
パイの実の正体
幼い頃の記憶を、ふとした瞬間に思い出すことがある。
そして不思議なことに、記憶に残っているのは楽しかった出来事よりも、失敗したことや恥ずかしかったことの方が多い。
先日、パイの実を食べていた時に、ある記憶が蘇った。
あれは小学校低学年の頃の話だ。
幼い頃の私は、しょっちゅう鼻血を出すタイプの子どもだった。
ある日、友達が家に遊びに来た。
その日も午前中に鼻血を出していたが、友達が来る頃には止血もすっかり終わっていた。
女子が家に集まって遊ぶと聞くと、
シルバニアファミリー?
シール交換?
おしゃべり?
そんな穏やかな光景を想像する人が多いだろう。
だが、私たちは少々やんちゃなタイプの女子だった。
その日も詳しくは覚えていないが、家の中で鬼ごっこでもしていたのだと思う。
興奮気味に友達と話している時だった。
私は何かがおかしくて、吹き出すほど爆笑した。
何がそんなに面白かったのかは覚えていない。
とにかく、鼻と口から勢いよく空気を噴き出して笑ったのだ。
その瞬間。
吹き出した勢いとともに、床にひとつの黒い塊が
「ぺちっ!」
と激しく落下した。
私は一瞬で理解した。
――午前中の鼻血の塊だ。
我ながら、その時の瞬発力は見事だった。
0.3秒後にはそれを拾い上げ、ポケットに隠していた。
友達にバレたくない一心で。
しかし、子どもは素直である。
まだ小学校低学年の我々に、高度な空気を読む能力は備わっていない。
激しく床に叩きつけられた黒い塊を見逃さなかった友達が言ったのだ。
「なんか今、パイの実みたいなの落ちなかった?」
パイの実のチョコの部分に見えたようだ。
私はとりあえず、"パイの実かも"という事にしてその場をやり過ごしたが、あの時の焦りと恥ずかしさは、大人になった今でもしっかり記憶に残っている。
そんなことをふと思い出した、パイの実を食べる午後3時。
あの日以来、私にとってパイの実は少しだけ複雑なお菓子である。