
怒ることは、癖になる。
怒ることは、癖になる。
最近、そのことを痛感している。
娘に怒ることが増えた。
自分でも不思議だ。
以前なら笑って見守れていたようなことにも、つい声を荒らげてしまう。
「早くして。」
「危ないよ。」
「何回言ったらわかるの。」
ほぼ反射的にそのような言葉を口にする。
どうしてこんなに怒ってしまうのだろう。
考えてみると、一つ思い当たることがあった。
娘は今、「自分でやりたい」という気持ちがとても強い時期だ。
ベビーカーを押したい。
玄関のカギを開けたい。
荷物も持ちたい。
私が少しでも手を貸そうとすると、
「じぶんで!」
と怒る。
その姿は成長そのもの。
少し前まで何でも「やって」と言っていた子が、自分の力でやろうとしている。本来なら、とても喜ばしいこと。
でも、その「やりたい」は、ときに癇癪につながる。
思い通りにできずに泣き叫んだり、悔しさから物に当たってしまったり。
無理をして転んだり、けがをしたりすることも増えた。
私はそんな姿を見るたびに胸が苦しくなる。
だから、失敗する前に止めようとする。
転ぶ前に。
泣く前に。
けがをする前に。
「危ないよ。」
「やめて」
「ダメ!」
娘を守りたい。
その気持ちに嘘はない。
守りたい気持ちが強くなるほど、
私は先回りして娘を止めるようになった。
気づけば、娘のやることなすことすべてに怒っている。
そのとき、ふと思った。
怒ることは、癖になるのかもしれない。
一度その回路ができてしまうと、本当は怒らなくてもいい場面でも、自然と怒ってしまう。
だから私は、毎朝娘にこう宣言することにした。
「今日は怒らないようにする。」
娘への約束のようでいて、本当は自分への約束だ。
その一言を口にすると、日中あらゆる局面で不思議とブレーキがかかる。
怒りそうになった瞬間、その約束を思い出す。
もちろん、毎日うまくいくわけではない。
約束したのに怒ってしまう日もある。
それでも夜になると、娘にこう話しかける。
「今日仲良しだったね。明日も仲良くしよう。」
娘は嬉しそうに笑って、
「おー!」
と小さなこぶしを突き上げる。
その笑顔を見るたびに思う。
この言葉は、娘のためだけじゃない。
怒りに流されそうになる自分を、元の場所へ連れ戻すための言葉なのだ。
育児をしていると、子どもを守りたいという気持ちはどんどん大きくなる。
でも、その気持ちが強すぎると、見守ることよりも、先回りして止めることが増えてしまう。
その結果、怒ることが当たり前になってしまうことがある。
私はそんな母親にはなりたくない。
怒らない母親には、なれないかもしれない。
でも、怒ることが当たり前の母親にはなりたくない。
だから明日の朝も、私は娘に言う。
「今日は怒らないようにするね。」
その約束は、娘と私の毎日を少しだけ優しくしてくれる。