
「またね。」
初めて会った瞬間から、彼はたぶん私のことが好きだった。
髪についた小さなゴミを取る時も、
ネイルを褒めながら指先に触れる時も、
彼の手は少しぎこちなく震えていた。
私は「ありがとう」と笑いながら、
うまく彼のいる場所まで降りていけなかった。
彼とはアプリで出会った。
何度か連絡を取って、
やっと会えた夜だった。
ご飯を食べて、曇った街を歩く。
でも私は、彼のことより、
終電の時間とか、この後どうしようとか、
そんなことばかり考えていた。
たぶん、
期待しないようにしていたのだと思う。
誰かにちゃんと興味を持つことも、
言葉を真っ直ぐ受け取ることも、
少し疲れていた。
「もう会わないかもしれないな」
そんなことを思いながら別れた夜、
彼からメッセージが届いた。
“もう少し話したかった”
“そうだね”
“明日、帰らなくちゃいけないんだ”
“また次は、もっとたくさん話そうね”
“君のことを知りたい”
“そうだね”
“僕のこと、どう思った?”
私はうまく返せなかった。
彼がどんな人で、
何を好きで、
どんなふうに生きているのか。
私は、知ろうともしていなかった。
彼の言葉だけが妙に真っ直ぐで、
少し怖かった。
その晩、ふと手にした小説に、
「人とは一度しか出逢えない国」の話があった。
もし明日、
彼が二度と会えない人になってしまったら。
もし明日、
自分がこの世界から消えてしまったら。
私は今日を、
彼を、
こんなふうに適当に扱っただろうか。
ちゃんと向き合わないことは、
相手を雑に扱うことなのかもしれない。
気がつくと、
私は彼からのメッセージを読み返していた。
「次いつ話せる?」
もう少しだけ、
誰かの言葉を信じてみてもいいのかもしれない。