も見えなかった。
でも、明後日は木曜だから。VS嵐も嵐ちゃんもあるし。
明日はやっと土曜だ。しやがれの次回予告、面白そうだから楽しみだなあ。
そうやって、もがき続ける日々を、なんとか乗り越えてきた。
嵐のおかげで、目に見えない傷と向き合えない今日を、乗り越えられた。
気がつけば、生きられた。
生きようって、思えた。
しにたくない、だって嵐が見たいから。
それでも、しにたいと嘆いては、こんな自分が嫌だと許せない感情で潰れそうになっては。
ああ、でも来月には嵐の新曲がリリースされるな。
歌番組、振り付け、楽しみだから、それは見たいな。
なんて、ちょっぴり卑怯でずる賢いかもしれない。
人間なんて、ずる賢くていい。
全然、卑怯でいい。
だってそれは、確かに私だけの、あなただけの光だから。
一生懸命毎日を生きているんだから。
苦しい毎日は、時間を潰して生きればいい。
テレビでも、雑誌でも、本でも、ゲームでも。
なんだっていい。
夢中になれる何かは、命を繋ぎ止める最終兵器。
これが私の希望なんだ。
音楽番組で見る前は、時間を合わせてお風呂に入り、コンタクトを付け、全力で待機をする。
当然ながらライブなど行ける状況でも、体調でもない。
ファンクラブなど入る勇気もなかった。
いわゆる"茶の間"。
ただ、嵐をテレビで見るだけ。
たまに嵐目当てで雑誌を買ってもらうだけ。
それだけなのに、それこそが
私の青春の全てになった。
嵐を見ていると、どんなにさっきまで泣き崩れていても、すっかり嘘のようにいつの間にかケラケラと笑っている。
おかしいな、さっきまでしにたいと泣いていたはずなんだけど。
さっきまで自分を叩いていたはずなんだけど。
もうすっかり忘れちゃったな。
嵐見てたら涙ひっこんじゃったな。
嵐の5人は、奇跡的なバランスだと思う。
私は、最初は相葉くんきっかけだったけど、5人全員が同じくらい大好きになっていった。
だれが特別にとかではなく、それぞれに、それぞれの魅力があって。面白さがあって。
個性はバラバラなのに、みんなでひとつ。
それでいて、日本のエンターテイメントのトップを牽引するスーパースターなのに、どうしてあんなに素朴さと自然さがあるのだろう。
見てると何故か安心できる。
落ち着くというか、ホッとするというか。
けれど、どんなに前を向いて走り続けてくれていても、永遠はない。
どれだけテレビで見ているトップアイドルも、同じ一人の人間である。
同じ人間だけれど、同じ人間なのに、まるで別世界にいるような生活は、時にはその光と引き換えに闇もあったのかもしれない。
私たちにとっての当たり前が、彼らの当たり前ではなくて。
彼らにとっての当たり前が、私たちの当たり前ではないかもしれない。
きっと、私のような平凡な人間では到底想像もできないような波瀾万丈な日常を送っていたのだろう。
でも、そんな闇を背負って、どんな時も光を届けてくれている。
昨日は、嵐のラストライブだった。
昔のように、お風呂を済ませて全力で待機して、配信で見た。
あの、ペンライトの無数の灯り。
あの光の数だけ、人生がある。
私はいつもライブに行くと、一面に広がったペンライトの光景を見て、ひとりひとりの人間の人生があることになんだか感動してしまう。
あのペンライトそれぞれに、それぞれの人生がある。
そして、アイドルはそのひとりひとりの人生を背負って。
同じ人間に、同じ人間で希望を届け合っている。
私は、このアイドルとファンの関係性が大好きだ。
いわずもがな涙が溢れた、最高のラストライブだった。
たくさんの人の心を救って、たくさんの希望と愛と光を届けてくれた嵐の5人に、26年間お疲れさまと、心からのありがとうを伝えたい。
話は巻き戻るが、当時17歳。
高校を退学し、何もなくなった冬。
嵐が表紙の年末特別版のテレビ誌を買ってもらった。
いつものように夢中になってページをめくっていた。
ぱらぱらとめくっていると、年末だからなのか、ジャニーズ各グループが載っている特集が組まれていた。
昔からどちらかと言うと芸能人には詳しいし、嵐を好きになってそれなりにジャニーズを追うようになっていた私は、一人一人のメンバーの名前も顔も一致して分かった。
そのはずなのに、一人だけ名前も顔も知らない人がいる。
その彼が、次に私の自担となる人である。
→後日に続きます